第五章④〜ビーチバレー大会〜
で、結局今一つパラソルの下、俺の隣には月代がいる。そういえば、それを決めるためのスイカ割りだったな。月代たちが話の流れで合流したことに伴い、元々二対四脚だったパラソルとチェアは三対六脚に。右隣のパラソルには尾藤、菅ヶ田ペア。左隣には詩帆、瑛子ペアといった配置になった。
……なんだか、口の中がネバネバする気がする。なにこれ。ものすっごく嫌なんだけど。俺はネバネバを取るために、ペットボトルのスポーツドリンクを喉奥に流し込む。
すると、すぐ隣から妙にアツい視線を感じ、目だけでその出どころを辿ると、
「ゴクリ……」
月代だ。月代が、俺の上下する喉仏を舐め回すようにネットリと凝視している。俺が横目で見ていることに気付くと、彼は戸惑うように頬を紅潮させ、目を逸らした。
ねぇ、やめて? そんな意識しないで。お願いだから。
また、月代のさらに隣からも、俺に対し月代以上の熱視線が注がれていることに気付く。
厳密には俺と月代、二人に。
「ご、ゴクリ……」
瑛子だ。瑛子は、俺と月代が変な感じになっているのを、熱に浮かされたようにポーッと眺めていた。興奮しているのか、やや荒い鼻息がここまで聞こえてくる。
ねぇほんとにやめて? 君のそんな顔初めて見たよ。腐ってたの、君? ていうか君だけはシリアスキャラだと思ってたのに、こっち側に来ちゃう感じ? 所詮はこの世界の住人なんだね。君も。
……それと、瑛子のさらに向こうから感じる詩帆の茶化しちゃいけないレベルの圧は、もう気付かないフリをするしかない。
そんな感じで表も裏も歪さを増したハーレムに辟易していると、突然、地元の大学生みたいな集団がやって来て、目の前の浜にポールを立て始めた。二本のポールの間にはネットが張ってある。ポールを砂に深く突き刺して固定した彼らは、次に指でコートのような線を描き始める。
ここまで来れば誰でも予想がつく。案の定、彼らの一人がスピーカーを使って海水浴客たちに呼びかけた。
「皆様お待ちかね! 毎年恒例『恋ヶ浜ビーチバレー大会』を開催しまーす! ウェーイ!」
「お、始まったか」菅ヶ田がニヤリと好戦的に笑う。
「あぁん? なんだこれは」
「『恋ヶ浜ビーチバレー大会』。この海水浴場で毎年開かれるイベントで、うちら軽音楽部は例年、部から代表して二名が参加する習わしだ」
「へぇ。今年の代表は?」
「うちのバンドから出すことになってる」
知ってた。小説的に考えてそうなるよね。
「絶対に勝たなきゃ、ですね! 葉栗しゃんの宿のためにも……!」
「うん、そうだね! 千博の宿のためにも!」
……ちょっと待て。それは知らない。
「俺の宿のため? どういうことだ。あぁん?」
「ああ。部の予算とコテージの部屋数と男女比とその他諸々の関係で、遅れて参加の決まったお前の分の部屋は予約が取れなかったごめんねブタメンあげるから許して」
「そうか、それなら仕方ねぇな。とんこつ味で手を打つぜオーライ」
オーライ、じゃねぇよ! もっとキレろよ俺!!
