最終章③〜最高のハッピーエンド〜
尾藤、瑛子と合流した俺と月代は、皆で菅ヶ田の病室へと向かった。部屋に入るとすでに詩帆も戻っており、久しぶりにメインキャラ六人全員が顔を合わせることになった。
気まずそうな表情でうつむく瑛子。ついさっき大根で尾藤を殴り倒そうとしたのだから、そりゃ合わせる顔がないだろう。だけど言わずとも皆知っている。瑛子がなぜそのような暴挙に出たのか。理の側の能力で意志を共有していたおかげで、瑛子の思考は常に脳内に流れ込んできていたから。
瑛子の行動は優しさだ。自分が犠牲になることで皆を守ろうとする、強い意志。
彼女は尾藤を俺たちの前で殴り倒すことで、当初の予定どおり自らを一連の事件の犯人として確定させようとしていたのだ。実際はまだ誰も手にかけていないというのに。
かつて瑛子は「好きな人がいる」と言った。今ならわかる。瑛子の言う好きな人とは、俺たち皆のことを指していたのだ。
そして彼女がずっと口にできなかった本心からの望みは、「皆とずっと一緒にいること」。
瑛子はそれを叶わないと言った。彼女は自分が犯罪者の汚名を着せられ、物語から追放されることを当時から予期し、諦めの中で生きてきた。しかし今、物語の結末を決める権利は俺たちが握っている。
……ここからは出たとこ勝負だ。俺は瑛子の左手に握られた大根を、サッと奪い取る。
「これ、菅ヶ田へのお見舞いの品だそうだぜ」
「! そ、それは違」
「大根農家の娘が、大根を差し入れに持ってくる。何もおかしなことはないと思うが? あぁん?」
いやおかしいだろ剥き出しの生大根やぞ、とでも言いたげな不満顔で瑛子は黙り込む。俺は決意を固め、ゆっくりと口を開く。
「……さて、そろそろ種明かしといこうか。浅熊みつ殺害未遂事件と、菅ヶ田の事件。この二つの事件の犯人は、」
俺の覚悟が共有されて伝わったのか、皆の顔が一斉に青褪める。
「葉栗っ! お前まさか……!」
「葉栗しゃん!?」
「千博!? 嘘だよね? やめてよ!」
「葉栗お前っ!」
「そ、それはわた……っ!?」
瑛子の口を強引に手で塞ぐ。悪いな、セクハラと責めるなら後にしてくれよ。
この名探偵の推理ショーが終わった後に。
「浅熊みつと菅ヶ田七星、二人を撲殺しようとした犯人は……この俺、葉栗千博さ」
呆気にとられたように一瞬の静寂が訪れた後、
「そんなわけ……っ! なんで千博が、」
「そうですよぉ! 葉栗しゃんがそんなこと、」
「待て、二人とも!」
抗議しようと声を上げた詩帆と尾藤を、菅ヶ田が手で制す。
「とりあえず、葉栗の話を聞こう」
これ以上ないほど悲しみに沈んだ声で、それでも、俺の意志を尊重しようとしてくれている菅ヶ田。
瑛子を失うぐらいなら、俺が代わりに全ての罪を引き受ける。
それが俺のした覚悟だった。わかった上で菅ヶ田は俺をサポートする道を選んでくれた。今にもこぼれ落ちそうな涙をこらえ、歯を食いしばって。
ありがとな。最後まで味方でいてくれて。
そして名探偵は自慢の頭をフル回転し、自分自身を追い詰める前代未聞のショーを開始する。
「まず浅熊の事件だが、当然俺の単独犯だ。『大事な話がある』と浅熊を旧校舎の裏に呼び出して、後ろから大根でズッコンバッコンだ。俺と浅熊は元々仲が良かったからな。なんの疑いもなく呼び出しに応じてくれたし、状況的に一番怪しい俺のことを無実だと信じて疑いもしなかったよ。ったく、おめでたい女だぜ。
で。浅熊を殴り倒した後俺は一度その場を離れ、瑛子の悲鳴を聞いて初めて駆けつけたフリをしたってわけだ。犯人は現場に戻る。どうだ、筋は通ってるだろ?」
悪役ってこんな感じでいいのかな?
