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帰還編 奪われた死

 今日も今日とて書類の山が積み上がる。


 

「あぁぁぁぁっ! もうなんで殲滅関連の苦情処理までうちに来るんですか!? しかも今回殲滅してませんよね!?」



 目を離すたびになにも無い空中からはらりはらりと一枚一枚書類が積み重なっていくエンドレス地獄に、特殊失踪者捜救救助室室長畑中理恵はたまりかねて悲鳴を上げる。


 そこに記載された内容は、各異世界からの苦情だったり問い合わせだ。


 その内容は、神の奇跡により死の淵から蘇った英雄や聖女達が、影から現れた鬼武者達によって浚われたと。


 彼らはこう伝えた。



『この者どもは我らが世界より浚われた者の恩恵を受け玖木の殲滅対象となった故に、身柄を確保させていただく。抗うのであればあなた方も殲滅対象と認定する』と。



 玖木の殲滅が、数万を超える世界でおこなわれたのは事実か?


 英雄を浚われたと苦情を入れる世界。


 我らの手で裁くべき罪人を返せと激怒する世界。


 せっかく直ったうちの戦力を奪い何をする気だと不信を募らせる世界。


 あいつが浚われた所為で戦に負けたと、悲鳴を上げる世界。


 時間流の流れが違う世界が多く苦情がいつ止まるかは定かでは無い。


 異世界交流をしてない世界、知らない世界でもその痕跡が発見されたと、無量大数世界がざわめきたっていた。


 さらに苦情は、現世の他国からもひっきりなしに寄せられている。


 他国は他国で、日本が付き合いの無い他の異世界と交流を結んでいるので、そちらを合わせれば数はもっとふくれあがるのは一目瞭然だ。


 召喚主一派に限らず、その生い立ちに関わった者、恩恵を受けた者を全て滅ぼす玖木の殲滅は、無量大数世界でも悪名高い。


 だがそれがおこなわれるのは、よほどの悪逆非道の召喚主や世界相手であり、そこまで頻発するような類いでは無い。


 易々と使われぬからこそ効果を発揮する伝家の宝刀。最強の抑止力だ。



「くすくす。仕方ありません。私は今は特二ではなく特三所属ですので。それに殲滅が無くなったと思われている世界もあるようでしたので、良い戒めとなりましょう」



 書類に負われる上司を尻目に、来客用のソファーで優雅に茶と和菓子をたしなむ姫桜は楽しげに笑う。


 姫桜も職員なのだから本来なら書類処理を手伝うべきだろうが、この鬼の王が下手に書面に記載すれば、それ自体が苦情を向けてきた者への返し呪いとなりかねない。


 なにもせずにお茶を楽しんでいただくのが一番平和かつ、姫桜の最重要の事務仕事である。


 楠木がいれば強制的に事務処理に担ぎ出されているところだが、今日は楠木を含めて他のメンバーも全員が別件で外出となっているので、事務要員は畑中だけだ。


 書類地獄が始まると察した者達が、何かしら理由をつけて逃げ出したがその真相ではあるが……



「勝手に影をつけておって……せめて先にあのでくの坊に伝えてやれ。苦悩しておったのだぞ」



 姫桜の対面で同じく小分けした和菓子を酒でたしなむ、縁は渋面を浮かべる。


 帰りたくない。


 故郷の世界にはもう関わりたくない。


 もし戻されるなら滅ぼさなければ自分達は生きられない。


 その苦悩や絶望をうけ、ただでさえ召喚者の死を取りもどそうとしていた楠木の心はギリギリの縁まで追い込まれていた。



「お言葉ですが縁様。先にお伝えしたら楠木様は驚きません。頑張っていたのだから、予想外のご褒美くらいはよろしいでしょう。かの異神からは死を取り返しても、逃げられてしまって、大団円とはいきませんでしたし」 

   

 

