第三章①〜「哀」のドラマー・福豆詩帆〜
俺と詩帆は並んで……ではなく、縦一列で校舎を出た。約一〇メートル後方から詩帆が着いてくる形だ。これは一緒に帰っていると言えるのか? どちらかというと尾行みたいだが。
「こうやって二人で歩いてると、周りからはカップルみたいに見えるのかな……べ、別にそう見られたいわけじゃないけどっ!」
こっちまで届くように頑張って声を張る詩帆。心配要りません。絶対見えません。でも、作者の感覚ではこの距離感はカップルのそれなのだろうな。これまで女子から何十メートル距離を取られて生きてきたのだろうと思うと、少々気の毒である。
「なんだよ、もしかして照れてんのか?」
「て、照れてなんか……!」
「もっと近くに来いよ。あと二メートルまでなら、俺は恥ずかしくもなんともないぜ?」
「は、八メートルまで近づくってことぉ!? いくら幼馴染とはいえ、そんなの淫らが過ぎるよー!」
……本当に気の毒である。人混みとかちゃんと歩けるのだろうか?
作者のプライベートを心配しつつ、俺は何気なく周りを見渡す。俺たちは今さっき校舎、正確には新校舎を出たのだが、そこから校門までの間には現在部室棟として再利用されている旧校舎と、それに隣接するグラウンドがある。野球部の掛け声やら吹奏楽部の演奏音、先生の怒鳴り声が遠くに聞こえる。この風景は作者の母校がモデルなのだろうか。名門らしくなかなかに風情のある学校だ。
俺はそのまま首をぐるりと回して後方を向く。今度は自分の意志でなく、作者の意志だ。「詩帆のほうを振り返った」とか、まぁそんな一文のせいだろう。視線の先には相も変わらず、ストーカーのようにぴったり等距離で張りついてくる詩帆がいる。
詩帆は、歩きながらグラウンドを熱心に眺めていた。サッカー部が試合形式の練習を行っているが、どうやらそれが気になるらしい。先ほど覚えた違和感が、再び頭をもたげる。
「ね、ねぇ。そんなにこっち見ないで……勘違い、しちゃうから」
いじらしいセリフを吐きながら、詩帆の目は全くこちらを見ていない。俺には毛ほども興味ないと言わんばかりに、いまだグラウンドに釘付けだ。単なる背景の一部と化し、ピンボケみたいに滲んだ茶色の中。サッカー部員が見事なシュートを決めた……たぶん、月代だ。詩帆は月代を見ている?
よく見ると詩帆の瞳の淵が潤んでいることに気付く。その視線はあからさまに情熱的で。それでいてどこか切なげで。
違和感の輪郭が、くっきりし始めた。
「見てんのはお前のほうじゃねぇかよ」
俺のセリフとともに詩帆の顔がグギギとこちらを向く。険しい形相が彼女の必死の抵抗を示している。しかしやはり、作者の描写やセリフにキャラは逆らえない。
「だって目が離せないんだもん……カ、カッコイイ、から」
目は口ほどに物を言うという言葉があるが、こんなにも退屈そうな目は見たことない。お前の顔を見るぐらいならゴキブリの交尾でも眺めてた方が楽しいわ、とやけに具体的な罵倒が聞こえる。月代を見る時の哀歓入り混じったそれとはまるで別物。
そうだ、わかっていたはずじゃないか。キャラクターにはそれぞれ独立した意志がある。ガワのそれとは別の、いわば本当の心。この嘘っぱちの世界で、作者の描いたシナリオに従わされながら、それでも、心だけは自由に夢を見る。
「か、勘違いしないでよねっ! カッコイイとは言ったけど、アンタのことなんて全然好きじゃないんだからっ!」
――本当の詩帆の心は今、月代に恋をしている。
わかったところでどうしようもなかった。俺たちの口からはセリフがぽろぽろとテンポよく零れ落ち、作者の思う良い雰囲気を自動的に醸造してゆく。
「はいはい。わぁーってるよ。俺たちはただの幼馴染だもんな」
「……本当の恋愛を教えてくれるって言ったくせに」
「あぁん? なんだって?」
「なんでもないしー! 馬鹿馬鹿! 鈍感! もう知らないっ!」
「は? なに急に怒ってんだよ。機嫌直せって。駅前のコンビニで好きなモノ買ってやるから」
「……じゃあ、蒲焼さん太郎買ってくれる?」
「ったく、しゃあねーな。三枚までだぞ」
「イェーイ! やったー! じゃあ私は、お返しにキャベツ太郎買ったげる!」
「は? それじゃ意味ないだろ? ただのプレゼント交換じゃねぇか」
「お互いに贈り合うから意味があるの! ほんっと千博は何もわかってないね。そんなんだからいつまでも彼女できないんだよー!」
「へいへい……ったく、人の気も知らずに(ボソッ)」
「え、何? よく聞こえなかった」
「なんでもねぇよ。おら、早くコンビニ行くぞ」
「ちょっと待ってよ! 一二メートルも離れたら寂し……じゃなくって! 話し辛いでしょー!」
詩帆の口は楽しそうなセリフを紡ぎながら、目は「一九一、一九三、一九七……」と別のセリフを発しているように俺には見える。
というか、素数数えてね? 仮にも名探偵である俺の目は誤魔化せないゼ! ……なんだろ、なんというかその、むなしい。彼女の本心を知りながら、操られるがままイチャつくなんて空虚なことこの上ない。
あと会話のほうもあまりに空虚すぎやしませんか? 中身スッカスカだけど、三二歳の大人がこれをネットで公開しても大丈夫そ? 何かしらの法に触れたりしない?
