第三章②〜「憧」のギタリスト・尾藤彩丸〜
驚くべきことに、作者が作品ジャンル設定をミステリーからラブコメに変更して以来、天から届く声が多くなった。
明らかな読者数の増加。
とはいえ、おそらくそのほとんどが「学園ハーレムモノか。とりあえずさわりだけ読んでみるか」ぐらいの軽いノリで来たにぎやかしだ。なんたってラブコメが一番人気なサイトだし。 今はまだ完全に固定読者として定着したわけではなく、内容がつまらなければあっという間に離れていってしまうだろう。物語も起承転結の「走」を走り終えた程度で、これから「己」、ひいては「承」に突入するにあたり、どれだけ途中離脱者を抑えられるか。ここからが正念場だ。
が、俺にとってはそんなことどうでもいい話。元々ハードボイルドな高校生探偵としてこの世に産み落とされたのだ。可愛い子ちゃんにちやほやされてヘラヘラするような、俺はそんな軟派な男じゃない。
「はわわ! 急に葉栗しゃんに呼び出されるなんてぇ!」
俺はそんな軟派な男じゃ
「えっ。しかも今日は、他のお二人はいないんですか……? じゃあもしかしてふ、ふふふ、二人きりってことぉ!?」
軟派な男じゃ
「こんな狭い場所で二人きりなんて、どうしよおぉ。心臓のBPMが高まっちゃうよぅ」
あぁもう! たーまんねぇなぁ!! 爆乳最高ぅー!!!
俺は目の前で小さく飛び跳ねる体操着姿の女――尾藤彩丸の、バインバイン上下に揺れる魅惑の果実を直視する。瞳孔はギンギン、鼻息はフンスフンスである。
部室での三人娘との対面の翌日。俺は尾藤一人だけを体育館での体育の授業後に、ここ体育倉庫に呼び出した。もちろん俺が自ら進んでそんなことをした記憶はなく、詩帆との「蒲焼さん太郎事件」が二枚追加購入で無事解決した後、急に場面転換があり今に至る。全て作者の裁量だ。
どうせアレだろ? 体育倉庫閉じ込められイベントだろ?
何かの間違いで外から鍵をかけられ、ケータイを持ってないから助けを呼ぶこともできなければ運悪くこの後他クラスの体育の授業も無く、放課後部活動のために来た生徒が発見してくれるまで二人で過ごすはめになるんだ。そのうえ密閉空間の蒸し暑さで意識朦朧とした尾藤が「ぅあっついぃ♡」とか言い出して服を脱ごうとするから紳士な俺は慌てて止めようとするんだけど滴った汗がなんか上手いことニュルンってなって足を滑らせてしまいそこからくんずほずれつのちょっぴりエッチなドタバタハプニングに発展するんだ。
全く、馬鹿馬鹿しい! 王道すぎて逆につまらないシチュエーション。政治家の「記憶にございません」並に使い回され、読者も飽き飽きしていることだろう。
……とはいえ、王道は人気だからこそ王道足り得るわけで。読者の想定を超えるド直球をブン投げれば、むしろ効果的かもしれないな。どうだろう、ここは一つR18レベルのとびっきり刺激的な描写をお出ししては? これはあくまでもこの小説の主人公として、作品をより良くするための提案であり、決していかがわしい意図はない。
え? さっきの「爆乳最高ぅー!!!」という発言について? ……記憶にございません。
「それで葉栗しゃん、お話ってなんですかぁ?」
「あぁ。一つ聞きたいことがあってな」
「は、はい」
「お前今、好きな男はいるか?」
「ほえ?」
「だから、好きな男はいるのかと聞いている。何度も言わせるな」
オラオラしいほどの清々……間違えた、清々しいほどのオラオラで尋ねる俺。尾藤の顔がボンッと音を立てて真っ赤に染まる。そんな尾藤を俺は壁際に追い詰め、壁ドン。からのアゴクイ。
……あれ? 何か違和感があると思ったが、今日はわりと普通にラブコメの距離感だな。昨日は八メートル以内の接近は淫らとか言ってたクセに。体育倉庫イベントというのもしっかりラブコメ小説の定石を押さえているし。少なくとも昨日までの作者は、こんな当たり前すら理解していなかった。また読者に童貞煽りされたのがよっぽど効いて、恋愛について少し資料集めをしたってところだろうか。
……一皮ズル剥けたな、作者よ。
ずっとひとりよがりな作家だった主の些細な変化。理由はともかく、俺は驚きつつもそれを歓迎した。
