第六章⑥〜喜怒哀楽諦〜
菅ヶ田どうしてるかな。
好きな子と一緒に文化祭を回りながら、俺は別の女のことを考えていた。こちらからもテレパシーを送れたらよかったんだけど、残念ながらあれは菅ヶ田からの一方通行の能力。逆に言えば、菅ヶ田からテレパシーを送ってこないということは、今それができない状況下にあるという証拠だ。
とはいえおおよそ見当はついている。
菅ヶ田が今どうなっているのか。その答えは、作者の想定したいくつかのシナリオのうちの一つに。
そしてそのシナリオのさらに先、最後に行き着く結末は……
「ちょっと? ちょっと、葉栗さん!」
「……あぁん?」
「デート中に考え事なんて失礼ですよ? ……今ぐらい私のことだけ考えてくれたって、いいじゃないですか」
君がそれを言うのかいと、俺は憐れみの感情を抱く。
右手にりんご飴、左手に水風船を持ち、頭には射的の景品であるキツネのお面。そんな子供みたいにはしゃいだ姿で、君は今日、ずーっと上の空だ。いくら口先で浮ついたセリフを吐いてみても、心が笑っていないことはわかっている。
諦。
作者の掌の上で、俺たちは偽物のデートをしていた。
言いたいことがたくさんあった。
唐揚げ食べたいとか。お化け屋敷行こうとか。今日はいつもと髪型違うねとか。最近仲良くなれて嬉しいとか。サッカー部の出店も見てみたいとか。瑛子も一緒にバンドやろうよとか。またタメ口で話してほしいとか。そんな甘ったるいもん舐めてねぇで俺のうまい棒食えよとか。
あとは、好きだよとか。
だけど物語の都合上、それは俺が言うことを許されない言葉たちだから。どうしたって伝えられない。喉奥で、矢印ごとバッキリ折られてしまう。
そんな繰り返しのうちに俺もいつしか君と同じ諦めの虫に取り憑かれ始めていた。
俺は本当に知らなかった。君を縛り付けるものの巨大さを。意志の力があれば何でも変えられるなんて、思い上がりもはなはだしかった。俺たちはあくまでキャラクター。作者の想像による創造物。主である作者が白にと望めば白に、黒にと望めば黒に、いとも簡単に染まってしまう。
要するに、今までは作者の気まぐれに生かされていただけだったのだ。彼が強い指向性を持ってシナリオを固めた時、それは俺たちキャラクターにとってはどうしようもないほど強制的で、絶対的で、無慈悲で、神聖不可侵な意志となる。選択の余地などはなから存在しない。
「ねぇ、葉栗さん」
瑛子の表情の上に、俺は改めて喜怒哀楽を探してみる。だけどやっぱりどこにも無くて。一文字「諦」とデカデカ書かれた顔から、抑揚のない言葉が漏れた。
「好きです」
俺も好きです。
頭の中で何度も何度も何度も繰り返す。が、やはり口からは出てこない。
「天才高校生探偵として学園の有名人だったあなたのことは一年生のときから存じてました。当時は『キザでいけ好かない人』ぐらいの認識でしたが、二年生に進級して同じクラスになったら徐々にその印象は変わっていきました。
間近で見るあなたはとても誠実で優しくて、いつも誰かを助けるために無茶ばかりする人でした。あなたは知らなかったでしょうが、実は以前母を助けていただいたこともあるんですよ? そんなふうにしてあなたの新しい一面を知るうち、私の中で初めての感情が育ち始め……」
作者が勝手に創った君の言葉が平然と君の口から語られ、如何にして俺の知らない葉栗千博とやらを好きになるに至ったのかを説明してゆく。まるで「これなら不自然じゃないでしょ?」と言わんばかりに。
そうしてペン先ででっち上げられた後付け設定が事実として定着し、また君の逃げ道を塞いでゆく。
そんな君の「好き」を俺は望んでいない。
だけど作者が「実は轟瑛子は葉栗千博のことが好きだった」という事実を必要としている。この後の展開のために。
「……だから、葉栗さん。よければ私とお付き合いしていただけませんか?」
瑛子がその言葉を口にした瞬間、いくつかに枝分かれしていた未来が一つに確定した。作者の描いたこの先のシナリオが濁流のように頭の中になだれ込み、元々そこにあった希望とか、理想とか、そういった綺麗なものをことごとく犯してゆく。
同時に、告白への返事が喉奥から出口を求めて迫り上がってきた。俺は必死で口を塞ぎ、堰き止めようとする。
だけどちっぽけな一キャラの意志は、神のそれにあっという間に押し流された。
「悪ぃ。瑛子の気持ちには応えられねぇ」
……嗚呼。
二人の間にベチャッと吐き出されたのは、俺が一番言いたくなかった言葉。
返事を受け止めた瑛子は「そうですか」と呟いて去っていった。ノルマ達成、みたいな無機質さがかえって彼女の絶望を物語っているような気がして、もどかしい。
しかも今の失恋は終わりじゃない。むしろ始まりだ。瑛子にとってはこの上なく理不尽で残酷だけど、他の多くの人にとっては納得できる、最良の結末の。
しんとした雑踏の中ケータイが着信を告げる。
通話ボタンを押すと、尾藤の悲痛な声が耳に飛び込んできた。
「すっ、菅ヶ田しゃんが病院に運ばれたんですぅ! はい、はい、場所は咲丘総合病院のぉ……」




