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奪還編 奪われた死⑦ 奪還編〆

 いつか変えられるのだろうか?


 いつか家族を作るために戻れるのだろうか?

 

 いつも控えめの笑顔を、大輪の笑顔にかえられるのだろうか?


 愛している。


 俺の思いは伝わっている。


 だけどあいつはいつも困ったような黙ってしまう。


 俺は救国の英雄などではない、好きな女を助ける為に戦ってきただけなのになぜ許されない。


 俺が救おうとしたのは、国でも国王でも王女を名乗るあの傲慢女では無い。あいつだけだ。


 あいつが望むから全てを助けてきたのに、何故あいつが俺を騙し誑かしたことになる。騙したのは、偽ったのは俺だ。


 人外の力を持つと疎まれ恐怖された俺を最初にまともにみてくれたのはあいつだ。


 あいつを失うなら、自分に意味は無い。


 あいつがいるから俺は俺でいられる。


 だから庇った。


 あいつが俺の全てだ。


 生きる意味だ。


 俺の命だ。


 自分の命を守ろうとして何がおかしい。


 だけど泣かせた。


 笑わせてやりたいと思っていたあいつを泣かせた。


 絶望させた。


 それはこの楽園で命を救われても変わらない。


 なにも変わらない。


 あいつが昔望んだたった一つほしがった物さえ与えてやれない。


 この世界では与えてやれない。


 幾千、幾万、幾億が過ぎようと与えてやれない。


 戻らなければ。


 だけど戻っただけで何が変わる?


 変わらない。


 今のままでは変わらない。


 変えるには力が必要だ。


 そういう意味ではここは楽園だ。


 同じ痛みを持った仲間に出会えた。


 力を持つが故、疎まれ、戦わされ、勝手に祭り上げられ、本当にほしい物の一つさえ得られない、得た物を奪われた。


 元の世界など見捨てて逃げようとする軟弱者達と、俺たちは違う。


 この世界で永遠を生きようとする停滞者達と、俺たちは違う。


 取り返す。


 変えてみせる

 

 奪われた者を、奪われた物を、奪われた思いを。


 同士は誰もが一騎当千の強者たち。


 例えどれほどの月日が掛かろうとも、皆の世界を一つ一つ変えていこうと誓った世界最強の同盟。


 俺が必死に護ったあの国など一夜で討ち滅ぼせるほどの戦力。


 他世界へ逃げようとする者たちも、この世界に定住しようとする者達も、俺たちと同規模の戦力を有すが、俺たちは違う。


 意思が違う。


 思いが違う。


 鍛錬が違う。


 覚悟が違う。


 だから悠久の時を超えていつかは俺たちが勝つと自信を持っている……いた。


 同盟が……いや、この世界に招かれた英雄、聖女達を、綿毛のように吹き飛ばす悪鬼羅刹が現れるときまでは。







「なんで!? いやっ! 帰りたくない! また戦わっ」



「頼む! 俺はいい! だけど彼女だけはこの世界に残してくれ! 慈悲を! せめてあい」

     


「だぼがっ! なんで俺たちからまた奪いやが」



 戦場は、既に戦場では無い。ただの狩り場。


 城塞を一撃で壊滅させる伝説の魔法使いも、


 山を一息で吹き飛ばせる戦場の支配者たる竜人も、


 空高くを飛ぶ天空の支配者たる翼人も、


 目にとまる速度で地を駆ける獣人も。


 絶望の嘆き、


 悲痛な悲鳴、


 やりきれない怒声、


 慈悲を願う懇願。


 憎悪。


 恐怖。


 憤怒。


 哀願。


 ありとあらゆる負の感情と、悲鳴を最後まで吐き出す事も出来ず、この世界から去る哀れな獲物でしか無い。


 向けられる恐怖、悲鳴、怨嗟の声を、まるで小鳥のさえずりを楽しむように微笑みながら鬼の王が静かに戦場を闊歩する。 


 純白の生地に桜が舞う着物を纏った姫桜が一歩、一歩ゆっくりと歩みを進める。


 一歩地を踏むたびに、姫桜の足下から伸びた影は不気味に揺らめきながら、鯉の形を模した何千もの影に分散し生き生きと戦場へと散っていく。


 【一瀉千鯉】


 川の水が何物にも遮らず勢いよく、一気に千里も流れ下るように、影の鯉たちは広がっていく。


 飛び散る影鯉はありとあらゆる結界をすり抜け、分厚い壁も、幾重に重なった柵も意味をなさない防御不可能な戦場展開鬼術。


 本来ならばその影鯉には、影の一つ一つに一鬼当万の玖木の鬼武者達が宿っているだけ。


 戦場において自らの手勢を一気呵成に広げ、陣形を作るための対軍勢用初手技でしか無い。


 だが縁の神官にして姫桜の主である楠木より、【縁切り】の神能を賜ることで、影鯉は対異界存在防御絶対不可能な怪異祓いの刃へと化す。


 一騎当千の英雄、聖女達であろうとも、巨人だろうとも、超科学を操る科学者であろうとも、大陸を一撃の下に壊せる魔王であろうとも、星を飲み込む巨龍であろうとも関係ない。


