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悪役令嬢の歩き方  作者: 高坂千穂
  9月
29/161

29、試してみたくなるもの

※ 夢、気持ち悪いです。ご注意ください。

 新学期が始まると、リルルは長期で公務で旅行する手続きをする必要に追われ、課題だの書類の提出だのといった煩雑な日常に追われていた。

 そんな直前だというのに、週末にはグロケット公爵の王都の屋敷で開かれる公爵夫人のお茶会にまで呼ばれてしまい、マックスの婚約者として出席することになってしまった。

「週が明けたら出発すると言うのに、なんだろう、この忙しい過密スケジュール!」

 リルルがぶつぶつ言いながら放課後、教室に残って課題に追われていると、ちゃっかり隣の席に座っているティンクがカバンの中から小さな箱を取り出して、「リルル、口を開けてみろ、」と言った。

「何かくれるの?」

「食べたらわかる。」

 あーんと口を開いたリルルの口に、ティンクは丸いチョコレートを放り込んだ。

「トリュフ。王都に新しい店が出来てて、上の兄の奥さんが昨日買いに行っていた。」

「へえ…、今帰ってきていらっしゃるのね。」

「ああ、今週末にはまた領地に帰るみたいだけどね。」


 ティンクのオルフェス領の領地は南西にあってとても暑い地域で、王都の方が涼しいのだと以前笑って教えてくれた。

 領地経営を任されている兄のウィラート夫婦は、夏の避暑に王都へ帰ってきているのだと言う。妻のカシスは隣の領の子爵家の出身で幼馴染で、二人はとても仲が良いのだと聞いたことがあった。


「このチョコ、美味しいね。」

 リルルは口いっぱいに広がるチョコレートの香りと甘さにときめきながら、自分の領地のトリュフを思い出した。


 あれからペンタトニークは本当にリルルの領地まで視察に行って、買い付けて来て、さっそく手付金を支払ってくれて出荷まで付き合ってくれた。

 案内がてら付き合った執務官が持ち帰ったトリュフは、お城の料理長がリルルが思い描いた以上の出来栄えでパスタに仕上げてくれた。食べた父は絶句して、「お城にもトリュフが回るようにリルル、契約をさせて欲しい」とまで言ってくれた。

 母にも姉のラウラにも、幼いクリスにも好評だったのでリルルは鼻が高かったけれど、肝心のリルルはあまり美味しいと思わなかった。私、シイタケの方が好きだわ…とこっそり思ってしまったのだった。


「よかった。学校へ持ってきたんだが、暑さで溶けたらもったいないなって思っていたんだ。」

「嬉しいな、ありがとう、ティンク、」


 微笑んだリルルの顔を見て、ティンクは照れて視線を逸らした。

 夏休みは夢で逢った。

 なるべく仕事帰りにも会いに行った。

 でも、やっぱりこうやって隣にリルルがいてくれると違うと思っていた。本物の息遣いや仕草は、夢で逢うよりも心が躍る。お城で会うと誰かの目が気になるけれど、学校だと気にならないから不思議だった。


「来週には、行ってしまうからな。会えるのはあと何回だ?」

 指を折って数えて、リルルは「学校へはあと2回来るわ。月曜から移動を開始する予定なの、」と首を傾げた。「日曜に会えたら…、3回かな。」

「会いに来いと?」

「そうね、無理なら我慢する。」


 夢で逢うと疲れて旅行が辛くなる。弱って日程を変更してもらうなんて、できないとリルルは思った。自分の為に関係する人たちの予定が狂ってしまうのは避けたいと思った。

 今回の旅行には、ペンタト(マティ)ニークの国(・パレータ)が絡んでいる。船を動かすのも、日程を調節するのも、リルルが主導権を持つわけではなかった。


 ティンクはじっとリルルの顔を見つめていた。

 夏休みの間に、夢の中で何回会っただろう。そんな回数も、話すらままならなかった1学期の日々に比べると多くても、まだまだ物足りなく思えていた。

 会いに来てほしいと言ってくれるのなら会いに行こう、ティンクは惚れた弱みでそう思った。


「リルルの勉強は、旅行中はどうするつもりなんだ?」

「それがね、聞いてよ、課題が出てるの。各教科でそれぞれお題が出ててね、レポートを書いてくるんですって。」

 溜め息をつきながらリルルが答えると、ティンクは笑った。

「公務でも、やはりそういうことは融通が効かないんだな。」

「2か月も休むもの…。1学期に学年1位を獲っておいたのだけが救いだわ。あれのおかげでやればできる子だって思ってもらったみたいだから。」

「リルルなのにリルルじゃないのにな。」

「そうね。あれは私だけど私じゃなかったわ。」

 二人は顔を見合わせて、秘密を分かち合うように微笑み合った。

「お城の能力比べも、旅行の間に決まってしまうんだろう?」

「そうなのかな。そうしてくれないと困るわ、」ラウラの結婚相手も即位も決まってくれないと、リルルはすんなり帰ってこれない。

「タッドリー様が優勢と聞いたりもするが、リルルはどっちなんだ?」

「私は、身内だからそういうのは参加できないの。どっちでもいいわ、としか言えないわ。」


 気まずそうに笑ったリルルの顔を見て、タッドリー派ではないのだなとティンクは思った。タッドリーを選んでいたら、リルルなら、図星を刺されて頬を染めて否定するか俯くかするだろう。

