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第六章①〜青春第二幕〜


 二学期が始まるまでの数日間は以前と違い、クリアな毎日を送っていた。おそらく合宿最終日に感じたように、作者のキャラに対する解像度、ひいては、作中の世界観そのものへの解像度が高まったことが要因だろう。おかげで朝起きてから夜眠るまで、小説的イベントこそなかったが、何をしていたかハッキリ覚えている。

 宿題だ。俺は全く手つかずだった宿題の山を、最後の最後に無理やり全部片付けさせられた。なんの嫌がらせだ。どうせなら意識が曖昧なうちにやらせとけや。


 それから、数日とはいえ一緒に過ごしたおかげで無駄に妖艶な母親にも慣れた。

 妖艶すぎて、最初のうちは実の母親相手にうまい棒が噛み切れないほど硬くなるという耐え難い辱めを受けてしまったが、今では子供から大人まで楽しめるサクッと軽いあの食感を取り戻した。そう、今が食べ頃だ。もちろん他意はない。


 そんなこんなで新学期初日、登校の時間。徹夜(宿題のせい)明けでぐったりしながら家の玄関を開けると、

「おはよう千博! ……って、べ、別にアンタを待ってたわけじゃなくて! たまたまここにしかできない世界に一つだけのイボを見つけて、潰れるのを待ってただけで」

「……あぁ? 人ん家の軒下にできるイボってなんだよ」

 ってな感じで相変わらず、世界に一つだけのイボならぬツンデレと、

「ふーん。やっぱおもしれー女」

 今日はそれを隣で眺める男が一人。詩帆のやつ、今日はいつも以上に猫丸被りでキラキラしてると思えば。

「おはよう詩帆。それと、お前までどうしたんだよ月代」

「邪魔しちまったか」

「そんなんじゃねぇよ」

「詩帆ちゃんから休み明けテストの過去問を貰う約束してたから、受け取りに来ただけだよ」

「過去問?」

「同じクラスのよしみってだけだから! 頭だけの関係だから! 勘違いしないでよねっ!」


 そんな身体だけの関係みたいな言い方……てかこいつら同じクラスだったんだ。作者の、是が非でも詩帆✕月代を推していきたい心意気を感じる。なんかちゃっかり呼び方も「福豆さん」から「詩帆ちゃん」に変わってるし。俺は若干のNTR気分に浸りつつ、三人で登校することにした。すると途中、例のごとく予定調和で尾藤や菅ヶ田とも合流する。

 そして。

「おはようございます、皆さん」

 なんと瑛子まで、偶然という名の必然の下で合流したのだ。胸の鼓動がギュインギュインとギアを上げる。まさか本当に彼女がレギュラーメンバー入りするとは思っていなかった。

 青春第二幕、開幕の予感。俺は否が応にもニヤつく頬を抑えなが【千博と月代くん、二本のうまい棒でチャンバラしてほしい】やめろよ? 作者、絶対に、ぜーったいにやめろよ? フリじゃねぇからなマジで。


 おい作者?


 ……その後何があったかは語るまい。てか語りたくない。

 ただ一つ、朝から何やら暗い様子だった瑛子が束の間のホクホク笑顔を取り戻した、ということだけは言っておく。


 新校舎に着くと、玄関から二年生の教室がある分館へと進む。文系(一〜四組)が一階、理系(五〜九組)が二階だ。

「じゃあ俺たちはこっちだから」

「バイバイ千博! また放課後にー!」

 本館と分館を繋ぐ廊下の突き当たり、階段のところで分かれ、二階へと登っていく月代と詩帆。へぇ、さっき同じクラスって言ってたけど、お前ら理系だったんか。そういえば、今まで明確にクラスの描写というのはなかったかも。

 残りの俺、尾藤、菅ヶ田、瑛子は誰も右の三、四組方向には行かず、揃って左の一、二組方向へと足を進める。

テクテク、ワラワラ。テクテク、ワラワラ。

そしてそのまま、誰一人脱落することなく一番奥の二年一組の教室まで辿り着いた。まさかと思ったが、残りは四人全員同じクラスに詰め込まれたらしい。

「いやー、皆同じクラスなんて奇遇だよなー」白々しく菅ヶ田が言う。否、言わされる。久しぶりに作者のご都合全開だ。


 と、ここで一つの疑問が思い浮かぶ。瑛子のことだ。今までの彼女の登場シーンを振り返ると、どう考えても同じクラスとは思えない、なんならお互いに認知していたかすら怪しいような言動ばかりだった。海のときなんてはっきり「会うのは三度目」と言っていたし。

