第七章〜事件再び〜
まさか浅熊みつのお見舞い以外の用事でここを訪れることになるとは。咲丘総合病院。その一室に、菅ヶ田は力なく横たえられていた。話によると、自宅近くの公園で頭から血を流して倒れている姿が早朝発見され、病院に搬送されたらしい。
元々白い肌が血の気を失ったことで、さらに白くなっている。不謹慎だが、俺は思う。
きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだ(死んでねぇわ! 『タッチ』の名シーン引用すな!)生きてた。俺は止まった時の中、脳内で菅ヶ田に話しかける。
(ツッコむ余裕があるなら大丈夫そうだな)
(まぁ、ちょっとだけ血が出たけどただの打撲だからね。しばらく気は失ってたみたいだけど)
(なんでただの打撲なのに尾藤はあんな取り乱してたの? なんで今も俺の隣で迫真の大号泣してんの?)
(この子はアレだから、ほら、設定上はドジっ子キャラだから。描写のせいでしょ)
(じゃあ詩帆は? なんでこいつまで泣いてんの?)
(さっき歯磨きしてたみたいなんだけど、トイレから「オエェェェッ」て嗚咽がずっと聞こえてきたからそのせいかも)
(オッサンかよ! まぁ、詩帆らしいけどさ)
(はは、そうだね)
(……)
(……)
時間が停止しているのだから、俺たちが二人ともしゃべらなかったら残るのは気まずい沈黙だけだ。
(あのさ、)俺は意を決して口を開く。こんなときにレディーファーストじゃ、格好がつかない。
(大根だったんだって? 凶器)
(わからないよ。いきなり後ろから殴られたんだもん。設定ではそういうことになってるみたいだけど)
(……誰に呼び出されたんだ? 顔は、見たのか?)
もうほとんど確信を持ちながら、尋ねる。語尾が情けなく裏返った。
(それもわからない。アタシが殴られた段階では作者自身、まだ完全に踏ん切りが付いてなかったんだと思う)
(そうか)
(安心してんじゃないよ。たぶんもう、踏ん切りは付いてる。目が覚めたらきっとあの子に殴られたって事実が差し込まれて、そう証言させられるよ)
(……だろうな)
踏ん切りとはつまり、犯罪をでっち上げる覚悟のこと。
浅熊みつ殺害未遂事件の解決を求める多くの読者の声は、作者の耳にも届いていたはずだ。だから彼は読者の期待に応えようと動き出した。
今回の事件は再び浅熊の事件に焦点を当てるためのキッカケにすぎない。
大根で頭を殴打という手口から同一犯の仕業という図式に。さらに今回の菅ヶ田の事件と浅熊の事件の間に共通項を多く持たせることで、浅熊のときに足りなかった手がかりや証拠を補強。スピーディーに犯人特定、事件解決まで持っていき、ミステリー時代の負の遺産を犯人ごと作品から完全排除する……
最小限の犠牲でそれを成し遂げようと、彼なりにない頭を振り絞って考えたのだろう。結果彼は当初のメインヒロインたちの誰かを犯人にするのではなく、連載開始当時何者でもなかった善良なモブキャラAに名を与え、サブヒロインとし、そのうえで全ての罪を被せて退場させることにした。
(でもその前にアンタがあの子――轟を追い詰めることになるんだろうね)
(…………だろうな)
轟瑛子。
それが作者の描く最良のハッピーエンドの犠牲となる、憐れなキャラクターの名だ。
きっと瑛子はずっと前からこうなることを予期していたのだろう。その上で最初の犯人候補だった詩帆、尾藤、菅ヶ田を守るため、自分が濡れ衣を着る覚悟をした。彼女が常にまとっていた諦めは、作者に操られる人形として生きるうちに育まれただけではなく、その間違った自己犠牲精神によるところも大きかったのだろうと、今ならわかる。
(アンタこの後すぐに学校に戻って、月代と証拠集めやらされるんだろうね)
何が証拠! それも、全部後付けのでっち上げじゃないか!