閑話休題。意識を目の前に戻すと、尾藤。
「どどどうしてそんなこと聞くんですかぁ?」
「知りたいからさ、お前のことを。天才高校生恋愛師として」
悲報。俺、いつのまにか探偵から恋愛師にジョブチェンジしてた。てか恋愛師ってなんだ。知らんけどろくでもなさそう。なんか詐欺とかしてそう。
あとやっぱりまだちょっとズレてるな、作者。
「す、すすす」
「?」
「好きな人は、その、えっと」
「早く言っちゃいなよ。ジャストドゥイット」
「ふ、ふえぇっ! ごめんなさい!」
俺の手をか弱い力で振りほどき、逃げ出す尾藤。しかし彼女はドジっ子属性も持っていたのか、床に落ちていた体操マットにつまずき、転びかける。
「危ねぇっ!」
叫ぶと同時に俺の身体は動いた。片方の腕を尾藤の腰に回して支え、もう片方の手で尾藤の手を取り、まるで社交ダンスの決めポーズのような体勢になる。
「シャル・ウィ・ダンス?」
キザっていうか……万が一にもこの小説が売れるような世の中だったら嫌だなと、ごく一般的感覚の俺の頭は思う。
「し、失礼しましたぁ! あと、ダンスはまたの機会に……」
「そうかよ。んなことより、怪我はねぇか?」
「は、はひ。ありがとうございま……ひょわぁっ!」
今度は慌てた拍子に滴った汗で足を滑らせる尾藤。受け止めようとした俺も巻き添えになり、二人もつれるようにマットに倒れ込む。尾藤が仰向けに寝転がり、俺がその上から覆いかぶさる体勢だ。身体が完全に密着しており、たわわに実った二つの果実の感触が、薄い体操服越しに伝わってくる。
そうそう、これだよこれ!(歓喜)
「やっ、顔、近っ……!」
尾藤がサッと顔を両手で隠す。頭隠して胸隠さず。この世界に新しいことわざが生まれた瞬間である。
「っ! 尾藤、ちょっと手をどけて、顔を見せてみろ」
「ダ、ダメですぅ……今、たぶん真っ赤だから……」
「あぁん? 言っただろ、お前は俺の捜査対象だと。本当に真っ赤かどうか、捜査をする必要がある」
「いや……見ないでぇ」
馬鹿みたいなセリフ回しは要改善だなと思いつつ、俺は意識を尾藤の胸から顔を覆う小さな手、もとい、おててに移す。
このおててで、凶暴と称されるほどのギターを奏でているのだ。いわゆるギャップ萌えというやつか。絶好調だな作者、褒めてつかわす……などと思った矢先。尾藤のおてての形状がゆっくりと変化した。
尾藤の両手は顔を隠したまま、俺に向けて中指を立てていた。
……えっと。こ、これも作者の考えたギャップ萌えの一種だろうか。そうか。正直俺にはよくわからないけど、萌えも多様性の時代だからなぁ……って、そうじゃないよな。
辿り着いた悲しき可能性。俺は渋々、それと向き合う決意を固めた。
忘れかけていたが、本当の尾藤は地味女時代からヤンキー座りキメるような少女だったわけで。するとこの中指はひょっとすると作者の描写によるものではなく、彼女が自分の心をできる範囲で精一杯表明した結果ではないか。
要するに、理由は不明だが俺は尾藤に激しく嫌われている。学年一位である頭脳明晰な俺の推測によると、これはおそらく「くたばれこのクソ雑魚ナメクジデブゴリラチキン」のサイン。
酷い。チキンはさすがに言い過ぎではなかろうか。思った以上に強烈な拒絶にウキウキだった気分が一気に萎んでゆく。作者のシナリオどおりにしか動けないから仕方ないとはいえ、嫌がっている女の子とどうこうなるのは本意ではない。その程度の良心は持ち合わせているつもりだ。
しかし、俺たちの気持ちを無視して物語は加速していく。
「おっと、逃さねぇぜ」
俺の左手が尾藤の両手首をまとめて掴み、彼女の頭上に組み敷いた。
案の定真っ赤な尾藤の顔が露わになるが、照れているというよりも怒っているようにしか見えない。だってものすんごい煽り顔で舌レロレロしてるし。
「んぅ……恥ずかしい」
甘く囁くような声と裏腹に、その目はやはりクソ雑魚ナメクジデブゴリラチキン……いや、これはクソ雑魚変態ナメクジデ豚ゴリラチキンを見る目だ。進化している、酷い方に。
