44、力に変わるもの
ヴァルターが帰った後、リルルが盛大な人違いに恥ずかしくて打ちひしがれていると、クグロワとサミラが、「もしかして、リルル様、ご存知だったのですか?」と尋ねてきた。
「な、何をかしら、」動揺して声が裏返る。
「カロヨンたちが今日来る予定になっていることを、です。」
「そ、そんなことはないわよ?」と、そわそわと狼狽えるリルルを見て、「ご存知だったのですね、」とクグロワがすまなそうに言った。
サミラも照れ臭そうにしている。
「もしかして、私の様子で、あんなことになっちゃったりしました?」
図星を刺され沈黙するリルルにクグロワが声をかけようとすると、ペンタトニーク家の執事が「面会のお客様です、」と取り次いでくれた。
入ってきたロマニールやカロヨン、ヨネアを見て、リルルは、今度こそとばかりに、「会いたかったわ!」と両手を挙げて満面の笑みで歓迎した。
「お久しぶりです、リルル様、お元気そうで何よりです、」と涙ぐんでしまったカロヨンは、ヨネアと一緒にリルルに抱き着いた。カロヨンたちはサミラやクグロワとも再会の抱擁をして涙ぐんでいる。
クグロワとサミラはペンタトニーク家の執事に、「しばらく人払いを」と頼んでしっかりと戸締りをした。
いくら誰かに聞かれてしまいその内容が言語として判らなかったとしても、誰かに大切な時間を邪魔をされたりはしたくはなかった。
母国語で話し始めたリルルは優しく微笑んだ。
「カロヨンったら、大丈夫だってば。クグロワとサミラも元気よ、ヨネアも泣かないの、」
「お顔が見られないなんて…、心配で心配で。2か月もいらっしゃらないのは今までなかったことですから、寂しいですもの、」と涙を拭ったカロヨンに、ヨネアも泣き笑いをして頷いていた。
「まずは、お茶にしませんか、ロマニール様もカロヨンもヨネアも、疲れたでしょう?」
クグロワがソファアを促すと、ロマニールはリルルにまずはお辞儀をした。カロヨンもヨネアも今日は私服で、紺色のアンサンブルのスーツ姿だった。面接帰りなのかな。リルルはこっそりと思う。ロマニールもスーツをきちんと着こなしていた。
「お久しぶりです、リルル様。」
しっかりと握手を交わして、リルルはにっこりと微笑んだ。
「ロマニール先生。中つ国に、来てくださったのですね。」
「ええ、リルル様をお守りしたいとカロヨンが言うので、私もそうしたいと思いました。」
カロヨンたちがソファアに座ったのを確認すると、クグロワとサミラはお茶の用意をし始めた。
その間に、リディアやケイティの近況を聞いたり、お城での出来事を聞いた。ラウラの婚約が正式に決まって、今お祭り騒ぎだという話も聞いた。
「みんな健康そうでよかったわ。私たちはこの通り、楽しくやってるわよ?」
リルルは少しおどけて笑って見せた。
「国はどんななのかしら? みんな元気にしているの?」
「ええ、リルル様のおかげで、いろいろありましたよ? ねえ、ロマニール様?」
ロマニールが躊躇いながらカロヨンを見つめた。二人は頷きあって、姿勢を正して座りなおした。
「リルル様、私はヨハネス殿下から聞いております。カロヨンと一緒に伺いました。私のスリーヴァ子爵家の領地は、アルヴェール領の近くです。ああいう事態が起こっていたら、私の領地も大打撃だったと思います。」
「王都から派遣された騎士の中には、リディアの旦那様や私たちの知り合いも何人か混じっていましたから、何をしたのかは聞きましたが…、ああいうお告げは、やはり必要だと思います。」
カロヨンが目を伏せて言うと、ヨネアも頷いた。
話が分からない様子のクグロワとサミラは、戸惑った表情を浮かべた。
「何があったのですか?」
クグロワたちの顔色を見て何も知らないのだと悟り、黙ったままのリルルを見つめたロマニールとカロヨンに、リルルは許可を与えるように小さく頷いた。
二人は手を固く握り合って、話し始めた。
「船便で届く手紙で…、リルル様は体調が悪いのに公務を続けておられるとカロヨンから聞いて知って、私は覚悟を決めました。中つ国にカロヨンが行きたいと、寄宿学校でひとりでお暮らしになるリルル様をお傍でお支えしたいという気持ちを聞いて、私も同じだと思ったのです。」