 まぁ深く設定を考えていなかったのは瑛子に限った話ではないと思うが、特にいわく付きの彼女を、作者はここにきて強引に同じクラスに捩じ込んできた。過去の描写と齟齬を生むことを許容してまで、わざわざそうする必要があったということだ。

 ではその意図はどこに? ただハーレム展開をやりやすくするためか、はたまた……

 なんとなく作者の意識の塊のようなものが、イメージとして脳裏に浮かんでいるが、黒いモヤがかかっていて全貌が窺い知れない。きっとまだ今後の展開に迷いがあるのだ。ただ、今までのような完全な行き当たりばったりではないらしい。

 物語も、起承転結で言うとそろそろ「転」が待っている頃だろう。


 ……時に。ハーレムラブコメは最終的に以下の二パターンに帰結することが多い。

 一。誰か一人の女性を選び、結ばれるパターン。これが一番オーソドックスな結末だ。

 二。誰とも結ばれず今後に含みを持たせるパターン。一つ目よりは少ないが、こちらもまた王道。

 そこで気になるのが、本作はどちらの道を往くのか。あるいは全く別の道を開拓するのか。

 こればかりは作者の意志次第であるが、キャラもまたそれに影響を与えられる立場にある。つまり俺たち自身も、自分の理想とする結末を強くイメージすることが重要だ。


 ちなみに俺の理想はハーレムレース新規参入、現在最後尾の牝馬が最後の直線で先行馬を全員捲ってフィニッシュ! 他のお馬ちゃんたち(尾藤と菅ヶ田)にはちゃんと別で幸せなゴールを用意しつつ、俺自身は瑛子と身も心もディープインパクト(意味深)する菊花賞(意味深)エンド。さぁ来い! 俺はいつでも種馬になるイメージはできて(もしもーし! 葉栗聞こえるー? へへ、こうして話すのも久しぶりだな! 髪切った?)うるさいな。そんなこと聞くために一々時を止めるな。切ってねぇし。


 俺の一喝で菅ヶ田はシュンとして時間停止を解き、いよいよ久しぶりの学園ライフへ。

 朝のホームルーム、そして一限の時間を使った始業式がつつがなく終わると、なんと新学期初日から授業が始まった。

 が、通常のカリキュラムではない。いよいよあのイベントがやってきたのだ。妙にダラダラフニャッとした雰囲気の女性担任が、気怠そうに言う。

「んじゃ、今日は二限から四限までぶっ通しで自習だから。文化祭の出し物決め、よろしくー」

 九月末の文化祭。軽音楽部にとっては数少ない晴れ舞台。そもそも文化祭ライブのために俺はバンドに加入したはずだ。それなのにクラスの出し物のほうに話を広げようとしてるということはやはり作者、ライブの描写から逃げるつもりだな? 絶対逃さねぇぞ? おぉん?

 俺は内心でバンドライブへの強固な意志とイメージを固めつつ、クラスの出し物決めにゆるりと意識を戻す。


 クラス委員と思しき男女が前に出て、多数決を中心にチャッチャと皆の意見を取りまとめている。どうやらうちのクラスは既存の物語で演劇をやることになりそうだ。

「何かやりたい物語がある人は挙手を」

 男子委員の言葉に、一人の女生徒が勢い良く手を挙げる。

「はい! 『ギャルの恩返し』がやりたいです!」

 ……ん? え、鶴の恩返しなら知ってるけど、ギャルの恩返し? 何言ってんの、既存の物語って話だったよね。

「良いと思う! 私もギャルの恩返しやりたい!」

「俺も!」

「うちも!」

 次々と賛同するクラスメイトたち。なんだこれ。なんで当たり前にギャルの恩返しなんてものがまかり通っ「あぁん? いいじゃねぇの、ギャル返し。シャル・ウィ・エンギ?」俺も知ってたらしい。マジか。しかも略してるし。そして口にした瞬間、作者の想定する昔話、ギャルの恩返しとやらのシナリオが頭に流れ込んできた。

 ……なんだよこれ。こんな物語を高校の学園祭の出し物にすると? 万が一PTAに見つかったら休載じゃ済まないぞ? 作者、正気か?


