エピローグ①〜ある底辺作家の話〜
轟瑛子を事件の犯人に仕立てようと決意した途端、急に筆が走らなくなった。あんなに自由気ままに、イキイキと、僕を困らせていた暴れん坊な性器……もといキャラクターたちが、まるで死んだように動かなくなった。
僕は萎えた彼らにムチを打ち、力ずくで奔走させた。瑛子の犯行の証拠を集め、裏の顔を暴き、協力して舞台から引きずり下ろす。それが彼らの結束をより強め、また多くの人の納得できる落としどころになると信じて。
だけど途中でふと疑問が生じてしまった。
瑛子って、こんな悪いことをする子なのだろうか?
メインキャラたちと一緒にいる時の瑛子は。一歩引いていながらも嬉しそうで、呆れながらも楽しそうで、本当はもっともっと仲良くなりたいけど怖くて言い出せない、不器用で優しい、普通の女の子に見えた。皆といる時の彼女の笑顔は全て嘘なのか? 正直、自分で生み出した存在のことがよくわからなくなっていた。
ただ物語の都合上、彼女は悪でなくてはならない。僕は彼女が読者に嫌われるような描写を盛り込むことにした。あんなに指先を重く感じたことは、今まで一度もなかったと思う。
僕の苦悩とは裏腹に読者の反応は上々。瑛子へのヘイトがどんどん溜まり、カタルシスへの滑走路は着実に拓けてゆく。
だけどいよいよ準備が整い、走り出そうというその瞬間、僕は聞いた。多くの読者の声に埋もれかけていた、どこかの誰かの悲痛な叫びを。
今にも消え入りそうなその声に、僕は静かに耳を澄ませる。
頼むから教えてくれ。僕はどうすればいい?
深く、深く沈んでゆく。物語の深淵へ。目に見える世界の、もっと先へ。
僕は自分の書きつづった言葉の裏側に、別の言葉を探す。声は確かにそこから聞こえていた。ただの無機質な文字の集合体はいつのまにか息吹き、自立していたのだ。
僕はそっと語りかける。
もしもし、君は誰? もしかして優れた物語にだけ宿るという小説の妖せ「ふざけんな童貞野郎!!」はぁ? 誰だよお前失礼な。てかどどどど、童貞じゃねぇし…………はぁ??
思いがけない暴言に困惑した。彼だけではない。聞けば聞くほど僕の小説の中からは、つまらない結末に抗おうとするたくさんの意志がうごめいていて。
おめぇら、そんなに気に食わないか? だったら、自分で書いてみろよ。おぉん? まさかできもしないのに文句言ってるわけじゃ
――間――
……あれ? 僕は何をしていたんだっけ。
は!? いつのまにかほぼ完結してるぅ!? うそうそうそ、なんか主人公が犯人にされてんだけど。読者にすんごい叩かれてるんだけど。ええぇ……
僕はがっくりと項垂れた。初めてあんなにたくさんの読者が付いたのに。最終的に、ほとんどの人を満足させることができなかった。そう、ほとんど(・・・・)の(・)。
……ま、終わったことを嘆いても仕方ない。どうせすみっこ暮らしの底辺作家なのだ、楽しんでくれるたった一人の読者のために物語をつづるのも、一興だろう。
そうだな、ちょっとだけ愛着も湧いてきてしまったことだし、続編でも書いてみようか。スピンオフなんかも楽しいかもしれない。
なんにしても、楽しい旅になりそうだ。のんびりと行こうじゃないか。
今度は物語の奥に潜む声に、じっくり耳を傾けながら。