 リルルはコニール派なのだろう。それを口に出してしまえる程、リルルは子供ではないという訳だな、とティンクは少し見直したりもする。


「バーカ、」バレバレなんだよ、リルルは。ティンクはそう思ったけれど、黙っておいた。

「ティンク…、あなた、私の扱い、ひど過ぎじゃない?」

 リルルが口を尖らせ不貞腐れると、リルルを抱きしめてキスしたいなとティンクは思った。可愛いリルルが隣にいても、ここは現実の世界だった。夢のようには大胆になれない。

 ぐっと衝動を堪えて、口にトリュフを放り込んで、ティンクはリルルの口にも新たに、トリュフを放り込む。

中つ(ウルテリオール)(・ガツーラ)は年中チョコレートを販売してるって聞いたぞ。」

「それだけは楽しみだわ。」

 リルルは旅行先の楽しみを侍女達に調べてもらっていた。もちろんチョコレートの専門店はチェック済みだった。

「ティンク、お土産は何がいい?」

 機嫌が良さそうなリルルを見て、リルル、と言いたいのを我慢して、ティンクは「バーカ、」と呟いた。

 そんなこと、聞かなくたって、リルルが無事に帰ってきてくれるだけで十分だ、とティンクは思った。


 ※ ※ ※


 ぷちっ ぷちっ と音がする。

 何をしているんだろう。

 優しい日差しの中、磨き上げられた美しい神殿の中で、何かをしている人がいる。

 白髪なのか白銀の髪の人の後ろ姿に、リルルは近付いて肩から覗き込んだ。その人はナナフシの胴体を掴んで、手足をもいでいる。

 床の上には枯れ葉や小枝が散らかっていて、小枝に紛れて、もげた手足がぴくぴくと蠢いている。

 きゃあ、と悲鳴を上げそうになって、我に返って、もいでいる人を見た。

 一見すると子供のようで、男性でも女性でもなくて、よく見ると皺だらけの表情に、リルルは不気味さを感じた。

 ナナフシの手足があと1本になったところで、その人は、無言でリルルの前に震えるナナフシを差し出した。

 リルルは受け取ったナナフシを、手で暖めて、窓の外へと逃がした。窓ガラスに白い狼のような犬が映った。え?と驚き、二度見するとリルルに見えた。

 私、犬なのに二本足で歩いているわ、とリルルは変なところに感心していた。でも、手は人間なのね。

 ナナフシだった虫は地に落ちかけて、もげた手足だったところから薄く長細い羽が生え、羽ばたいて空へと飛んで行ってしまった。

「よかった…!」


 自分の声で目が覚めたリルルは、変な夢だなと思いながら着替え、面会を頼み、父のところへ向かった。

「お人払いを…」と伝えると、父は頷いて宰相たちを呼んだ。


 夢の話をすると、「そうか、リルル、旅行の前だというのに助かるよ、」と父は笑った。


 ※ ※ ※


「リルルの今朝見た夢は、吉夢だよ。それは伝えておかないといけないといけないね。」

 父は学校帰りのリルルを自分の執務室に呼ぶと、そう言った。

「ナナフシは自切する虫だからね。悪いことから逃れて羽が生えて変身するなんて、大吉夢だろう。とてもいい夢だ。」


 嬉しそうに微笑むと父は、すぐに残念そうな表情に変わり言葉を続ける。

 たぶんラウラの婚約者が決まり、その為にリルルは重要な役目を果たすのだろう。でも、父はリルルには伝えないことにして、話をすり替えた。


「リルルが旅行する間は、そう言った夢を使う事は出来なくなるのが残念だけれど、ラウラにとっても大事な時期だから仕方がないね。」

「お父さま、私、何か重要な夢を見たら、お姉さまの夢枕に立ってお告げをします。」

「ほう、リルルはそんなことまでできるのか?」

「おばあさまに教えて頂きました。」

 嘘八百でリルルは堂々と答えた。夢の鍵の存在を知らない父を誤魔化すにはそれが一番適当だろう。

「そうか、それは頼もしいね。」

 父の表情は半信半疑といった様子で、まあ、仕方ないのかなとリルルは思った。実際にやってみないと判らないことも多かった。

「今度、お父さまの夢枕に立ってみましょうか?」

「そうだね、一度体験してみるのも悪くないだろう。」


 ニヤリと笑う父の表情を見て、リルルは、面白がっているな、と思った。確かにやってみないと判らない。

 姉のラウラの夢の世界には一度行ってみたけれど、ドアを開けても名を呼んでも誰も出てこなかった。部屋の主のいない部屋は真っ暗で、足を踏み入れることも躊躇われる程、底も見えなかった。誰かの部屋に行っているのかなと思いそのまますごすごと帰ってきて以来、足を向けていない。