 結局、クラス全員の賛成をもって演目はギャルの恩返しで決定。そのままスムーズに役決めへと移る。まずは主役であるおじいさん役だが、推薦と多数決であっという間に俺が選ばれた。やれやれ、人気者は辛いぜ。マジで。嫌味とかじゃなくて。だってPTAに見つかったとき、怒られるのは俺じゃないか。

 続いてヒロインのギャル役だが、うむ。ここは一つ、堅物な瑛子の意外にスケベな一面を見せて読者のハートを掴

「「「菅ヶ田さんが良いと思いまーす!」」」

 クラスの女生徒のほとんどが一斉に声を上げた。即決。そっか、そういえば菅ヶ田って女生徒からの人気が絶大とかいう初期設定があったな……今思い出したわ……そっか……まぁ菅ヶ田もガワは良いからぶっちゃけ全然勃(以下、自重)


 まぁ感情論は一旦置いておきメタい考察をすると、今度は菅ヶ田メインのイベントのようだ。でも、物語もたぶん結構進んでるし、文字数的に全員分やる尺あるのかな……なんて心配をしつつ、当事者である菅ヶ田とついでになんとなく瑛子、続いて尾藤のほうに目をやった。

その瞬間、背中の毛穴という毛穴がゾワゾワ粟立ち、一斉に冷や汗を噴き出した。尾藤が、菅ヶ田を呪い殺さんばかりの目で睨んでいたのだ。あの目だ。時折俺に、そしてビーチバレーのときは詩帆に向けていた憎悪の目。もしかしたら、これまで一番激しい情動かもしれない。

(お、おい葉栗。ちょっといいか? なんかアタシ、めちゃくちゃ尾藤に睨まれてんだけど)

 恐怖に震える声が脳内に響く。見れば、いつのまにか景色が止まっている。

 どうやら菅ヶ田も異変に気付いたらしい。

(そうだな……凄い形相で……睨んでるな)

(アタシ尾藤になんかした? 全く心当たりがないんだけど)

(さぁ。わからないけど、実は前からたまに……ッフ)

(……は? 今笑った?)

(……笑ってないけど? ンフッ)

(笑ってるじゃん。全然笑うところじゃないんだけど)

(だから笑ってなブフゥッ!)

(ちょっとふざけないでよ! こっちは真剣に)

(だ、だって! 時を止めるタイミングフゥッ! アハハハハハッ!)

 俺は今、尾藤の顔を見た状態で時を止められている。目を逸らせない。

 そんな状況下で尾藤の顔が……凄いことになっていた。

 まず、白目を剥いている。思いきり。さらに、鼻の穴が拡がっている。これでもかと。

 トドメに、眉間が寄りすぎて眉が繋がって見える。V字だ。こんな綺麗なV字眉漫画以外で見たことない。

 批判を恐れずひと言で言えば、とんでもねぇブス顔。その刹那を捉えて、菅ヶ田は時間を止めてしまったのだ。写真とかで稀にある大事故だ。これを笑うなという方が難しい。

(い、一瞬! 一瞬だけ時を進めてすぐまた止めて! ヒィ、ヒィィ……ッ!)

(? なんだかよくわからないけど、そうしたら真面目に話聞いてくれるんだな?)

(ちゃんと話すから! 早くんふぅんッ!)

(――はい。これでいいか?)

(ブッフォォオッッッ!)

(おい! 約束が違うじゃんか!)

(だ、だってへぁっ! も、もう一回! もう一回だけ頼むスゥっ!)

(ったくもう――ほら。今度こそ真面目に、)

(ぐべらぼふぉあぁぅぉぃぇッッッッッ!!)


 ……結論。お怒り中の尾藤はわりといつ止めてもヤベー顔をしている。


 気を取り直して、一六テイク目。

(しかし、理不尽に降って湧いた怒りほど怖いものはないな)

(……あのさ。何急に冷静沈着ぶってんの)

(実は俺も前から尾藤には露骨な敵意を向けられることがあったんだけど、)

(だから、今さら冷静沈着ぶっても遅いからね? もうアンタの信用ガタ落ちだからね?)

