ナカローグ
童貞扱いしてくる不敬な読者を黙らせるために始めたハーレムラブコメ。だけど今、僕の中でその目的は薄れつつある。
かつて僕は「オタク」と呼ばれる世界の癌だった。それゆえ嫌われ、拒絶され、世界のどこにも僕の居場所なんてなかった。
だから、自分を偽った。
『僕は魔法使いになるという夢のためにあえてチェリーを貫いてきた、漢の中の漢なんだぜ。ぶっちゃけオファーみたいなのは結構あったんだけどさ、マジで。ただそういうことに興味なかっただけだから』
そんなハードボイルドな仮面の下にオタクの自分をそっと仕舞い込み、自尊心を守ることに精一杯だった。
美少女キャラを描くことにも最初は抵抗があった。作家が魅力的なヒロインを創り上げようとするとき、そこには自身の願望――もっと正確に言うならば、性癖が自然と滲み出る。つまりラブコメ小説で女の子を書くということは、ひた隠しにしていたオタクの面をさらけ出すのと同義なのだ。
また気持ち悪がられるかもしれない――しかしそんな心配は杞憂に終わった。
知らない間に世界は、キモオタで満ち溢れていたのだ。
それが証拠に、僕が可愛いと思う女の子を描写するたび、くっそキモ……じゃない間違えた、温かいコメントが寄せられた。
誰もが自身の好みを包み隠さず、なんならより自分好みのストーリーを求めてキメェ要望……じゃなくて気色の悪い要望を伝えてくる読者までいた。
あぁ、本当に救われた。キモくて臭っせぇ豚野郎は僕一人じゃなかったのだ。
それから、僕を救ってくれたのは読者だけじゃない。
物語を彩るキャラクターたち。彼らは僕の分身であり、理想であり、剥き出しの性器だった。いつからか転職して生計を立てるための手段と化していた「創作」。彼らはその本来の楽しさを、僕に思い出させてくれた。
描けば描くほど愛着が増し、解像度が高まり、気付けば自分勝手に動き出すまでになっていた。生きたキャラとともに生きた物語を創る。作家にとって夢のようなひとときを見せ、僕を何度も絶頂へと導いてくれた。
しかし……絶頂の後には必ず賢者の時間がやってくる。僕がふと冷静になり、聞く耳を持ったタイミングを見計らい、読者が囁くのだ。
【ずっと気になってるんだけどさ、事件のことはこのまま有耶無耶にする気なん? お前は本当にそれでいいのか? なぁ、童貞作者よ】と。
そうして僕は思い出す。小説を創るのは僕とキャラクターだけの特権ではない。読んでくださる読者様がいて、初めて僕らの創作に息は吹き込まれる。僕が本物の作家であると仮定するならば、作品は決して自己満足で終わってはならない。読者にひとときのささやかな楽しみを提供すること。それが作家の本分であるはずだ。
読者数の増加に比例して日に日に増えてゆく、事件解決を望む声。僕は、自分のするべきことがわからなくなっていた。
本来ならば尾藤彩丸、菅ヶ田七星、福豆詩帆の三人の中の一人を犯人に仕立て上げるつもりだった。だけど僕は彼女たちと長い時をともに過ごしすぎた。今さら地獄に叩き落とす一人を選ぶなんてこと、もう僕にはできない。
一方で、読者を満足させるには事件の解決は不可欠だ。一度公開してしまった殺人未遂という大罪をなかったことにはできないし、有耶無耶にするような葉栗千博はハードボイルドじゃない。
ならば、メインヒロイン三人を容疑者から外しつつ、主人公のキャラクター性も守る。この両立をできなければ、物語がハッピーエンドを迎えることないだろう。
――方法は、一つしかない。
薄っすらと気付きながら、心はまだ迷っていた。なにせ犠牲が伴う方法だ。そうしなくても済む策が他にないかと、ずっと模索していた。だけどいい加減、腹を括らざるを得ないらしい。
恋の連立方程式に「A」を代入する。そうすれば自ずと弾き出されるだろう。誰かにとってはこの上なく理不尽で残酷だけれど、他の多くの人にとっては納得のいく解が。
寒さがいくぶん和らぎ、暖房を付けなくても快適に過ごせるようになってきた部屋で、僕はいつものようにシミだらけの天井を見上げる。吐いたため息の数だけシミが増えるとしたら、きっと作品が完成する頃にはウチの天井は豹柄だ。悪趣味な金持ちの家か。
それでも僕は物語を完結に導かなければならない。アマチュアとはいえ、それが読者とキャラに対する作家の礼儀だ。
せめて、最良のハッピーエンドを。それが今の僕の限界だ。
だから僕は筆を取る。愛する性器……もといキャラたちが猛々しく自立し、きっと僕の思い描いたつまらない結末すらも最高のハッピーエンドに塗り替えてくれると信じて。