……まぁ作品の出来はさておき。お互い恋愛感情もないのに無理やりラブコメさせられるなんてまっぴらごめんだ。詩帆も。それから尾藤も、菅ヶ田も。皆俺のことなんて好きじゃないだろうし、俺も別に彼女らを好きでもなんでもない。
ちょっとツンデレロリっ子幼馴染だったりダイナマイト・レスポールボディだったりエチエチミニスカギャルだったりしたところで、さして興味はない。いやマジで。ほんとだって。オレ、ウソ、ツカナイ。
そもそも俺はミステリー小説の主人公として生み出された天才高校生探偵だ。恋人は事件! 生者より死体! 好きな人なんているはずが……
否定の言葉を脳裏に浮かべたそのとき、なぜかそれを遮るように、とあるモブ女子の顔がよぎった。俺がこの世界に生まれて初めて出会ったその少女は、今どこで何をしているのだろう。事件の第一発見者という役目を終え、すでに消されてしまったのだろうか。それともまだ、背景の一部としてどこかで元気にやっているのだろうか。
……ハッ、馬鹿馬鹿しい。そんなこと、考えるだけ時間の無駄だ。彼女が消えていようがいまいが、どうせ二度と会えないのだから、どっちだって同じこと。
というか別に好きじゃないし? そりゃまぁ多少可愛かったのは認めるし、ちょっとだけ「うわぁ十年ぐらい真剣に付き合ってから結婚、子宝にも恵まれて最低五〇年は添い遂げてぇな」とは思ったけど、あれはただ目の前で人が血を流して倒れているという緊張状況が生み出した吊り橋効果的なやつであって、そもそも吊り橋効果とはカナダの心理学者であるドナルド・ダットンとアーサー・アロンによって一九七四年に発表された恋の吊り橋実験が由来の「ちょっと聞いてる? 千博ってば!」「え?」
詩帆の呼びかけで、俺は不安定な脳内吊り橋から現実の整備されたアスファルトの上へと戻って来る。ふぅ、助かった。危うく天才高校生探偵の知識をひけらかしてしまうところだった。
「だーかーらー。着いたよ、コンビニ」
「あ、あぁすまん。蒲焼さん太郎だったよな」
若干上の空で入店し、フラフラと駄菓子コーナーに向かった俺は、なんとなく、世界に反抗してみたい気分になった。だから一度蒲焼さん太郎に伸ばしかけた手を、無理やり捻って隣のヤンヤンつけボーへと……
「これでいいんだよな?」
俺は掴んだそれを詩帆の眼前に差し出した。
「うん! やっぱ駄菓子は蒲焼さん太郎一択……ってこれ、焼肉さん太郎じゃん!」
そう、俺が掴んだのは焼肉さん太郎だった。世界はいとも簡単に、正常に、俺の自由を拒んでみせた。はあ。ま、最初から期待なんてしてなかったけどさ。
「え? ……あっ! 悪ぃ! ついボーッとして!」
「酷いっ! 私もう、先に帰るから! 追いかけてきてほしいなんて、思ってないんだからぁっ!」
「詩帆! チョ、マテヨッ! やれやれ。あいつは昔から、たまに意味わかんねぇんだよなぁ……って、俺のキャベツ太郎ー!」
などというなんとも香ばしいセリフとともに、詩帆を追いかける俺。
てか今さらだけど作者、恋愛観小学校低学年で止まってない? 女子高生へのプレゼントに蒲焼さん太郎って。あれは小学生の遠足用に開発された商品だぞ(大嘘)。
コンビニを出、しばらく走り去る詩帆を追いかけていたが、不意に、目の前の詩帆の小さな背中があの日のA子の寂しげな後ろ姿と重なった。瞬間、なぜか鼻の奥がツーンと痛んだが、俺は気付かないフリを決め込んだ。
なぜならラブコメの主人公とは往々にして、感情に鈍感な生き物なのである。
いや、もしかしたら。そうでなければやっていけないほど辛い役目なのかもしれないなと、ふと考えた。
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【なんか急にミステリーからラブコメに突入したー!】
【小学生以下の恋愛経験値でワロタwww やっぱりこの作者童て(以下自主規制)誰かと結ばれるまでに何百万文字かかるか、今後の展開が楽しみです(嘲笑)】
【ツンデレ最高! 詩帆ちゃん最高!】
【千博くんが誰を選ぶのか、先が気になる〜! これからも応援してます!】