「うーん、ちょっと暗くて見辛いな。もう少し近づいて見てみるか。あっ、大丈夫大丈夫、これは捜査だから。皆さんやってることだから」
おい、どこでそんなキモい言い回し覚えた作者! と憤慨してみたところで身体の自由は無く、いいように弄ばれる。
尾藤はもはや諦めてしまったのか、怒りの表情は徐々に怯えのそれへと変わってゆき、目の端に涙を浮かべながら、ただこの最悪な時間が早く過ぎるのを祈るように目を閉じる。
おい、やめろよ。やめてくれ。せめて最後まで、嫌悪の目を向けていてくれ。そんな悲しい顔されたら、俺は……
そのまま俺たちはゆっくりと唇を近づけ合い、そして――。
「あ、あなたはあのときの……何をやってるんですか。こんなところで」
まるで救いの女神のように。聞き覚えのあるハスキーボイスが、頭上から降ってきた。おかげで俺たちはすんでのところで踏み留まった。そう。体育倉庫の鍵は元々閉まっていなかったし、他クラスの体育の授業がないなんてご都合展開でもなかった。
突然開いた体育倉庫の扉。その入口に見えたのは――照明の逆光を背にして立つ、A子の姿だった。
暴挙を止めてくれて安心したのも束の間、彼女にだけは見られたくなかったという気持ちが湧いてくる。今すぐ飛び退きたい。なのに、描写がそれを許してくれない。感情の板挟みの中、尾藤がA子の質問に答えようと口を開く。
「ああああの! 少しお話をしていたら転んでしまっただけで、決してそういう「あーあ、あと少しで逮捕できたのに。余計な邪魔が入っちまったわ」
尾藤の言葉を遮り放たれた自分のセリフに絶望する。あらゆる意味で、俺の本心と最も遠い位置にある一言。A子は何も言わずただ俺たちを見下ろしている。瞳の端に、小さな水の粒をぶら下げて。
怒り? 悲しみ? 軽蔑? それとも、嫉妬?
どれとでも受け取れるし、どれでもないような気もする。少なくとも、初めて会った時浅熊のために流していた涙とは別種のものに思えた。
対して俺は弁明をしたかった。言わされたセリフだなんて彼女も百も承知だろうけど、それでも。俺は君のことを邪魔なんて微塵も思わないし、本気で尾藤を好きなわけでもない……そんなどっちにしたって嫌われそうな最低な言い訳が頭の中をぐるぐると巡り、巡り、巡るだけ。口は堅く閉ざされて開くはずもない。
前回は事件の第一発見者。今回は甘い展開をぶち壊すためだけの、いわば舞台装置。
誰でもない、誰でもいい存在。ゆえにモブ。モブと主人公の人生が交わることなど、この先万に一つもあり得ない。
なのになんで、俺はこんな必死になっているのだろう。
「差し出がましいようですが、その、そういった行為は高校生にはまだ早すぎると思いますよ。ファーストキスは結婚式の誓いのキスまで取っておくものです。できないんじゃなくて、あえてしないんです」
A子はおそらく作者の個人的な主張を淡々と代弁した後、俺たちの脇を無言で通り過ぎ、バレーボールの入ったかごを引いていく。倉庫を出ていく寸前一度こちらを振り返ってくれたような気がしたのはたぶん、俺の願望が見せただけの幻だろう。
「あ、あわわわ……葉栗しゃん、逮捕っていうのは、その……」
「残念、って顔だな」
「もうっ! 意地悪ですぅ!」
そう言って、両手をグーにしてポカポカと俺の肩を叩く尾藤。
一見微笑ましい光景だが、実は親指を下に向けたブーイングの手なので爪がグサグサ刺さって痛いです。今は傷心中なので、できれば抉らないでください。
それから、
死ねよこのハゲゴリラチキンかまちょド屑カスうんこブリ太郎、はさすがに言い過ぎじゃないでしょうか。
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【ツンデレ幼馴染の次はドジっ子! 菅ヶ田さんはどんなキャラなんだろう?】
【ドジっ子系爆乳キャラとか最高過ぎるんだが???】
【おいおい急にオラついてどうしたw あまり無理するなよ童〇】
【尾藤さんもいいけど、僕は断然ツンデレ詩帆ちゃん派!】
【まさか最初のミステリー展開からこうなるとは! ラブコメしつつ、事件解決もしていくんですね? 続きがとても楽しみです!】




