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第六章②〜「転」落の始まり〜


 始業式の日の放課後、俺は月代と落ち合ってとある場所に向かっていた。よく考えたらたぶん初めての二人きり。腐った読者と月代本人の意志によりとんでもねぇヌチョヌチョシーンが待っているのではないかと気が気でなかったが、意外にもなんのおふざけもなく、淡々と目的地に辿り着いた。

 咲丘総合病院。植物状態の浅熊みつが入院しているというこの場所にやってきたのは、なんと彼女が意識を取り戻したという情報が入ったからだ。

 俺はこの展開をどう受け止めればいいかわからなかった。命が助かったことは素直に喜ばしい。しかし、彼女の再登場が意味することは……一度捨てたはずのミステリーの香りが、鼻先を掠める。


 靴越しでも冷たい床の上を歩いて進む。やたら長い廊下は不気味さを加速させた。突き当たり、「浅熊みつ」と名札の付いた部屋をノックする。

「はーい」という間延びした返事を受けて、俺たちは扉を開いた。

「葉栗くん久しぶり。と言っても、ずっと寝てたから私的にはさっき会ったばかりなんだけど。そっちの彼は月代くん、だったよね?」

 キー局の看板アナウンサー並の清楚かつ華やかな顔立ちは、生気を帯びると以前にも増して美しく、大人びて映った。学園のアイドル・浅熊みつ。彼女の顔を見た瞬間に、作者の後付けした設定が頭の中に流れ込んでくる。

 浅熊は俺や他の多くのヒロインズと同じ二年一組。また彼女は俺と出身中学が一緒であり、かなり親しくしている友人だった。らしい。

 そして……

 作者の意志の塊が再び目の前に現れる。もやもやした黒い霧が一瞬だけ晴れ、はっきりとした輪郭のごくごく一部が見えた。それは見るにたえないものだった。あまりにもおぞましくて、歪で、陰惨で、思わず目を逸らしたくなるほどドス黒い表皮。


 まだ決めかねている。けれど、確実にさっきまでよりそちら(・・・)に傾いている。そちらがどちらかもわからないけれど、ただ、作者の中で物語の結末が固まりつつあることは間違いない。本能より深い部分でそう予感した。

 そして同時にそれが、最高のハッピーエンドなんかじゃないということも。

「早速だけど、」

 聞き慣れてきた月代のテノールボイスが俺の思考を遮るが、問いかけ先は俺ではなく浅熊だった。

「君が男を巡ってバンドメンバーの一人と揉めていたという情報が入っているんだが、それは本当かい?」

 単刀直入過ぎる質問に、俺のほうがドギマギしてしまう。

 だって前にも思ったけど、浅熊以外のバンドメンバーは全員(設定上)俺のことが好きなわけだからこの情報が事実なら浅熊も(設定上)俺のことを好きということになるわけで、こんな可愛い子に惚れられてるなんて男なら誰でも満更でもないというか普通にうまい棒の一本や二本カチコチ「バンドメンバーと? 揉めてなんかないけど」違った。揉めてなかった。


 いやでも! 俺が目の前にいるから恥ずかしがって本当のことを言えないという描写かもしれ「あの子たちの好きな人って葉栗くんでしょ? 私、葉栗くんに興味ないもん。毛ほども」やっぱり違った。毛ほども好かれてなかった。

 しかもそれに対して「あいつらが俺のことを? 全然気付かなかったぜベイビー」とか香ばしいセリフを言わされている状況が恥ずかしい。

 一人羞恥に悶える俺を無視し、月代が続ける。

「なら、俺たちはガセ情報を掴まされたってわけか」

「そうなるね。でも実際、勘違いされちゃうことはよくあるんだよねぇ。私と葉栗くんは友だちとしては仲良しだし、よく一緒にいるから」

「あぁ。俺も葉栗の親友だからか、『二人は付き合ってるんじゃないか』って聞かれたことがあるよ。そのときは知らないって答えたけど」

「奇遇だね。私も直接聞かれたことがあるよ。『葉栗さんと付き合ってるの』って。ちゃんと否定したんだけど、全然納得してくれなかったな」

「あぁん? 誰だ、そんな勘違いしたおませさんは」

 俺の質問に対し、二人の返事が重なる。


「轟だよ。お前も知ってるだろ?」

「轟瑛子ちゃん、だっけ? 同じクラスの」


 瞬間、空気にヒビが入ったような気がした。動揺した俺を置いてけぼりに、会話は進んでゆく。

「……奇遇だな。つまり轟は、俺に葉栗と浅熊さんの交際関係について尋ねたが回答を得られず、その後本人にも質問したってことか」

「そう、みたいだね」

「ずいぶんな執着だな。あいつ、もしかして葉栗のことを? そういえばビーチバレーのときも、詩帆ちゃんに対して『幼馴染のあなたが一番のライバルになりそう』とかなんとか」

「轟さんがそんなことを? なんか意外、というか……ちょっと怖いね」

 わざとらしく狼狽したような浅熊の声と、そして合宿最終日の夜「好きな人がいる」と語った時の瑛子の言葉が、警鐘のように交互に鳴り響く。酷く頭が痛い。きっと身体が、今の状況を理解することを拒否しているのだ。

 きっと良くないことが起きているから、だから。

「……まぁいいや。そんなことより、葉栗くんが私の代わりにギタボやってくれるんだってね。よろしくぅ」


 気の抜けるような浅熊の言葉に追い出され、俺たちは病室を後にした。

 帰り道、「轟は要マークだな。信じてやりたいけど」と言う月代に、俺は「相手が誰でも探偵のやることは変わらないさ」などと、思ってもないセリフで返した。

 ……なんだよこの展開は。面白いことの一つも言う隙がないじゃないか。

 こんなの、全然ラブコメじゃない。


/


【瑛子、なんかきな臭いですねぇ】


【浅熊さん復活! いよいよ事件解決に向けて動き出す!】


【次は菅ヶ田さんのターン! ……で、ギャルの恩返しって何??笑】


【瑛子の設定がグチャグチャですごいノイズ】


【ドジっ子爆乳キャラの影が薄いラブコメがあると聞いて】


【詩帆ちゃんはフェードアウト? 好きだったから悲しいなぁ】


【瑛子とかいう誰得キャラ】


【ギャルの恩返し……エロい(確信)】


【僕は瑛子ちゃん好きだよ! 報われないサブヒロインが物語に厚みを与えてくれる、エロい人にはそれがわからんのです】


【うまい棒のチャンバラがもっと見たいですハァハァ】


【浅熊さん、俺だけはずっと君を待っていたよ】


【いよいよ重い腰を上げたか。さて、お手並み拝見させてもらうぞ。童貞作者よ】



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