 奪還に注力していたため、異神の逃亡は許したが、絶対目的は成し遂げている。


 深山司が死亡したという事実を奪還してみせたのだから。


 だがそれは人を殺すこと。死を確定させたということ。


 楠木裕也は常人である。


 いくら表面上は隠していてもショックをうけないわけがない。


 故に姫桜は救いを用意した。


 もとより知っていたらそれは救いにはならない。


 絶望の底に沈んでから、蜘蛛の糸を垂らすことで救われるのだから。


 だから姫桜は、縁にも楠木にも黙って、元の世界に戻る英雄達に影鯉を、玖木の鬼武者達を同行させていた。


 殲滅対象者として英雄とその従者達の身柄を拘束して、玖木一族の今の本拠である現世から少しずれた異世界へと連行するという名目で。

 

 帰還は影を使えば一瞬。


 異界側は何も出来ずに眼前で浚われた形だ。 



「ちっ……この性悪めが。またそうやってあやつを甘やかしおって。妾の神官を侮るな、あやつならばそれでも立ち上がってみせる」



 姫桜からその事実を告げられた楠木は深い息を吐いてから、『姫さん……ご苦労さん』と言葉少なに告げただけだ。


 楠木は奪還者である。


 だから殲滅対象者だという名目もあろうが、異界から人を浚う行為を褒めることは出来ない。してはいけない。感謝してはいけない。


 それでも姫桜の独断専行行為に、少しだけだが救われたのだ。


 楠木と共にありその心身を守護する縁には誰よりも判る、判ってしまう。


 だから縁にはすこし悔しい。


 自らが認め、他者からの指摘には認めないながらも寵愛する神官を、縁以外が癒やすことが。


 そして縁は縁を司る神である。


 常に楠木に寄り添うべきではあるが、今日は楠木に付き添えない事がより縁の機嫌を悪くする。


 姫桜の癒やしによって調子を戻した楠木は、理屈としては納得できるが、感情としては縁が認めがたい手を打とうとしている。


 召喚被害者の家族を癒やすために。



「……ならば、もう少し他の手を考えろ」



 それは姫桜への注意だっただろうか?


 それとも楠木へ説教だっただろうか?


 縁にもはっきりしないぼやきに、姫桜がポンと手を打つ。



「あら。でしたら幾夜でも楠木様にお付き合いいたしましょうか? 勝手をした仕置きとして抱き潰されても私は一向にかまいませんよ」



 色気を醸し出した姫桜の提案に対して縁は憮然とした顔でたわけと返し、やけ酒をあおり続けることにした。 


  






 少し呆けた表情を浮かべながら深山千尋は、墓石を磨いていく。


 夫の名深山司と刻まれた10年前の没日が刻まれた部分を、濡れ布でこすりながらどうにも現実感のわかない今に困惑していた。


 千尋が目を覚ましたのはつい先日だ。


 夫が交通事故で死んだという事実に精神的ショックを受けて倒れ、そのまま10年も昏倒状態になっていた……と医者はいっていた。


 気がつけば10年が経っていたと言われてもそれが信じられなかった。


 鏡に映る自分の顔は、千尋にとって昨日の記憶である顔と一切変わっていなかったからだ。


 極々珍しい症例だが、あまりのショックに一種の冬眠状態となっており、生体活動がほぼ停止していたため老化が抑えられていたと。


 自分の見た目は変わらないのに、確かに世間は10年が過ぎていた。


 すこしだけ老いた両親や義両親は、良かったと涙を流して喜んでくれたが、千尋は泣けなかった。


 だからより現実感がわかない。


 長い長い夢を見ていた……ような気がする。


 ここはその夢の続きでは無いか?


 ぼんやりとでも丁寧に墓を磨いていると、不意に影が差して、顔を上げる。


 190センチはあるだろうスーツ姿の巨漢が、いつの間にか近くにおり、千尋と目が合うと深々と頭を下げる。


 どこかであったような気がする? 


 でもどこであったのだろうか?



「失礼いたします深山千尋さんでよろしいでしょうか。私は県警会計課遺失物管理担当をしている本木ともうします。大変申し訳ございません。私どもの管理不備で旦那様のご遺品の一部が他の証拠に混入しており……」