カロヨンはクグロワとサミラを見て、言葉を選びながら伝える。
「クグロワ、サミラ。リルル様はあなたたちと旅行を続けながら、何度か夢を見られて、その夢を、ヨハネス殿下にお伝えして下さっていたの。なんでも、夢枕に立つ、という不思議な力を使われたそうなの。」
照れて顔を伏せたままのリルルを見て、クグロワもサミラも何度か目を瞬いていた。
「ずっと、一緒でしたわ?」
「お加減がよくないみたいで、朝起きてこられない日がありましたけれど…?」
「あちらでは、蝗害を防いでくださったの。」
「え?」
クグロワの顔から表情が消えた。
サミラはクグロワのただならない様子に心配になる。蝗害に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
蝗害とは、大量のバッタが農作物を食い荒らす一種の自然災害で、どこで発生するのかはっきりしないだけに、台風のように突然現れるバッタの大群を防ぐことは出来ないのだとサミラは思っていた。
そんな災害をどうやって防ぐのだろう。
リルル様は何をされたのだろう。
「私たちは夢の詳しいことを知らされてはいないから、結果だけを知っているのだけれど…、さすがに蝗害の駆逐は大きな出来事だから、ヨハネス殿下から私たちがハウス・キーパーのお話を頂いた時に、お話を少しだけ伺えましたの。」
「ヨハネス殿下は、私たちだけには、他のみんなには内緒だよって教えてくださったのです。リルル様が夢枕にお立ちになられて、アルヴェール領で何万というバッタの幼虫が育ちつつあるから駆除してほしいって、おっしゃったって。」
いやいや、そんな具体的には言ってないからね、とリルルは思ったけれど、話がややこしくなりそうで黙って聞いていた。
「そんな…、収穫に近い時期にそんなものが育ったら、冬が越せなくなります…。」
12年前に起こった大蝗害の時、サミラはまだ初等学校に通っていて、領地が被害にあって没落した級友たちがいたことを思い出した。
幸いサミラの実家の伯爵家の領地は直撃は免れたけれど、被害がなかったわけではなかった。国中の物価が高騰して食べ物が手に入らず飢えて死ぬ平民が沢山いたことは、経験として知っている。
サミラが思わず口を挟むと、ロマニールが大きく頷いて、話を続けた。
「駆除が終わった時、周辺の領民たちはヨハネス殿下の配慮に感謝して、私たち領主も王配の采配に感謝したのです。私たちにとって収穫が出来なくなるなんて、死活問題だからね。」
「ひとつの領地だけの問題ではないもの。私たちの学年は昔の大蝗害で進路を変えた人が沢山いたわ、」
クグロワは暗い瞳をして呟いた。
「その駆除の理由が時見の巫女様と聞いて…、私は感動してしまったのです。身近かにそんな方がいらっしゃったなんて、考えたこともがなかっただけに…。カロヨンも傍にいてくれるなら、私もリルル様をお守りできますからね。」
にっこりと笑って、ロマニールは隣に座るカロヨンに微笑みかけた。
「クグロワたちがリルル様をお守りするようにとはいかないかもしれませんが、私も、姉も柔術やアイキドーが出来ます。中つ国でのお暮らしを支えられるように、言葉も、改めてロマニール先生から学び始めたのですよ?」
「もともと、リルル様のお勉強に付き合って耳だけは慣れていましたから。中つ国の言葉は高等学校でも選択していましたもの。クグロワやサミラの代わりに、今度は私たちが頑張りますわ?」
カロヨンがほんのりと微笑んで、クグロワとサミラを見た。
「クグロワは結婚するのでしょう? ロックを今度こそ捕まえないといけませんわ。サミラも何かをはじめるのでしょう?」
サミラはふいに、遠く東方の国でのリルルの不機嫌な表情を思い出した。今のリルル様に足りないことで自分が出来ることは、技能を積むことだろうと思った。
