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最終章①〜閉じてゆく世界〜


「葉栗! 菅ヶ田さんから話は聞けたか?」

 再び時間が動き出すと、俺はすぐさま学校に戻された。

 下駄箱に着いて早々、月代に尋ねられる。どうやら一息すら吐かせてもらえないらしい。

「いや、今はまだ気を失って寝ている。ったく、呑気な眠り姫だぜ」

 本当は寝たフリなんだけどね。

 しかし対外的には殴られて意識不明となっているはずの菅ヶ田の件を、月代は「そうか」と淡白に片付け、すぐ本題(・・)に入る。

「お前が病院に行っている間、独自に調査していたんだが、」

 実のところ本当の彼は、作者の意志を経由して菅ヶ田の無事を知っているはずだ。だけど読者目線そんなことはわからない。月代の態度は、「友人が倒れたというのに見舞いはおろか、心配の一言もないやつ」と映るだろう。


 一体全体、これのどこが俺たちの知っている月代進之介だ? どこからどう見てもキャラが生きていない、ただの名探偵の助手じゃないか。

事件解決を急ぐあまり、作者はキャラクターの本質を見失っている。助手は作者に操られるがまま、都合よく事件の手がかりを落とし始めた。


「菅ヶ田さんが倒れていたという『咲丘南公園』に足を運んでみたんだ。もしかしたら、凶器の大根以外にも何か犯人の痕跡があるんじゃないかと思ってな」

「どうだったんだ?」

「ダメだったよ。昨夜は二三時から二時頃にかけて激しいにわか雨が降っただろ? 今はもう乾いていたけど、足跡などは雨のせいで綺麗さっぱり消えてしまっていたよ」

「……なるほど」

「何かわかったのか?」

「あぁ。雨のせいで足跡が消えているってことは、犯行は雨が上がる二時よりも前に終わっていたということだ。またもし犯行が雨の中で行なわれたのならば、犯人の靴には公園の泥が付着している可能性が高い」

「朝登校した時に濡れた路面はまだ乾いてなかったから、泥が付く可能性は全ての人にあるんじゃないのか?」

「いや、咲丘南公園の泥は少し特殊なんだ」

「特殊?」

「咲丘南公園は、光る泥団子を作る際に表面に振りかけるのに適した細かい粒子の砂が集まってできている。あのタイプの砂は土台に適した目の粗い土と違い、水に濡れるとなんかニュルンッてなって固まりにくい」

「ほう」

「そして光る泥団子マスターであるこの俺なら、靴に付いた泥が咲丘南公園で付いた泥かどうかを見分けることが可能だ」

「す、すげぇ! さすが葉栗!」

「さらにあらかじめ今日登校した全生徒の靴を観察していたが、咲丘南公園の泥が付着しているのは轟瑛子ただ一人だった」

「なんだってー!?」


 なんだってー……いやいやいや、バッカじゃなかろうか作者。

【雨降ってたとか後出しやめろ】

【泥団子マスターなんて設定あったっけ?w】

【あったとてやろ。全校生徒の靴を観察していたとか、特定の公園の泥かどうか見分けられるとか、もうむちゃくちゃや】

 ほら案の定、読者もそう言っている。しかし俺や読者がどう思おうと、作者の中では立派な証拠なのだからどうしようもない。ここは現実世界ではなく、作者の創る世界なのだ。

「咲丘南公園の近くにはコンビニがあったな。もし犯人が傘を持って家を出なかった場合、急な雨に降られて傘を購入した可能性がある」

「わかった! すぐに販売履歴と監視カメラを調べてくるぜ!」

 どうせ、あつらえられたように瑛子が傘を買う姿が映っているのだろう? 酷い後付けだ。だいたい普通、一般人が販売履歴や監視カメラなど見せてもらえないだろうに。


 玄関を出ていく刹那、不意に月代の足が止まった。身体がケータイのバイブ機能のようにプルプルと震えている。彼をコンビニへと向かわせる見えない力に全力で抵抗しているのだ。

こんな形で瑛子に罪を被せて終わりにしたくないという思いは、きっと彼も同じだから。

【もう瑛子が犯人でいいからこのくだらんパートさっさと終わらせてー】

 非情な読者の声。ギギギと壊れたロボットのようにこちらを振り向いた月代の顔は、苦悶に歪んでいた。


 頼むぞ。

 月代の口が微かにそう動いた。俺がしっかりと頷いてみせると、月代の身体は安心したように外へと引きずられていった。


 その後も俺は一人で、まだ学校に残っている生徒たちに聞き込み調査を行なわされた。

 すると出るわ出るわ。

「昨夜ですか? 両親に伝えたうえで、ふらっと散歩を……あっ、そうそう! そのとき、たまたま轟さんを見かけたんですよ! なんだか酷く思い詰めたような表情で、咲丘南公園のほうに歩いていきました」