 平謝りする男は、千尋が恐縮するぐらい深々と頭を下げて何度も謝罪をしてくる。


 まるで自分が夫を殺してしまったかのように申し訳なさそうに。



「お気になさらないでください……私が長い時間、眠ってしまっていたので、警察や病院の方々もいろいろ混乱したと聞いております。それであの人の、司さんの遺品とは?」 



「こちらになります……少しショックを感じられるかも知れませんが、どうぞお確かめください」



 外見は質素だが丁寧な作りの木箱を取りだした男は、ゆっくりと蓋を開ける。


 クッションの綿にくるまれていたのは、ひしゃげて壊れた腕時計だった。


 ぐしゃぐしゃ文字盤は夫が事故に遭った朝8時過ぎで止まっている。



「あ……っ……ぁ………っぁ!」



 木箱を抱えるように受け取った千尋は胸に抱きしめる。


 壊れた時計が、千尋の時を再び動かす。


 声にならない嗚咽をあげて、千尋は膝をついてしまう。


 それは千尋が送った腕時計だった。


 義両親が今も大事にしていたひしゃげた眼鏡も、夫が大切にしていた財布も見せてもらった。


 なのに時計だけは忘れていた。何故忘れていたのだろうか?


 互いに時計を送り合ったのだ。


 自分たちに新しい家族が出来たと判ったときに、同じ時を一緒に生きていこうと。


 とても大切にしていたはずなのに、大切なはずの物だったのに。


 なぜ忘れていたのだろう?


 認めたくないから忘れていたのだろうか?


 夫か、司が死んでしまったことを認めたくなくて忘れてしまったのだろうか。


 ごめんなさい……ごめんなさい……忘れてしまって……死んでしまったことを認められなくて……


 泣き崩れてしまった千尋が落ち着くまで、男は何も言わず、自らの巨体をただ日傘代わりとなるように太陽から遮っていた。






「ず、すみまぜん……お恥ずかしい所を」   


 

 涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった人に見せられない顔になったとハンカチで拭いている千尋に対して、楠木はもう一度頭を下げる。


 偽物の時計を用意した事への罪悪感を胸に。


 捧げられた供物。夫へと送った時計が、時計に宿された縁が強力であったと感謝の念を伝えるべきであった。


 強い縁の力があったからこそ、人外の力を持つ異神相手でも何の障害も無く、夫の魂を取り戻せた。


 死を取り戻した。


 取り戻してしまった。



「いえ、ご返却が遅くなりもうしわけございません……それと深山さんが入院なされていた病院からの言付けを預かっております。なるべく早く産婦人科を受診してくださいとのことです。仮死に近い冬眠状態であったためお腹のお子さんが無事である可能性が高いとのことです」



 千尋の顔が驚愕に染まる。


 いっている意味が理解できないという驚きがそこには色濃く表れている。


 せっかく助けたのに流産となったら笑えない。


 楠木は懐からもう一つの物を取り出す。



「こちらはお詫びというわけではありませんが、県警一同から安産祈願のお守りを贈らせていただきます……気休めですが」



 取り出したお守りを謙遜を混ぜながら伝えて、驚いたままの千尋に握らせていると、千尋の背後に浮き出た看護服を纏った神様がぷりぷりと怒り出す。



『誰が気休めですか! いくら縁様の神官様でも許しませんよ! 私が宿っている以上絶対に丈夫なお子さんが生まれるまで、いえ私がこちらの母子を生涯守護しますから!』



 ちっこい神様がみえるなんて言えるわけない。


 それにしてもうちの世界の神様方はお優しい方ばかりなことで。


 お叱りの言葉に楠木は少しだけ頭を下げ、久しぶりに微かに笑った。

7年物のガチ難産でした……とりあえずこれで奪われた死編は終わりです。

ハッピーエンドにはならなくても、なるべく良いエンドへ。

仕事量やばくなって鬱状態で、重い話は無理なんだなと改めて実感です。

腕時計を供物にって設定は考えていたので、壊れた時計で再び時間が動くってラストは決めてましたがガチでかけませんでした。

戦闘描写多くするべきか?

でも主人公戦闘系じゃない。ならどうするか……気がつけば7年。

書き始めたのは2011年で15年w


モチベーションを戻してくれた作品、作者様に本当に感謝です。

カクヨム様への転載に合わせて、ちょこちょこ現代風に変えております。

あとAI利用してイラスト生成にも挑戦して、姫桜と縁をやってみました。

なろう様にイラスト投稿する方法が判らないというか……あるのだろうか?

気になる方、というかこれを読んでいる方が今もいるのか不安ですが、カクヨムのノートの方でご確認ください。

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