 異界からきた者達であるならば、現世へとつなげたその糸を【縁】裁ち切り、異界へと追放する。


 それが対異世界存在最強の古今無双神刀【縁切り】の神髄。


 しかし今姫桜が斬る縁は、楠木が指定する対象は、この世界との繋がりでは無い。


 楠木が断つのは、召喚被害者深山司との繋がり。


 深山司から奪われた死により、この楽園へと在留する資格を欺瞞している者達から、縁切りにより死を奪う。


 それは本来の楽園としての機能を回復させる事に他ならない。


 哀れな犠牲者達の影に触れるたびに、楽園と繋がれた輪廻する死との縁が切れ、死の淵から解放された彼らは、楽園の力により元の世界へと返されていく。


 だがそんな絡繰りなど彼らには判らない。


 ただ自分が拒んだ世界へと強制的に戻される事だけを理解する。


 理解したときには既に遅い。


 影鯉は戦場をぐるりと囲む輪を作っている。


 巨大な生け簀の中に彼らは閉じ込められているのだ。


 自分は助からずともせめて仲間だけは。


 そうすればいずれは残った仲間が、自分たちの世界へと助けに訪れるかも知れないと必死のあらがいが幾度も、姫桜に降り注ぐ。


 紫電を纏う雷撃が


 魂さえ焼き尽くす獄炎が


 肉片一片も残さない腐食毒が


 音を超える数千の矢が


 都市を壊滅させる数百の爆撃が


 神すら欺く不可視の魔術が


 万の人を殺す呪詛が


 国を滅ぼす異界の神の拳が


 姫桜に届くことは無く、姫桜の周囲をくるくると廻る影鯉に触れられただただ消えていく。


 彼らがこの世界の者では無いから。


 この世界に招かれた召喚者であるから。


 どれほどの力を誇ろうとも、


 どれほどの魔力があろうとも、


 どれほどの超科学を持とうとも、


 どれほどの人外の力を振るおうとも、


 どれほどの神仏の力を借りようとも、


 ただ一つの理の前には通じない。


 縁を断つ。

 

 神殺神剣『天之尾羽張』の神能を授かりながら、姫桜は微笑みながら戦場を蹂躙し尽くす。


 縁の命に従い、遊びは一切無い。


 いつもなら鬼術【童謡】をもって、呼び換え言霊の効果も乗せた動揺を誘い、心身共に壊し尽くす戒めはおこなわず、心落ち着くBGMのみを楽しむ。


 姫桜にとって心落ち着く数多の悲鳴と怨嗟の声はやがて少なくなり、ただ一つだけが残った。



「あぁ……何故……何故ですか? 貴女は何故……奪うのですか……私達はもう奪われたくないだけですのに。求める者が違う方々もおりますが、皆、誰も奪われたくだけですのに……」


 それは悲痛な泣き声であった。


 仲間を失い、敵を失い、ただ一人楽園へと残された武装シスターははらはらと泣き散らす。


 そこには悲哀と心半ばで元の世界へと戻されてしまった仲間への憐憫だけがあった。


 悲しみだけがシスターの心を占めていた。


 誰よりも勇敢に先頭で仲間を率いていた武装シスターは、悲しみの涙を流す。


 そこに恐怖は無し。


 鬼王を前にしてもただただ悲しむのみ。


 武装シスターの足下をぐるぐると回る影鯉は、シスターに触れるたびにちぎれ消し飛ぶ。


 鬼の王たる姫桜よりも遙かに格上の証し……つまり神そのものもしくは異神。


 シスターからの問い掛けに姫桜は答えず、にこりと微笑みポンと手を打つ。



「鬼さんこちら手の鳴る方へ」



 影が泡立ち、その影の中から漆黒の竹刀を持ち憔悴し苦しげな表情を浮かべる楠木が膝をつきながら浮かび上がってきた。


 荒い息と全身にびっしょりと汗をかきながらも、眼光だけは力を失わない楠木がふらつきながら立ち上がる。


 姫桜はぴたりと身を寄せ腕を組みその身体を支え、同時に楠木の不規則に蠢く脈動を楽しむ。


 英雄達が残した絶望の声は、感情は姫桜を通して楠木にも伝わっている。


 背負いきれないほどの負の感情を向けられながらも、楠木は奪還者として立ち上がる、立ち上がるしか無い。


 例え取り返す物が【死】であろうとも 


 その苦悶は、強さは、姫桜にとっての美酒。


 楠木は左手でカードを取り出すと指ではじく。



「日本国異界特別管理区第三交差外路特殊失踪者捜索救助室専任救助官楠木勇也です。私どもの世界より違法召喚された深山司さんの死を返していただきます……縁紡ぎ」 

 


 口上を述べ終わると同時に、楠木は鋭い突きを繰り出した。


 交渉の余地などそこには無い。


 何故とも問わない。


 正義であったのか、悪意であったのか等関係ない。


 姫桜の影の中で無限に響き渡る負の感情の海の中で苦しみながらも、既に縁に捧げる祝詞を読み上げている。


 ただ取り返すという意思をもって、縁切りの対極となる縁紡ぎは繰り出され、激しい雷光が周囲を白く染め上げた。

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