「そうですね、私はリルル様がお留守の間に、武術でも学んでみたり語学も学んでもっとデキル女になりますか。乗馬の腕もこれまで以上に磨いて、リルルさまをお乗せしても安全に早駆け出来る程に…。遠く東方の国の王子様達からリルル様をお守りしたいですからね。」
サミラが言うと、カロヨンもヨネアもくすくすと笑った。
「リルル様、そんな大変なことをなさっていたのですね。」
俯くクグロワはまだ心が追いついていない様子だった。
「…あんまりクグロワやサミラに心配かけたくないもの。私の為に、ロックと揉めてほしくはないし。」
「ロックは調整役なんですから、ガンガン言ってやればいいのです。そんな…、私たちの祖国の為に、あんな異国の地でそんな嫌な夢を見ておられたなんて…、」
クグロワが言葉を失くして黙ってしまうと、サミラが肩を撫でた。
「昔からリルル様は夢をご覧になっても、私たちに気を使って予定通りに公務をこなされると言ったのは、クグロワ自身でしょう? リルル様の為に休養日をと、ロックや遠く東方の国の国王陛下に願い出たのもクグロワでしょう? 私はクグロワがいてくれてよかったと、今、心の底から思いましたよ?」
「クグロワ…、そうだったの、」
リルルがクグロワの手を握ると、クグロワは悲しそうに首を振った。
「リルル様に比べれば、私のしたことなど大したことはありません。」
ひとり暗い顔のクグロワを見て、サミラは『大蝗害で進路を変えた人』というのはクグロワのことではないのかなと思えてきた。
「どうしよう、クグロワには本当に幸せになってもらわないと私、生きた心地がしないわ。」
空気を読んだリルルがおどけたように言うと、クグロワがやっと小さく笑った。
「大丈夫です。ロックとは国に帰ったら結婚しますから。」
「え…! そ、そうなの?」
「えええええ?」
「すごいじゃないの〜! クグロワ!」
「おめでとうございます。」
「あの、ロックって誰でしょうか、私だけ話が見えないのですが。」
「ロマニール様、ロックとはペンタトニーク公の片腕で、クグロワの昔の恋人です。今回の旅行の調整役をやってくれてます。」
「そうなのね~、よかったわね! クグロワ。」
「ふふふ、リルル様とサミラがあれこれと時間を作ってくれましたからね。」
「アハハ、クグロワ、気が付いていたのですね?」
「当たり前です。リルル様はともかく、サミラはロックの予定まで把握して協力してくれたでしょう?」
「さすがサミラですね、私だったらそこまで気が回らなかったですわ。」
カロヨンが深く頷くと、ヨネアもうんうんと頷いた。
「私たちは今日は王都のホテルに泊まって、明日の3日は早速寄宿学校へ行って下見をして、近くの町にある家を見てくるつもりです。寄宿学校が斡旋してくれるそうですが、向こう3年は住む家ですからね。一度きちんと見てきたいのです。」
リルルが、いいな~ついて行きたいな〜と思っていると、サミラが表情を読んだのかすぐに注意を入れる。
「素敵ですね、リルル様は明日は公務ですから…、別行動ですね。残念ですが。」
「あ、あなたたちも行ってきたらいいわよ? 私、たぶん、明日からちょっと身を隠すから。」
「んんまああ!」とクグロワは驚きの声を上げ、「えええええ?」とサミラは動揺した。
「遠く東方の国の王子が追っかけてきているの。だから、ちょっと身を隠す必要があって、ペンタトニークのおじさまと、ほとぼりが冷めるまでちょっとかくれんぼするの。だから、私の荷物はいつでも出られるように、明日の朝、トランクにまとめておいてね。」
「いつお戻りになるのです?」
「予定では4日の午後かな? 5日には船に乗るらしいから、それまでの間だと思うの。出来ればクグロワとカロヨンは4日の午後にはここで私を待っていてほしいの。それまでは自由にしてくれて構わないわ。」
「私がお守りしましょうか?」
カロヨンが決心したような顔で尋ねると、リルルは首を振った。
「この国で、言葉の通じない哀れな異国の王女を気の毒にと哀れがって面倒見てくれる公爵家に守ってもらう予定なの。遠く東方の国と私たちの国がこの国で揉めるのは、誰にとっても得はないわ。」