「お父さま、あの、ちょっとだけ伺っても大丈夫でしょうか。」

「なんだい?」

「お姉さまは高等学校を卒業されると…、御結婚されて、即位されるのですか?」

 来月の10月10日に18歳になると成人して結婚できるようになるラウラは、進学するのだろうか。そんな簡単に人生がひとつの道に決まっても耐えられるのだろうか。リルルは私は無理だと思った。結婚相手を決めるのですら迷ってばかりなのに、人生まで決めてしまうなんて…。しかも女王は一国の王だ。自分の配偶者を選び損ねると国の運命が狂ってしまう。

「ああ、そうだろうね。」

「お相手の方もですか?」

「相手にもよるだろうね。」

 父は黙ってリルルの瞳を見つめた。どうやらどっちなのかを教えてくれる気はないらしかった

「その相手をこの2か月の間に確定する。必ず決めてしまうから、リルルが帰って来る頃にはすべてが終わっているよ?」

「そうですか…。」

「ああ、リルル。この前、カトリーナとロマニールと話をしたよ?」


 カトリーナ(カロ)ビヨニカ(ヨン)は8月のうちにさっさと結婚してしまった。ロマニールが学校が始まると時間が取れないと言ったのを逆手にとって、時間があるうちにと身内だけで式を挙げたのだった。

 リルルは当然家庭教師の語学の仕上げの授業を休むわけにいかず、泣く泣く欠席したのだった。

 非番だったお城の関係者達に祝福されて簡素なドレスで結婚したカロヨンに、ロマニールは来年の結婚記念日にもう一回式を挙げようと約束したのだと聞いた。

 リルルはその時に呼んでもらう約束をして納得することにした。


「ありがとうございます。それは…、よかったと言うべきなんでしょうか。」

「いいことだと思うよ? カトリーナはリルルが降嫁した先についていくと言ってくれているからね。」

「…そんな先まで覚悟を決めてくれているのですか?」

 リルルは言葉に詰まった。いつか降嫁してしまう日が来たら、一人になってしまうのだと思っていた。お城で働く侍女たちの雇い主は王配である父なので、優秀な彼女たちを父が手放さないだろうと思っていた。

「ああ、クレイジュは、結婚しないとまで言っていたよ。知っていたかい?」

「いいえ、初めて聞きました。」

「そうか。あれは、タチヤーナが退職した日だったかな。クレイジュとカトリーヌが面会を求めてきたことがあってね。」

 父は何かを思い出したのか、ふっと笑った。

「カピトリナもいきなりやって来たね、面会中に申し訳ありませんと言って、非番なのに来たと言っていたよ。」

「ケイティもですか…。」

 クレイジュ(クグ)クロディナワ(ロワ)カトリーナ(カロ)ビヨニカ(ヨン)カピトリナ(ケイ)イェティカ(ティ)タチヤーナ(チス)エルス(エル)…。

 みんな、リルルが幼い頃から仕えてくれている侍女たちだった。

「リルル様が降嫁されることになったら、お城でのお仕えから役目を解いてほしいと願い出たのだ。リルル様の降嫁先に、リルル様の侍女として一緒についていかせてほしいと、言っていたね。クレイジュはその時、リルル様をお守りするのが使命だから、結婚する気はないとも言っていた。」


 唇を噛んで、リルルは涙を堪えていた。そんな覚悟をしてくれているなんて。リルルはちっとも考えたことがなかった。結婚しないのはふられたからですと笑ったクグロワは、優しい嘘をついていてくれたんだと悟った。


 父はリルルの様子を見て、静かに言葉を続けた。

「カトリーナとカピトリナは結婚したら夫を説き伏せてでも一緒についていきますと言ってくれたから、無理はしなくていいと伝えてある。クレイジュにも、気が変わったならそれで構わないから、リルルの為に人生を捨てるようなことだけはしてくれるなと伝えたから、安心しなさい。」

 この調子だと、そのうちスサンナ・ミラーナ(サミラ)ヤーナ・ネオニク(ヨネア)までそんなことを言い出しかねないわ、とリルルは思った。

 父は立ち上がり、涙ぐむリルルの頭を胸に抱いて、「いい侍女に恵まれたね、リルル。旅行中も信頼のおける侍女が付き添ってくれるのだから、安心だよ、」と頭を何度も撫でた。

ありがとうございました

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