おそるおそる、俺は自分の頭で考えたセリフを並べ立てる。いざ自分が物語を紡ぐ側になると、これ結構難しいな。今まで散々バカにして悪かったよ、作者。
「続いて菅ヶ田の事件。文化祭一日目の夜、つまり昨夜だが、俺は再び『大事な話がある』と菅ヶ田を咲丘南公園に呼び出した……菅ヶ田。俺からのLINEが残ってるだろ? 皆に見せてやれ」
突然の俺の指示に、菅ヶ田は驚いたようにケータイを見やる。
「……あぁ。残ってるよ。ほら」
菅ヶ田が皆にケータイ画面を向ける。そこには確かに俺からの呼び出しLINEが残っていた。
否、俺が今口にしたことで、過去が改変されて事実となったのだ。要するに言ったもん勝ち。これで形勢は瑛子から俺に大きく傾いた。
「俺は菅ヶ田を殴り倒した。殺すつもりでな。だけど生きていた以上、目が覚めた菅ヶ田は俺に呼び出されたことを証言するだろうから、どのみち俺の犯行だとバレてしまう。だったらいっそ、自分から白状して盛大な花道にしてやろうって魂胆さ。ドゥーユーアンダースタン?」
見切り発車のガバガバ設定の余白に、俺が犯人だというガバガバな証拠を後付けしてゆく。元がこれだけガバガバだと、ガバガバの嘘を挿し込むガバガバな隙間を見つけるのも容易い。ガバババッ!(笑い声)
「そ、そんなのおかしいです!」
瑛子が反論の声を上げる。この期に及んで彼女はまだ自分が犯人だと主張したいようだ。
ふむ。ではどちらが先に真っ黒に塗り潰れるか。一つ勝負といこうか。
「菅ヶ田さんが殴られた昨晩、私は現場の咲丘南公園に行きました! 目撃証言もあるし、コンビニの防犯カメラにも映っています! 何より、私のローファーに咲丘南公園特有のなんかニュルンッてした泥が付いていました!」
「何言ってるんだ。それは俺が公園に呼び出したからだろ。例のごとく『大事な話がある』ってな。忘れたのか?」
「そんなの覚えが……っ!」
「証拠なら、自分のケータイの中に残ってるだろ?」
確認するまでもない。今の発言で、瑛子は俺が呼び出したという事実が挟み込まれた。先手を打たれて唇を噛む瑛子を横目に、俺は続ける。
「君を公園に呼び出したのは二三時。ちょうど雨が降り始めた時刻だ。君はしばらく待っていたようだったから、俺は『都合が悪くて行けなくなった』と電話で伝えて帰宅させた。その約一時間後の午前〇時頃、すれ違いで菅ヶ田を公園に呼び出し、犯行に及んだ。
一度君を公園に来させたのはもちろん、最初から罪をなすりつけるつもりだったからさ。凶器としてわざわざ大根を選んだのもな」
我ながら破綻した理論だが、元々ほとんど物語として破綻していたのが幸いして、なんかいかにも辻褄が合ってるっぽい。はず。
「で、でも!」しかし、瑛子はなおも俺を庇おうと抗ってくる。しつこいやつだ。
「浅熊さんと菅ヶ田さんの傷の位置から、犯人は身長一六〇センチ台後半ぐらいのの左利きと推測されたはず! あなたは右利きなんだから矛盾しているじゃないですか!」
「名探偵の俺がみすみすそんなわかりやすい証拠を残すとでも? あえて左手で殴ったのさ。言うまでもなく、君に罪をなすりつけるために。ま、利き手と逆だったから力が入らず、二人とも殺しきれなかったのは誤算だったが」
「あなたの靴には咲丘南公園のニュルンッてした泥は付いていませんでしたっ!」
「だから、この俺がそんなバレバレな証拠を残すわけないだろう? 家に帰ってから石鹸でキレイキレイしたんだよ」
「凶器の調達は!? あなたの家は大根農家じゃないでしょう!?」
「いや、冷静に考えて大根なんて誰でも買えるだろう。むしろ実家が大根農家のやつが大根を凶器にする方がおかしいよ。疑ってくれって言ってるようなものじゃん。バッカじゃないの?」
確かに、といった変な空気が場に流れる。ダメを押すように、さらなる後付けで瑛子の身の潔白を強調することも忘れない。
「だいたい君はご両親をとても大切に思っているそうじゃないか。君と仲の良い友人に聞けば、いくらでも普段の言動の証言が取れるはずだ。そんな人間が、ご両親が丹精込めて作った大根を凶器に使えるはずがない。ぬかったな、バカめ」
「くっ……なんて卑怯な!」
「罪の奪い合い」というバチクソ意味不明な勝負の最中、俺は小さく勝ち誇った。瑛子は焦りの表情を一つ浮かべ、最後の切り札とばかりに声を張り上げた。
「ど、動機は! 私と違って、あなたが浅熊さんと菅ヶ田さんを殺そうとする動機がありません!」
「動機? ……そんなの単純さ。俺よりも目立っているやつが、許せなかったから」
「は?」
「学園のアイドルである浅熊は言わずもがな。菅ヶ田も、バンドライブのときに女子生徒からずいぶん歓声を浴びていたからな。目障りだったんだよ」
「あなたねぇ……そんな軽薄な理由で人を殺そうとするやつがありますかっ!!」
たぶん「そんなやつおるわけないやろ!」的なことを言いたかったんだろうけど、今の状況ではなんか俺が人並外れた外道みたいな文脈になっている。
……そうだ、それでいい。
俺一人が全ての罪を被って退場すれば、君はこれからも皆と一緒にいられるのだから。