我が事ながら、葉栗千博というキャラのハードボイルド具合には呆れ返る。いや、これはハードボイルドで合ってるのか? ハードボイルドってなんだ。
「だけど安心しろ。この大会に優勝すれば、景品としてコテージのペア宿泊券が貰えるから」
「なんだ、優勝すればいいだけか」
これは……さすがにハードボイルドだ。かっけぇよ俺。あれ、でもペアチケットということは。
「問題は誰が代表で出場するかだな」
「もちろん葉栗には出てもらうぞ。自分の部屋を賭けた大会なんだから」
「もちろんだぜベイべ」
「で! もう一人はやっぱりアタシが、」
「わ、私が出ますぅ!」
「私が出てあげる! 幼馴染だから! 仕方なくなんだからねっ!」
「お前ら! 葉栗と同じ部屋に泊まりてぇだけだろ!」
「そ、そんなんじゃ……ていうか菅ヶ田ちゃんこそっ!」
「破廉恥ですぅ! でも私も、そ、そういう思惑があることは否定はできないというか……ゴニョゴニョ」
ほぅらきた、これだ。しかも主催者とみられる男が
「今回は記念すべき第百回大会記念で、VIP専用スイートルーム(ダブルベッド、天蓋付)の宿泊券をプレゼントしちゃいまーす! ウェーイ!」
とか言うものだから、出場権争いはどんどん白熱してゆく。
これはまた長くなるぞ。スイカ割り二回戦突入か? などと思ったそのとき。
「福豆さん、私と勝負しませんか?」
皆が驚き、目を丸くする。
三人娘の争いに横槍を入れ、詩帆に挑戦状を叩きつけたのはなんと瑛子だった。
「な、なんで私? というか、勝負って?」
「なんとなく、彼と幼馴染のあなたが一番のライバルになりそうなので、ここで叩いておこうかと思いまして。承諾してくださるなら私も月代くんとペアで出場しますが、どうです?」
瞬間、場が凍りつくのを感じた。菅ヶ田はもちろん、尾藤も顔が引き攣っている。たぶん今この場で瑛子の言葉が持つ含みを理解していないのは「お! 俺も出ていいのか?」なんて呑気に言っている月代だけだ。
ライバル、という言葉を読者目線で素直に受け取るならば「葉栗千博を奪い合う関係」。つまり単に瑛子もハーレム要員になるという宣言と考えられる。
かなり唐突な感は否めないが、モブキャラだった瑛子をあえてメインキャラとして再登場させた理由付けとしては納得がいくし、俺としても彼女が攻略対象に加わるのは内心期待していたし正直めちゃくちゃ嬉し……いや、今はそれどころじゃないな。
なぜなら、瑛子のライバル発言を「月代を奪い合う関係」と捉えた場合、その意味は一変する。
瑛子の本心、すなわち物語の都合上ではなく彼女自身の本当に好きな人が誰であるのか、あるいは誰も好きでないのか。それは本人にしかわからない。が、仮に月代に想いを寄せていた場合、彼女の詩帆に対する挑戦は、明確に水面下の「女の戦い」だ。
「おー! 轟ちゃんやる気だねー! いいよ、勝負しよう!」
明るい声とは裏腹に、詩帆はやや俯き気味に唇を噛んでいる。好きな男が別の女とペアを組んで自分を倒しにくる。彼女の葛藤を、他人が計り知ることはできない。
そして俺としても、この展開はひっじょーーーーに面白くない。ぶっちゃけ嫉妬で身が焼き焦げそうだ。これは月代との「男の戦い」でもある。
「チッ。ご指名とあっちゃ仕方ねぇな」
「福豆しゃん! 軽音楽部代表として、頑張ってくださぁい!」
他二人も掌を返したように詩帆の出場に対して理解を示す。
つまり詩帆VS瑛子の構図は作者の意向であるが、同時に、キャラクターが勝手に動き出したことによる急展開という可能性も示唆している。
良くか悪くか、俺たちの意志によって物語の流れが大きく変わりつつある。そんな確信にも似た予感が、胸を貫いた。
参加エントリーを済ませた後、俺と詩帆は、尾藤と菅ヶ田の手を借りてビーチボールで軽くアップを開始する。詩帆は、決して動きが良いとは言えないが、その表情は真剣そのものだ。
菅ヶ田は「ヘタクソ! そんなんじゃ今夜葉栗は宿なしだぞ!」なんて言葉では厳しいことを言っているが、心配そうなハの字眉が彼女の本心からのエールを物語っている。
一方で「大丈夫ですよ、福豆しゃぁん!」なんて励ます尾藤のほうが何やら複雑そうな顔だ。詩帆を見る険しい瞳はどことなく、俺に敵意を向ける時のそれと同類のような気がした。
そういえば、と俺は考える。
詩帆の悩みは明白だ。ラブコメ小説のハーレム要員という立場でありながら、本心では月代への想いを捨てられずにいる。だから彼女にハッピーエンドを迎えさせるには、月代を上回るほど俺に本気で惚れさせればいいという、わかりやすい努力のほう向性が見える。