「…そうですか。私たちは4日にここを出て5日に出港する船に乗る予定です。上手くいけば同じ船です。かくれんぼが長引かなければいいのですが。」
「ありがとう、ロマニール先生、カロヨン。出来れば…、私に何かあっても気にせず、予定通りに行動してほしいわ。私たちの方がもし遅く帰国することになったら、このことをお父さまやお姉さまに報告してほしいもの。」
「わかりました。それにしても、遠く東方の国の王子はラウラ様と婚約されていたのに、今度はリルル様ですか…、」
カロヨンは呆れたように溜め息をついた。
リルルは少し迷って、カロヨンとロマニールとヨネアに、伝言を頼むことにした。
「第三王子のシュトルクは、私が時見の巫女かもしれないと言っていたわ。自分なら、時見の巫女なら国外に旅行などさせないだろう、とも言っていたけれど、ね。」
「わかりました。そのことも、ヨハネス殿下にお伝えします。」
ぎゅっと手を握り、ロマニールはさっきまでと顔色を変えて力強く言った。
「リルル様をお守りするのが私たちの使命、とカロヨンが言っていたのを聞いた時、どうしてなのかと最初は思いましたが、今なら私にも理解できます。私としても国の宝を中つ国に留学させたくはないですが、あえて外に出すことで、公務からも憶測からもヨハネス殿下はリルル様を守っておられるのですね。」
なるほど~、とリルルは感心した。言われてみれば公務は中つ国にいる間は一切できない。時々見る夢も、父や姉の夢枕に立てば解決するはずだった。
「リルル様、くれぐれもご用心なさってくださいませ。」
カロヨンがしっかりとリルルの手を握った。
「クグロワとサミラをよろしくね、カロヨン。ヨネアとロマニール先生と、私が住む予定の学校をしっかり観察して来てね。」
「わかりました。お任せください。」
リルルとカロヨンの重ねた手に、ヨネアやロマニール、サミラやクグロワも手を重ねた。
「私たちで、私たちの大切なリルル様を、お守りしましょう。」
クグロワがそう言うと、「一緒にお守りしましょうね、皆さま」とカロヨンが微笑んだ。
※ ※ ※
翌朝、リルルはペンタトニークの用意してくれたドレスを見てほんの少し眉を顰めたものの、文句も言わずに優雅に着こなした。
真っ黒なドレスに真っ黒なレースの手袋に、真っ黒なリボン…。赤い口紅と、左手に嵌めたピジョンブラッドルビーの赤だけが色彩だった。同じ素材で出来た真っ黒なハンドバッグを握る。
さらさらと流れる漆黒の髪に赤い可愛らしい唇、茶色く澄んだ瞳がリルルの白い肌に映える。クグロワにしごかれて護身術を体操代わりに嗜むおかげで、コルセットをつけなくても細くくびれた腰や、細く長いしなやかな手足、すらりとした体格…。サミラが選んだ澄んだユリの花のような香水も、よく合っている。
うっとりとクグロワとサミラはリルルを見つめて、私たちの王女様は唯一無二だわとしみじみと思った。
馬車に揺られてペンタトニークと出かけてしまったリルルを見送ると、クグロワはトランクを回収しにやってきたロックを捕まえて、サミラと一緒に詰め寄った。
「ロック、リルル様のドレス、どうして今日はあんななの?」
「クグロワもサミラも落ち着いて。あれは素晴らしい色なんだよ。」
「どこが? 式典の行事なんでしょう? 真っ黒じゃないの。」
「あれは今度、私たちの商会で始めた異国の素材を使った最高級品なんだ。黒色って、安い布だと、赤黒いだろう?」
「ええ、光の加減で黒に見えないこともあるわね?」
「そういう汚い黒色ではなかっただろう?」
「そうね、とっても美しい濡れたような光沢の、美しい黒色だったわ…、」
リルルの着ていた黒い紗を重ねたように見えるドレスは、黒い中にも光沢があり、艶もあって滑らかな素材だった。
「あの色はリルル様だから最も美しいんだ。あの漆黒の髪の色に見劣りしなかっただろう?」
「そうね、とってもお似合いだったわ。」
クグロワとサミラが思い出したようにぽおっと頬を染めていると、ロックは大きく頷いた。