「菅ヶ田さんと揉めていた人ねぇ……チクるみたいで気が引けるんだけど、実は瑛子ちゃんがね、前から菅ヶ田さんにギャル役を代わるよう何度も交渉してたんだぁ。『私のほうが葉栗さんのヒロイン役に相応しい』って」

「七星様の代役が尾藤さんに決まった後も、裏でずっと文句言ってたよねぇ。陰湿過ぎて正直ちょっと引いちゃった」

「変わったこと? そうですね……強いて言えば、今日の轟さんは何度も欠伸をしていて眠そうでしたね。真面目な彼女にしては珍しいと思い、印象に残ってました。昨夜は夜更かしでもしていたんですかね?」

【こんなんもう犯人確定やんけ】

【瑛子腹黒過ぎ】

【さっさと瑛子を警察に突き出してラブコメの続きを始めろください】

【ごめん。俺瑛子嫌いだわ】

 世界が寄ってたかって瑛子を追い詰めてゆく。周りは皆敵だらけの中、一人ぼっちの彼女は今どんな気持ちで息を潜めているのだろう。考えるだけで怒りが沸々と煮えたぎる。


 ふざけんじゃねぇ! 一体瑛子が何をしたっていうんだ!

 瑛子は……俺たちは作者の駒じゃねぇ! ちゃんと自分自身の心を持った、一個の生き物なんだよ! それなのに、自分の尻拭いに使うため都合良く悪者にしやがって……こんな理不尽あっていいのかよ!


「なるほど、ありがとう……信じたくはないが、やはり瑛子が怪しいか。捜査線を絞る必要がありそうだな」

 自分の口からも白々しいセリフが飛び出し、とうとう吐き気を催してきた。なんという醜悪なストーリー!

 いつかのように気合いと根性でセリフを捻じ曲げてやろうと試みたものの、どうしても抗いきれない。心の中でどれだけ威勢良く吠えたところで、作者の大いなる意志の前では一キャラクターのそれなんてちっぽけだ! 畜生、畜生っ!

「葉栗! 公園近くのコンビニの防犯カメラに、轟が傘を買う姿が映っていたぞ!」

 そうこうしているうちに月代が戻ってきた。口では瑛子の犯行を裏付けるようなことを言いつつ、目では「(轟を救う手立ては見つかったか!)」と訴えかけてくる。器用なやつだ。ならば俺もまた口では別のことを言いながら、目で答える。


「そうか。時に、瑛子の利き手ってどっちかわかるか?」

「(すまん。今のところ、まだ何も……)」


「左利きだったと思うけど、それがどうかしたのか?」

「(早く見つけろよ! 主人公だろ!)」


「浅熊も菅ヶ田も、殴られたのは左側頭部だった。真後ろから振り返る間もなく殴られたと仮定した場合、頭の左側に傷があるということは犯人は左利きである可能性が高い。また、傷の位置から見て犯人の身長は一六五〜一七〇センチ程度と推定される。まぁ、たった二つの傷では証拠としてはかなり薄いが」

「(そんなこと言われてもさぁ、いろいろあるんだよこっちも。そりゃ俺だって瑛子を救いたいよ? 瑛子の左隣に立つ権利を誰にも譲りたくないって思ってるし、だけど瑛子は背が高いから俺みたいなちんちくりんじゃ隣に立った時見栄えしないかなぁとか……考えたところで今さら背が伸びるわけでもないのにさ)」


「マジか。確か、轟の身長は一六〇後半ぐらいはあったよな」

「(は!? 待って待って、お前轟のこと好きなん? マジで? いつから? てか早く言えし! デュクシ、デュクシ!)」


「体格も一致しているか。となればあと一つ、これという決定的な証拠さえ見つかれば……」

「(ちょ、おまっ、デュクシすんのやめろし!www 

 いつからかって言われたらまぁその、この小説の冒頭の浅熊が撲殺されかけたシーンあったじゃん? そのときに俺が駆けつけたら第一発見者として瑛子が居合わせたんだけどさ、そのときからまぁなんか良いなぁとは思ってたんだけど、でも別に見た目だけで惹かれたわけじゃなくてちゃんとその後内面も知ったうえで……

 て、てか! 誰もまだ誰も好きとは言ってねぇじゃん! ……エロい目では見てるけどwww)


「決定的な証拠、か……」

「(うはっ、最低www でもそうか、それじゃあなおさら絶対に助けないとな…………で、ぶっちゃけどこまで進んだん? シた?w)」


「あぁ。決定的な証拠だ」

「(やめいw てかさ、そういうお前こそどうなん詩帆のこと? …………渋柿食べた?)」


「決定的な証拠なぁ」

「(ちょっwww 爆笑www そりゃねぇ、正直食べたいけども)」


「……」

「(食べたいんかいw え、じゃあ満更でもない感じなんやっぱり)」


「……」

「(だってあんな可愛い子に言い寄られたらさぁ、ね?(笑) お前知らんだろうけど教室で二人きりのときの詩帆ちゃんエグいで? どこがツンデレやねん! デレデレの間違いやろ! うまい棒がかたい棒になるわ!)」