「葉栗しゃん……見損ないましたぁ! あなたがそんな、そんな(勝手に罪を背負い込んで犠牲になるような馬鹿な)人だったなんてぇ!」
「最っ低! ずっと千博のこと(友だちとして)大好きだったのに! (カッコつけて自分一人だけいなくなるなんて)絶対許さないんだからー!」
尾藤と詩帆がテレパシー混じりに俺を罵倒する。
そんな顔すんなよ。お前たちとハーレムごっこやれて、案外楽しかったぜ。
てか、二人とも最初とキャラ変わりすぎ。もしかして今ならスイカと渋柿の味見ぐらい……あっはいすみません。調子乗りました。
「(もううまい棒でチャンバラできないのが)残念だよ葉栗。(これからもずっとうまい棒でチャンバラしてたかったのに)この裏切り者が(はぁ……俺のうまい棒)」
月代よ。お前とはここで別れられてせいせいするよ。わりとマジで。
だってこのままじゃそろそろ俺も、お前のうまい棒に興味が出てきちまうところだったからな。めんたいなっとう味にならなくて良かったよ。うん、ガチめに。
「アンタにはガッカリだよ。また消せない思い出ができちまったじゃねぇか。最低最悪の思い出がよ(……ごめんな葉栗。ハッピーエンドに導けなくて)」
バカ言え菅ヶ田。俺にとってはこれが最高のハッピーエンドだよ。
ただ、お前の理としての役割を全うさせてやれなかったのなら、それだけはちょっと心残りかな。
……あと実はお前のこと結構生々しくエロい目で見てましたごめんなさい(小声早口)
「ち、違いますっ!! 皆さん騙されちゃダメ!! 犯人は私ですっ! 葉栗さんは本当に何も関係ありません! だから……っ!!」
「ハハッ。そういや瑛子、俺のことが好きだとかぬかしてたな。そりゃ必死に庇おうとするよな。けど、お前みたいなモブが俺より目立とうと出しゃばるな。目障りなんだよ(瑛子。君を守れて良かった。それだけで俺は……)」
「……っ!(ズルいよ葉栗くん。なんでこんな……)」
君のことが好きだからだよ、瑛子。
心の中で伝えると瑛子は顔を真っ赤にし、驚いたように目を見開いた。切れ長な目尻の淵がウルウルと潤み出し、おずおずとこちらを見上げてくる表情はまるで小動物のように可愛らしく、弱々しくて。
それでいて、諦めなんてどこかに忘れてきてしまったかのような、生き物として当たり前の煌めきが蘇っていて。
あぁ、もう十分だ。他には何も要らない。最後に、君のそんな顔を見られたんだから。
たとえ読者に伝わらなくても、君の可愛さは俺だけが知っていればいい。
一通り別れのやり取りを交わし終えると突然、身体に見えない糸が絡まっていくような感覚があり、再び自由がなくなった。どうやら物語の主導権が作者の元に戻ったらしい。
遠くから、パトカーのサイレンの音が微かに聞こえ始めた。じきに警察に身柄を拘束され、俺は追放されることになるだろう。この世界に似つかわしくない存在として、ミステリーの残り香を道連れに。
「ありがとよ。いろいろ誤算もあったが結果的に俺は、『血に塗れた名探偵』として多くの人の記憶に刻まれるだろう。物語の引き立て役として、お前たちは実に有用だったよ」
主人公黒幕エンド。ハーレムラブコメの王道から大きく外れた、ともすれば奇をてらっただけの、実につまらない結末。紆余曲折あったが、とどのつまり多くの読者の期待を裏切り、目も当てられないグダグダを晒し、駄作と呼んで差し支えない出来となってしまった。
だけどどこかで、この最後に胸を張りたい自分がいる。普通の小説、ことミステリー小説の主人公としては完全に落第だ。
でも俺はラブコメ小説の主人公。
女の子一人を守って終われるなら、名誉の負傷だろう?
「葉栗、さん」
「あばよ、モブキャラA子……元気でな」
ドタバタと警察が乗り込んでくる。手錠をはめられた俺は、皆に見送られながら病室を後にする。
何か叫んでいるようだが、作者の解像度が曖昧なのか何を言っているのかよくわからない。ただ、顔は見ないで行くよ。きっと後ろ髪を引かれてしまうから。
……あぁ、そうだ。最後に一つだけわがままを言っていいのなら。読者たちよ。誰か一人でもいい。どうか心の片隅に、俺たちの物語を留めておいてほしい。
この小説に関わったどこかの誰かが何かを感じ、考え、変わってゆく。
そんな奇跡がもし起こったのならば。その事実だけはきっと、虚構じゃない。そして、誰に何と言われようとこの物語は最高のハッピーエンドだったのだと、俺は胸を張ることができると思うから。
(〜Fin〜、つってな…………おーい、皆? あぁ。もう誰にも届かねぇや)
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【なんだこれ。最後まで読んでこの仕打ち? 時間の無駄だったわ】
【はい、解散〜】
【ごめんなさい、駄作だと思います】
【主人公黒幕とかラブコメ小説じゃないんよもう】
【なかなか悪くなかったぜ、童貞作者。次回作も楽しみにしてるよ】
【最後めちゃくちゃだったな。途中まで良かっただけに残念】
【読者を馬鹿にしてるだろこれ】




