第六章③〜絶望への喜劇(コメディア)〜
翌日から早くも昔話『ギャルの恩返し』の演劇練習が始まった。さぁさぁ、シリアスモードなんて吹き飛ばし、ラブコメらしく青春に切り替えていくぞ!
というわけで改めて、
俺→おじいさん役
菅ヶ田→ギャル役
尾藤→木その7役
瑛子→ティッシュ役、さらに兼任で舞台美術、脚本、衣装、演出、総合監督、社長、総理大臣、その他諸々偉い人、あとエロい人、USM
えーと……ツッコミどころが多いが一つだけ。
瑛子のやつ、こんなに張り切って倒れてしまわないだろうか? 身体がとても心配だ。
「そうねぇ、やっぱりおじいさんが自分のうまい棒の味に興味を持って前屈しながら食べてみようとするシーンは必須よね。私はそのときティッシュ役として近くで……ムフフ。あ、木の衣装出来ましたよ尾藤さん。え、桜じゃなくてイチョウの木がいい? わかりました、すぐに直しますね。わわっ、もうこんな時間!? 皆さん、ウルトラソウルの時間ですよ! せーのっ、そしてーかーがやーく……って、なんですかもう。え? 私が権力を利用し、葉栗さんのうまい棒のイニシアチブを握ってガバナンスを強化しようとしているって? ……記憶にございません誠に遺憾です最も強い言葉で非難を……あっ! 尾藤さん尾藤さん! 木の衣装が完成しまし……えっ、やっぱりイチョウじゃなくて杉の木がいい? 了解です、すぐに直しますね!」
……なんか本当に、大丈夫だろうか? いろいろ。
俺はツッコミをしないという鋼の意志のもと、瑛子の身や演劇の行く末を一歩引いたところから案じる。ちなみに今は役になりきるために縁側に座り、熱い茶をすすっているところだ。
「おーい! 轟いるか?」
教室の喧騒を破り、救いの手が現れた。後ろドアから顔を覗かせているのは月代。ナイスだ! 瑛子を連れ出して少し休ませてやってくれ。
「そろそろサッカー部で出す屋台のミーティングだぞ。マネージャー兼店長兼ホール兼キッチン兼たこ焼き兼唐揚げ兼わたがし兼UUUC(ウッセェ・ウッセェ・ウッセェワ・クリエイター)が居ないと始まらないからな」
タヒね。瑛子を過労死させる気か貴様は。視線に気付いたのか、ベランダにいるこちらに向けてウインクしてみせる月代。
……ふん。どうやら作戦のほうは忘れていないようだな。
「皆さんごめんなさい、ちょっとサッカー部のほうへ行ってきます」
瑛子が月代に連れられて教室を出てゆく。
頼んだぞ月代。作戦どおり、少しでも多く情報を引き出してくれよ。
「轟がいないんじゃ、さすがに話が進まないよな」
教室がまとまりを失いつつある中、菅ヶ田がその場を取り仕切るように言う。そりゃそうだ。ティッシュ役兼舞台美術兼脚本兼衣装兼演出兼総合監督兼社長兼総理大臣その他諸々偉い人あとエロい人兼USMが抜けたんだから。
後半ほとんど要らない気がするけど。あ、いけねツッコんじゃった。
「んじゃあ今日はもう解散にして、各々自分の部のほうに顔を出す日にしようぜ」
「そういうことならぁ、葉栗しゃんも顔を出してくださいね」
「あぁん? どこにだ」
「もちろん、軽・音・楽・部♡」
顔を出してというか、ツラを貸せではないかという表情で、尾藤。
マジか。作者、バンド描写と戦う決心を固めたのか? もしアレならそんなに無理しないでも「ほらぁ、早く行きましょぉ」痛い痛い痛い! 爪刺さってる! 刺さってるからうまい棒に!
俺は尾藤に股間を鷲掴みにされながら旧校舎(部室棟)へと連行される。他のやつらもたいがいだが、こいつは特に、ガワの性格と中身が全然違う。本来の彼女は菅ヶ田のガワ以上にギャルギャルしい……というより、もうほとんどヤンキーだと思う。
ヤンキーは部室のドアをズガーッ!と開けて、俺をドォーンッ!!と中に蹴り飛ばす。
「葉栗しゃんお連れしましたぁ!」
「へっ、待たせたな」
言いながら床に顔面クラッシュした俺を見て、先に部室に来ていた詩帆がドン引きしている。もしや尾藤のやつ、描写によって制限されない範囲で俺に当たり散らすつもりか?
「お、皆揃ってんな。じゃあ早速合わせ練やるか!」
少し遅れて菅ヶ田も到着。床でひしゃげているかつて俺だった肉塊に目をやり、小さく目を伏せた。
やめろ。今口パクで「南無」って言ったろ。
「は、はい! 早速やりましょおっ!」
菅ヶ田の提案に、待ってましたとばかりに瞳を輝かせる尾藤。
……ま、ずっと出番らしい出番が貰えず、鬱憤が溜まっていたのだろう。今日ぐらいこいつのワガママに付き合ってやっても
――間――
嘘だろ作者……ここに来て――間――でバンド練描写を省くのはダメだって。てかそもそも――間――って何? 普通の小説で――間――なんて見たことないけど。
それと、この――間――の中で俺がどれほど酷い尾藤の八つ当たりを受けたか、お前にわかるか? ボッコボコのベッキベキだよ? もううまい棒砕けて無くなっちゃったよ? 千博ちゃん(♀)だよ? 詩帆悲鳴上げてたよ? 菅ヶ田ずっとお経唱えてたよ?