 かつてないほど不貞腐れモードの菅ヶ田を無視し、冷静沈着な俺は話を続ける。

(あと夏休みのビーチバレーのとき。あのときは詩帆のことも似たような目で見ていた。気がする)

(ハァ……つまりなんだ、尾藤は何かしらの理由でアタシらに怒っていると)

(そうだな。怒りなのか、あるいは憎しみか。普段あの目が向けられているのは俺だけなんだが)

(つまり、アタシや福豆に敵意が向いている時には、何か共通点があるってことか……)

(あぁ。詩帆が実は月代のことを好きだったように、たぶん尾藤の中にも、俺やお前らを憎むに足る本心があるんだ。だから詩帆のときと同じように、今度は尾藤の悩みを解消して本心からの望みを叶えてやることが、皆が幸せになれる最高のハッピーエンドに繋がるんじゃないか。と、考えている)

 思考に耽るような沈黙。どうやら菅ヶ田も俺を助ける時の「オタクに優しいギャルモード」に入ったようだ。


(そういえばさ、)

 菅ヶ田が思い出したように呟いた。

(合宿最終日の夜。アタシと尾藤は相部屋で、二人で話してたんだ。アンタらがコソコソシコシコしけこんでるときに、蚊帳の外で)

(言い方)

(でね、そのときにあいつ言ってたんだよ。『本当は主人公に生まれたかった』って)

(え)

(『あんなクソキモハゲデ豚ゴリラチキン博多へんたい味に主人公が務まるなら、私が主人公でもよかったはずなのに』って。あと『こう見えて私は目立ちたがり屋なんだ』とか『主人公じゃないならせめて単独メインヒロインが良かった』とか『ドジっ子爆乳キャラを持て余すとか作者小説下手すぎだろ』とか。

 それからビーチバレーについても、『あんなドSサイズ渋柿じゃなくて普通は私の3Lサイズスイカップの出番だろうが』ってブチギレてたけど、さすがに関係ないよね?)

(それだよ。答えじゃん、全部)


 悲報。お助けキャラ、やっぱりポンコツだった。

 あとそっちの会話だけ監視ユルユル過ぎね? メタ発言ガンガンじゃん。こっちは瑛子に「好きだ」と言おうとしただけで、ポンカンに変換されたのに。


(? それって?)

(だから、尾藤は俺みたいなクソキモハゲデ豚ゴリラチキン博多へんたい味が……やべ、自分で繰り返して悲しくなってきた)

(無理しないで? 時には逃げてもいいんだよ?)

(うん、ありあと……要するに尾藤は、本当は主人公か、それがダメなら単独でメインヒロインを張りたいぐらい目立ちたがり屋なんだろ? なのに前回は詩帆、今回はお前のメイン回になりそうだから面白くない。要するに怒りでも憎しみでもなく、嫉妬さ。そして俺は言わずもがな、主人公だから最初から妬まれていたってわけ)

(おおっなるほど! さすが名探偵、まるで本物の葉栗みたい!)

 へへっ、そこは「さすが葉栗、まるで本物の名探偵みたい!」だろ。逆、逆。

 俺はポンコツお助けキャラにすっかり気持ち良くされながら、続ける。

(尾藤の悩みの本質は出番不足。つまり、もっとあいつが目立つような展開にしてチヤホヤしてやれば、万事解決だ)

(すごいや葉栗! 天才! かっこいい!)

(へへっ、やめろよ照れんだろ)

(それでそれで? どうやってそんな展開に持っていくの?)

(……)

(葉栗?)

(……どうやら、そろそろ時間制限のようだな)

(ん? このとき止めに時間制限とかは……)

(どうやらそろそろ時間制限のようだな)

(……)

(……)

 ポンコツだけど空気は読める女・菅ヶ田は、俺が押し黙っていると何も言わず静かに時間停止を解除してくれた。ありあと。だいしゅち。


 とにかく、やるべき方向性は見えた。あとはどうやって尾藤を目立たせてあげるかだけど、俺たちの強い意志の力があればきっとまたなんとかなる……だろうか?

 たった今「木その7」役に任命されて青筋ビキビキの尾藤を前に、俺はそっとため息を吐いた。



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