例えば、先の「実は轟瑛子は葉栗千博のことが好きだった」という設定も。それを明言することで、浅熊や菅ヶ田を殺害しようとした動機付けにしただけだ。
俺と付き合っていると勘違いされるほど親密な浅熊。劇で濡場を演じる予定だった菅ヶ田。二人の間に「葉栗千博と関係が深い」という共通項を持たせたつもりのようだが、その浅熊と俺が親密だったという設定すら元々、瑛子を犯人に仕立てるためだけの無理のある後付けだというのに。
見切り発車のガバガバ設定がここにきて、作者にとって有利に働いている。余白だらけだからこそ、いくらでも後から書き足す余地がある。そうして瑛子を真っ黒に塗り潰してしまおうというのが作者の覚悟。
黒になれと、作者が瑛子に言っているのだ。
(どうすんの。アンタ、たぶん瑛子のこと……)
(気付いてたのか)
(意外と空気は読めんだよ。ギャルだから)
(……助けてくれよ。そのために理に片足突っ込んでんだろ?)
(そうしたいけど、方法が一つも思いつかないんだ。ポンコツだから)
(使えないお助けキャラだよ)
(ほんとにね)
心底自分に落胆したような菅ヶ田の声に、こちらのほうが申し訳ない気持ちになる。どうやら本当に、何も策はないようだ。
……心の淵で諦めの虫がケラケラと鳴いている。
うるさい、黙ってろ!
俺は耳に蓋をし、折れそうな気持ちに辛うじて喝を入れる。
(ま、起きたらすぐに轟が犯人だと証言させられるなら、意地でも寝たフリしとくよ。それがアタシの精一杯。だからアンタは今のうちに轟を助ける方法を探しな)
(菅ヶ田……)
(ほら、さっさと行きな)
(ありがとう)
んじゃあ行くか……って、あれ?
(いや、菅ヶ田)
(……)
(菅ヶ田? ……菅ヶ田さん?)
(……なに)
(いや、さっさと行けと言われましても。時止められたままじゃ動けないんだけど)
(……)
(菅ヶ田さーん!?)
せっかく主人公っぽく決めたのに。本当は瑛子を失う恐怖でガクブルなところ、なんとか我慢して格好良く「最終章突入!」な雰囲気にしたのに。
(おい菅ヶ田ー! なんか言えや、こら!)
(ねぇ。このまま永遠に二人きりで過ごす、ってのはどう? アタシの能力に時間制限はないし、ずっと時止めとけば轟も無事だよ?)
(……は!? なっ!)
(冗談だよバーカ。さっさと行ってこい)
菅ヶ田は少し鼻息の混じった笑い声を漏らす。こんなときなのになんで楽しそうなんだと抗議しかかった俺に、彼女は勇気を奮い立たせる魔法を唱えた。
(アタシは何があっても、ずっとアンタの味方だから)
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【尾藤さんマジエロくて最高すぐる】
【おい誰だ俺の菅ヶ田を傷付けたのは! ぶっ◯すぞ!】
【個人的には瑛子が怪しいと思います】
【瑛子のキャラ好きになれん】
【詩帆ちゃん抜けさせて瑛子をハーレムに入れる展開必要あった? 誰に需要があるんだあんなやつ】
【尾藤さんうまい棒パクパクでわろた】
【ギャルの恩返しさすがに草】
【瑛子out浅熊さんin詩帆ちゃんbuckでおねしゃす】
【第二の事件、だと……?】
【一体犯人は何ロキ何子なんだ】
【あれ? 文化祭編ではバンドやるんじゃなかったの? 俺が見逃した? ちょっと読み返してくるわ!】
【――間――】
【青春バンド小説が始まると思っていた時期が僕にもありました】
【結局何ジャンルなのこれ】
【よくわからんけど、瑛子の立ち回りはなんか苦手だ。嫌な女って感じ】
【ここまでズルズル読んできたけど私は何を見せられているんだ?】
【俺もわからん】
【皆瑛子ちゃんに厳しくて辛い……僕は応援してるよ瑛子ちゃん】
【ミステリーを読みに来たらハーレムラノベになっていつのまにかまたミステリーに戻っていた件】
【なるほど……それがお前の答えなんだな? 童貞よ】