……なんだよ、菅ヶ田。え? アンタちょっと顔がニヤけてたって?
――間――
……それからタマキン作者の雑な――間――連発により、あっという間に文化祭当日。
この約三週間、俺はサンドバッグとしてすっかり調教され、尾藤様専用のマゾ犬に……ならずに済んだ。ギリギリセーフ。あともう一週間あったら危なかった。良かった、本当に。
そして今、いつメンで登校している最中なのだが。
「今話せるか? 葉栗」
「……あぁ。ようやく最低限の制限下で話せるタイミングが来たみたいだな」
月代自身の言葉に俺も俺自身の言葉で返す。どうやら作者は今、ヒロインズ四人の会話描写に熱中しているみたいだ。
「時間がない。すぐに作戦の成果を教えてくれ」
さて。
全員が幸せになれる最高のハッピーエンド。そのためには、登場人物それぞれの本心からの望みを叶えることが必要だというのは、先の詩帆の件で俺が得た教訓だ。そして詩帆は望みを叶え、お相手の月代も満更でもない様子で、尾藤の本心も知れた。
すると残るは、理の側の菅ヶ田を除くと、瑛子の本心だけだ。だから俺はそれを聞き出すための作戦を立てた。
始業式の日。浅熊みつの入院している病院からの帰り道で、俺は月代に依頼を持ち掛けた。内容はストレートに「英子と二人きりのタイミングで彼女の本心からの望みを聞き出すこと」。
作者のキャラに対する解像度が高まったことで、彼が他の描写に執心している間俺たちキャラが最低限の制限下のもと動けるようになっていることは、合宿最終日の夜に確認済み。そこでまず、俺が前述のタイミングで月代に依頼をしたわけだ。
次に、文化祭の準備期間中。ティッシュ役兼(以下略)の瑛子がサッカー部の用事で抜けるたび、俺と尾藤、菅ヶ田、詩帆のバンド練のみに描写が集中する時間(ほとんど――間――だけど)があった。おそらくそこで月代が最低限の制限下で、瑛子から彼女の本心を聞き出してくれたはずだ。
あとはそれを俺が月代から伝えてもらえれば作戦完了だったのだが、たった今ちょうど良くそのタイミングがやって来た。と、いうわけである。
話を戻そう。
急いて作戦の結果を求める俺に、月代は静かに首を横に振った。
「は? 聞かなかったのか?」
「聞いたさ。けど、教えてくれなかった。どうにも轟の中には悪い諦めの虫が棲んでいるようだ。そいつのせいで、彼女は本心を口にできないらしい」
「回りくどい。はっきり言え」
「要するに、轟は自分の本当の望みはどうせ叶わないと諦めている。だから言えないんだ。たぶん、言葉という明確な形にしてしまって、結局裏切られるのが怖いから」
「裏切られるのが、怖い……」
なぜか思い出したのは、初めて会った事件の日のこと。そして夏合宿最終日の夜。
初めて会った日の瑛子は、浅熊を助けようと必死だった。どうせ何をしたって変わらないと初めから達観していた俺と比べて、彼女は本気で浅熊を助けようとしているように見えた。今ならなんとなくわかる。きっとあれは描写じゃなく、彼女の本心だったのだ。作者の筆に抗えず浅熊が植物状態となってしまった後の、あの悔し涙も。
対して夏合宿の夜。あの日、強く想いさえすれば叶うはずだと俺が提示した希望を、瑛子は否定した。それを「諦めの虫」という一言で片付けるのは容易だが、彼女は俺なんかより先に、強い想いで運命を変えられなかった絶望を知っていたのだ。今になって思えば、俺の理想論は彼女にとっていかにズレていたことか。
俺は女子四人で会話中の瑛子の横顔を盗み見る。
……笑っていた。横並びの他三人の一歩後ろを歩いて、寂しそうに。まるでこの先自分だけがこの輪にいないことを知っているかのように。これ以上仲良くなって傷付かないよう、自分を守るかのように。
そう。俺だって薄々気付いていたはずだ。この先瑛子に待ち受ける運命。最良のハッピーエンドのために作者が用意するであろう、つまらないシナリオの正体が。気付いたうえで今もまだ、何も変えられちゃいないじゃないか。
想い一つで何でも変えられるというなら、まずは自分の手で証明してみろよ。主人公だろうが。
「おい、何してんだ葉栗!」
月代の制止を無視し、俺はズカズカと瑛子に歩み寄る。このまま抱き寄せて、口づけて、手籠めにしてやる。この際作品が滅茶苦茶になってもいい。俺が悪者になって瑛子を守れるのなら、それで。
しかし、伸ばした手は空中で静止した。どれだけ藻掻いても、足掻いても、瑛子の元まであと数センチ。まるで見えない糸に身体を縛り上げられているかのように、ピクリとも動かない。この手は君に届かない。
学校に着いた。いつもどおり階段のところで詩帆と月代に別れを告げ、二年一組の教室に向かう。平穏な日常の終わりは、たぶんもうすぐそこだ。結局わかっているのにどうすることもできないまま、俺たちはわずかに残された青春という袋小路に逃げ込んだ。