「だろ? いろんな国の要人や貴人が、あのリルル様の着こなす黒色を見て、自分の国で欲しいと思ってくれることが最大の狙いなんだ。あの素材は確かに素晴らしいけれど高価すぎて庶民には手が出せない代物だからね。」
「そんな高価なものなの?」
「この旅行中に、リルル様の為にお作りしたドレスの中で、一番値が張っているよ?」
「毎度思うけれど…、リルル様に素敵なドレスをお作りしていただいて感謝はしているけれど、やっぱりそれ以上に儲かっていたりするのよね?」
ペンタトニークをいくら尊敬していても、一国の王女を自分の商会に宣伝に使うやり方に、クグロワもサミラも抵抗を感じていた。自分の国の商会ならまだしも、ペンタトニークの商会は他国の商会だった。
「リルル様を目にした貴族は、あちこちでどんなドレスだったか何をお召しになっていたのかを得意そうに話してくれるからね。ご自分のお嬢様や細君の為に同じようなものをお作りになったりもしているから、一枚お作りすると最低3枚は売れていると思ってほしいよ。」
そういうもんなのね、と納得がいかないながらもサミラは感心した。
「今日の、通訳兼護衛は、誰が付くことになったの?」
「ああ、私だよ。その方が都合がいいだろう? 」
ロックはクグロワを見つめながら答えた。
「この別荘にもリルル様が帰っていらっしゃる偽装はするよ。実際はペンタトニーク公と奥さま、ブルーノ様がご帰宅なさるだろうけどね。」
「そんな状況に、私たちがいてもご迷惑にならないかしら。リルル様と一緒にはいけないのでしょう?」
「むしろ、ここにいて、リルル様がいらっしゃるお芝居をしてくれる方がありがたいね。」
サミラはクグロワと顔を見合わせ、小さく頷いて、ロックに尋ねた。
「遠く東方の国の王子様たちは、どこにお泊りになるのかは把握しているの?」
「ああ、王都には遠く東方の国寄りの貴族の屋敷なんていくらでもあるからね。昨日の段階で後を付けさせてもらって把握はしているけれど…、あちらは大国の王子だから、みんな口が堅いんだよね。」
クグロワは黙ってロックの瞳を見つめていた。
「私たちが夜中に抜け出すことは可能なのかしら。その、リルル様がかくれんぼされるお宅へと移動は出来そう?」
「やれなくはないと思うけれど、あまりいい案ではないと思う。うまくいけば明日は港へ向けての移動日になる。リルル様はお疲れになって馬車の中で寝ておしまいになるのだとしたら、傍でお世話をする者が必要になる。君たちが疲れてしまったらできなくなるだろう? 私たちがリルル様に触れても構わないならそれでもいいけれど…、君たちは嫌だろう?」
「ええ、他の者には任せたくない仕事ね。」
「なら、リルル様と別行動をしている間は自分たちの体力回復に時間を充てて、明日はリルル様を無事に回収してほしい。いいかな?」
「わかったわ、ロック、リルル様を任せたわよ?」
「ああ、クグロワの為なら、何でもするよ。安心して旅行を最後まで楽しんでほしいからね。」
サミラはクグロワと顔を見合わせた。リルル様は旅行を楽しんでいらっしゃったのだろうかと、気が付いてしまう。
「今日、クグロワたちはどうするつもりなんだい? この後の支度は出来ているのかい?」
「ええ、出かけるの。寄宿学校の下見をしに、ね。ちゃんと夕方までには帰ってくるわ。くれぐれも、リルル様のことはお願いね、ロック。」
「ああ、任せておいて。君の大事な人だから、私が必ずお守りするよ。」
ロックはクグロワに向かってにっこりと笑いかけた。
「後で何かご褒美をくれるかい、クグロワ。」
まっすぐに自分を見つめる熱い視線に、クグロワは照れて俯いた。
「ご褒美がいるの? そうね、考えておきましょう。」
「ロック、私が断言します。クグロワは約束を守る素敵な女性です。」
結婚するって覚悟を決めた話、ロックにはまだ言ってないんだろうなとサミラは思った。
「へえ、楽しみだ、」と笑ったロックに、クグロワは耳まで真っ赤にして「知らないわ、」と言って顔を逸らしてしまった。
ありがとうございました。
※この物語はあくまでもフィクションです。