「(wwwwww)」


「(あっ、そういえばさぁ聞いてくれよ! この前おっぱ)」



「お取り込み中ごめんなさい。葉栗くんちょっといい? 轟さんの情報なんだけど、お耳に入れといた方がいいかなって」

 楽しい脳内男子トークの途中、確かクラスメイトの一人のモブが突然割り込んできた。なんだよ。ここからがいいところだったのに。

 しかし次の彼女のひと言が束の間の現実逃避をブチ壊し、俺を一気に現実へと引き戻す。


「実はね……轟さんのご実家って、大根農家らしいの……」


 それがなんだよ、と言いたい気持ちと裏腹に、口は勝手に作者の意向を代弁する。

「……残念だが決まりだな。これが事実なら、もはや言い逃れできない決定的な証拠になるだろう。凶器の調達経路が割れたのだからな」

 は? これでミステリーが成立すると本気で思っちゃっているのなら、作者にミステリーを書く才能がない決定的な証拠になるだろうな、残念だが。アホちゃうかマジで。

 しかしこんなヘッタクソな展開でも、お優しい読者様方は作者の意図をなんとか汲み取って物語の体あるものとして受け取ろうとしてくれる。

 それが一人の罪無き少女を追い詰めているとも知らずに。



【瑛子は最初から葉栗が好きで、葉栗に近しい女の子から順番に排除していたってのが真相だな】


【なるほど、詩帆ちゃんは途中から月代の女になったから消されずに済んだのか】


【葉栗と浅熊が付き合っていると勘違いして浅熊を殴打→詩帆に目を付けるが月代ルートに行ったから放置→菅ヶ田が葉栗と劇でイチャつこうとしてたから成り代わるために殴打、ってことやね】


【葉栗くんの名推理! さすが名探偵!】


【てことは次に危ないの、劇で葉栗と仲の深まった尾藤さんじゃね?】


【逃げて尾藤さん!】


【さっさと瑛子をとっちめて尾藤さんを守るんだ葉栗!】


【瑛子みたいな性悪女はこの作品に要らない】


【じゃあ瑛子は自分で浅熊さん殴っといて、第一発見者のフリしてたってこと? 怖っ】


【犯人は現場に戻るって言うしな。最初から伏線は張られていたのか……】


【そもそも犯人候補の三人(尾藤、菅ヶ田、詩帆)はアリバイがあったしな。この三人をメインヒロインにするつもりだったなら、元々瑛子が犯人と決めてたんだろ】


【途中から急にゴリ押しされ始めてウザかったんだよな〜瑛子。さっさと消えてくれ】


【明らかに瑛子だけ嫌われるような描かれ方だったもんな。現に俺も嫌いだし】


【やっぱ初期メンだけでいいわ】


【追加キャラのくせに一番魅力的じゃないとか勝ち目なかったね】


【俺の菅ヶ田さんを殴った時点で万死に値する】


【そもそも瑛子推しの読者とかいるの? 見たことない気がするけど】


【俺は瑛子嫌いじゃなかったけど、さすがにもう擁護不能】


【親が丹精込めて作った大根で人を殺そうとするとか……人間のクズやん】


【後付け感もあるけど、さっさと瑛子追放してラブコメ再開してくれればそれでいいや】


【せっかく馴染み始めたところだったのに……皆ショックだろうな。瑛子の行為はマジで許せない】


【自分は瑛子も含めて皆の空気が好きだったから、なおさら裏切られた感がすごい】


【アニメ化で映えるのは瑛子より浅熊さんのビジュだろうから、ここらでヒロイン交代して青春バンド路線に舵切ろう。まだ間に合うからさ】


【ここまでしたのにフラれててわろた。お前なんて端から眼中に無ぇんだよ】


【この作品にシリアスは要らない。あと瑛子も】


【さっさと瑛子とともにミステリーパート葬って、あとはずっと平和な日常だけやっててくれ】



 読者に罪はない。わかっていても、全ての言葉が無責任なもののように感じられ、俺の心は切り裂かれる。どこかで同じようにこの言葉の刃に晒されている彼女を思えば、なおのこと。

 俺は本当に無力だ。無力で、ちっぽけで、欠片もハードボイルドじゃない!

 クソ、クソッ!! 動けよ身体! 反論しろよ口!! 好きな女一人守れないで、何がラブコメ主人公だよ!

 そして、ふざけんな童貞野郎!! こんなクソみてぇな結末、俺は断じて認めない! 絶対に嫌だ! 認めてたまるかよ! たとえ何を犠牲にしても! 俺が、君を守ってみせる……瑛子っ!! 


【おい、童貞作者。最後にもう一度よく考えろ。

 これが本当にお前の書きたい物語なのか?】



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