菅ヶ田は言わずもがな、理の側に片足を突っ込んだ存在かつ、最初から俺の味方だ。欲を言えば彼女にも心から俺に惚れてほしいが、彼女自身が「アタシに意志はない」と言っていたように、キャラ個人としての欲求は希薄なのだろう。
だったらせめて、俺がハッピーエンドを迎えることで彼女の「オタクに優しいギャル」という理としての存在理由のほうを満たしてあげることが、現実的な落としどころと言えそうだ。
だが、尾藤はどうだろう? 彼女が俺を憎む理由はいまだ掴めていない。それに加え今度は、詩帆に対しても敵意の目を向け始めている。
尾藤の真に求めることは何か? 本心はどこにあるのか? それがわからないままただ「惚れさせる」という短絡的な解決策で、本当に彼女を幸せにすることができるのだろうか。
なんにせよ俺は知りたい。尾藤のことも、他の皆のことも。俺たちは同じ小説という船に乗り合わせた運命共同体だ。誰一人置いていくつもりはない。ハッピーエンドという希望の大陸に漕ぎ着くにしても、はたまた、船ごと大海に沈むにしても。
「ほらいくぞ、轟。そーれっ」
「ナイストス! 月代くん上手ぅ!」
「そういう轟もなかなかテクニシャンだぜ!」
「ウフフフ」
「アハハハ」
隣から、瑛子と月代がビーチボールを介してイチャコラする声が聞こえてくる。
「あ、ごめん。力入り過ぎた」
「ちょっとー、何やってるの千博」
そういう詩帆も八つ当たりのようなフルスイングだ。お互いのイライラが、手に取るようにわかる。
「そういえば、もし優勝したら俺と轟がスイートルームに泊まるのか?」
「そうなるね。不本意だけど」
口ではそう言う瑛子だが、どこか楽しげに見えてしまう。じゅうぅとやきもちが妬ける音がする。
「そっか! それは楽しみだな、ワハハ!」
……残念ながら、ハッピーエンドを迎えるにあたって貴様だけは船から引きずり降ろす必要がありそうだ。大海に沈めてやるよ、このむっつりブーメラン納豆が。
「それでは、恋ヶ浜ビーチバレー大会、第一回戦を開始するぜウェーイ!」
三〇分後、いよいよ大会が始まった。
はいいがこいつ、さっきから言葉の最後にウェーイを付けないとしゃべることができないのか。ウェイ系とはよく言ったものだ。
「まずは咲丘高校軽音楽部の葉栗・福豆ペアと、同じく咲丘高校サッカー部の月代・轟ペアの登場だウェイ!」
もはや語尾がウェイと化した悲しき記号的大学生キャラの紹介に、俺と詩帆は気を引き締める。
「準備はいいか、轟」
「もちろん。頑張ろうね、月代くん」
まさかの初戦からの激突。なんかこの三〇分で急激に心の壁が極薄になっている気がするけしからん二人を前に、どちらともなくグギギと歯軋りする俺と詩帆。
ぜってぇブチのめす。
初めて本気で心が通じ合った俺たちは、目線も合わせずハイタッチを交わしてコートに入った。
ウエェェェイ!
主審が鳴らす奇抜な笛の音と同時に、俺がサーブを放つ。まずは堅実にアンダーサーブで様子見……のつもりが、読まれていたのか、すでに瑛子がボールの落下地点でレシーブの体勢に入っている。
早い……っ!
「任せて!」
柔らかいタッチのアンダーハンドトスがネット前にふわりと上がる。二球攻撃だ、と即座に察して構えようとしたそのとき、ようやく気付く。
……身体がピクリとも動かない!
そう、結局試合展開は作者の描写次第。いくら力を込めようと、描写にない動きを理は決して許容しない。そうして成す術なく、一ポイント目は、月代のアタックが俺のうまい棒に直撃するのを見送った。ポロリとほころび落ちた菓子屑を、どこからともなく現れたヤドカリが食い尽くして去ってゆく。
「ナイスアタック!」
「よし!」
両手ハイタッチでキャピキャピ喜び合う月代と瑛子の姿に、俺たちは揃ってビキビキと青筋を立てる。
絶対負けたくない。なのに、身体の自由が……!
間髪入れずサーブの姿勢に入った月代が、ボールを高く投げ上げる。遅れて宙に舞ったやつの口には、いつもの爽やかなそれとは違う、勝ち誇ったような黒い笑みが浮かんでいた。
「行くぜ! 覚悟しろよ葉栗!」
――作者が描いた物語は、俺と詩帆にとっては惨いことこの上なかった。
どんどん開く点差。一セット目を取られ、二セット目もここまで大きくリードを許している。しかもやつらは点を取るごとに指を絡めて喜び合い、俺たちの神経をとことん逆撫でしてきた。
だが苦しくなる状況に反し、俺の心は小さな希望に魅入られ始める。
身体が思いどおりに動く?
まるで、自分のしたい動きと作者の描写が擦り合わされていくような、不思議な感覚。伴って、俺たちは徐々に月代・瑛子ペアに食らいつき出す。
「福豆さん、意外としつこいです、ねっ!」
「負けないんだから……ッ!」
瑛子のアタックを不器用にダイビングレシーブする詩帆。ボールは彼女の執念が乗り移ったようにフラフラとネットを越え、奇跡的に、誰も居ない砂の上に跳ねた。
「ナイスレシーブ!」
「やった……!」
もはや言わされたセリフなのか、自ら絞り出した雄叫びなのかもわからない声を上げ、俺たちは思いきり掌をぶつけ合う。
もしかしたら、単に追い詰められてから逆転するという作劇上の予定調和かも知れない。だけどそれだけとは思えない、思いたくない、生を感じるリアルがあった。
そしてこの感覚を今、詩帆も共有しているのだろうという強い確信がある。描写が俺たちの気持ちに追いついてくる。想えば想うほど、どこまでも強くなれる。
負けたくない、負けたくない、負けたくない! 絶対に、勝つ……!
「意外とやるじゃん。でも、そろそろ勝負を決めさせてもらうぜ」
余裕しゃくしゃくな発言とは裏腹に、月代のこめかみには冷や汗が流れている。彼の表情もまた、作者の手のひらの上で踊るキャラのそれではなくなっていた。逆転など許さない。運命を変えてみせる。そんな剥き出しの闘争心が、メラメラと灯っている。
「頑張れ福豆! 葉栗っ!」
「葉栗しゃん、福豆しゃん! 頑張ってぇ!」
応援団の声を力に、俺は渾身のジャンプサーブを叩き込む。カーブしながら急降下する球を、月代がなんとか回転レシーブ。若干軌道が乱れたが、瑛子が見事なリカバリーで完璧なトスに変える。彼女の身体能力は、明らかにマネージャーの域を超えている。月代が瞬間移動のごとくネット前まで駆け込み、大きく腕を引き飛び上がった。
来る……っ!
「悪いな、福豆さん」
空中で月代が呟いた瞬間、最悪のシナリオが頭をよぎった。月代が身体を左に捻転しながら、腕を至近距離の詩帆に向けて振り下ろそうとしている。
「あ」詩帆の掠れた声が聞こえた。絶望を多分に含んだそれは、潮風にさらわれて散る。
月代の狙いは最初から詩帆だった。今までは暗黙の了解で男は男にしかアタックしてこなかったのに、やつは、容赦なく勝ちを奪いにきたのだ。
詩帆の運動神経ではやつのアタックは取れない。負ける。だけど問題は、そんな浅いところにはない。
月代の本気の一撃が詩帆の身体を傷付ける。
これは作者が最初から意図していた描写なのか、月代の意志によって捻じ曲げられた描写なのかはわからないが、どちらにせよ、絶対にあってはならないことだ。
そう、あっていいはずがないんだ。そんな酷いことが。
俺は無我夢中で詩帆を庇うように身体を投げ出す。そのゼロコンマ数秒、俺の意志と描写の間に一切の齟齬はなかった。
詩帆の顔面目掛けて飛んできた剛速球を、間一髪のところで俺のうまい棒が代わりに受け止める。めんたい味をした破片が粉々に砕け、砂浜に降り注ぐ。それはさながら、殺人現場に飛び散った血のようだった。
「ち、千博ーっ!」
「葉栗っ!」
「葉栗しゃぁん!」
ウエェェェェェェェイッ!
試合終了を告げるけたたましい笛の音が、三人娘の叫びを掻き消す。俺は股間周辺に群がったヤドカリの群れをかすむ視界に映しながら、ゆっくりと意識を手放した――。
※ここまでずっとスク水
/
【新キャラはもしかして、事件の第一発見者の子?】
【葉栗×月代キテます! キテますよぉ……!】
【よく考えたら、こいつら殺人未遂の犯人候補たちなんだよな。ようやく事件解決に向けて動き出す……のか?】
【詩帆ちゃんナイスファイト! 千博への想いがヒシヒシと伝わってきます(泣)】
【月代くん再登場したのに、事件についてノータッチ? 浅熊さんが不憫で見てられないんだが】
【うまい棒でスイカ割り。つまりパイz(自重)】
【轟瑛子ちゃん、新しいハーレム要員かな? 堅物敬語キャラは個人的にあまり好みではないですね】
【詩帆ちゃん推しになりました! 一生懸命な子は応援したくなります!】
【浅熊みつ殺人未遂事件を風化させてはならない】
【唐突なBL展開にワロタ】
【スイカ割り、ビーチバレー対決ときて、次はいよいよバンド練パートかな? まさに青春! これからも応援しています!】
【剛速球が直撃……俺のうまい棒がヒュンってなった】
【ずっと気になってるんだけどさ、事件のことはこのまま有耶無耶にする気なん? お前は本当にそれでいいのか? なぁ、童貞作者よ】




