第五章③〜スイカ?割り〜
しばらく浅瀬でバカップルみたいな水の掛け合いをした後、俺たちは一度浜に上がって休憩することにした。いつのまにかそこにあった二つのビーチパラソルと、二対四脚のデッキチェア。案の定俺の隣を巡って争い始めた三人娘を無視し、俺はチェアに寝転がり、一人水に濡れたフニャい棒を乾かし始める。
もはや丸出しであることになんの抵抗もない。慣れとは恐ろしいものである。
「上等だコラァ! 目に物見せてやんよ!」
「こっちのセリフだよ! 幼馴染として、今度こそ千博の隣の席は譲らないんだからー!」
「わ、私だって負けましぇん! い、いざ尋常に、勝負ですぅ!」
……なんの話だかわからないが、三人娘の表情は、最初よりいくらか柔らかくなってきたように感じる。それを見て、俺の頬も思わずほころぶ。まだ本物の恋には程遠いのだろうけど。もしかしたら、彼女たちなりにこのハーレムを楽しみ始めてくれているのかもしれないな。
なんて都合の良い考えを巡らせていた、そのときだった。調子に乗った罰とでもいうように、残酷過ぎる新展開が俺たちに襲いかかる。わざわざこんな嫌がらせを用意するだなんて、作者はきっと、鬼や悪魔の類に違いない。
「おーい、葉栗じゃねぇか! こんなところで何してんだよ!」
どこかで聞き覚えのある爽やかなテノールボイス。同時に、こちらに手を振りながら駆けてくる精悍な顔つきの青年の姿が目に映った。小麦色の筋肉質な肉体に、真っ赤なブーメランパンツがよく映えている。
……あいつは確か。理という知識の箱のすみをつつくまでもなく、その名は俺の口から飛び出した。
「月代!」
そうだ。月代進之介。
彼はこの小説がまだミステリージャンルだった頃。うちのバンドの正ギターボーカルであり、学園のマドンナでもあった浅熊みつが何者かに大根で殴られて植物状態となった事件、通称「浅熊みつ殺害未遂事件」についての調査を手伝ってくれていた、俺の親友兼助手である。
そんなことより。彼は、詩帆が密かに恋心を寄せていた男だ。これからオトそうという女の想い人の突然の再登場に、例えるなら、本命彼氏に浮気現場を見られたみたいな、謎の罪悪感を覚える。
そして今の詩帆の気持ちなんて、確かめるまでもない。わざわざ顔を確認しなくても、ソワソワと身なりを整える仕草、その上、例のキラキラとした乙女オーラがぶわっと辺りに漂い始めたのだから。クソッ、これじゃ詩帆をオトす計画が……。
俺の葛藤を無視し、作者の書いた台本は呑気な会話を紡ぎ始める。
「で? なんで葉栗がこんなところにいるんだ?」
「軽音楽部の合宿だよ。近くに、音楽スタジオ付きのオシャレなコテージがあるんだ」
「へぇ。いつのまに軽音楽部に入ったんだ?」
「ま、いろいろあってな。ていうか、そっちこそなんでこんなところにいるんだよ」
「俺もサッカー部の合宿中だ。近くにグラウンド付きのオシャレなコテージがあってな」
グラウンド付きのコテージってなんだ、とツッコむ気力も起きない。そんなことよりも、作者の野郎には聞きたいことがある。
おい、作者。お前なぜ今頃になって、月代を再登場させた?
小説のジャンルがラブコメに変更となり、月代は事件の捜査を続けているという体で、完全に退場させたはずだ。それが今さらなんだ? 振り回されるこっち身にもなってみろ。
だいたい俺は今、月代がどういった役割で再登場したのか掴めていない。掴めていないということは、作者自身がまだ月代の役割を決めていないということだ。なんでそんな曖昧な思いつきで、一度決めた展開を変えちまったんだ。まさかこれも、俺の意志が作者の筆に反映された結果とでも言うつもりか?
そうだとすればもう一つ、聞かなければならないことがある。
「ちょっと月代くん! いきなり走り出さないでよ! ハァ、ハァ」
息を切らして月代の後を追ってきた少女。彼女は女子にしては少し低めなハスキーボイスで月代を咎めた後、月代の裸の肩に親しげに手を置き、しばし呼吸を整える。詩帆のキラキラがあからさまに、戸惑ったようにくすみを見せる。
「って……あら。またあなたですか。会うのは確か三度目ですね」
ゆっくりと顔を上げた学校指定のスク水姿の少女は、俺の姿を認めると、感情を読み取れない声で言った。
スポーティーなショートボブに、モデルのようにスラッとした長身。整っているが垢抜けてもいない童顔。その姿を見た瞬間、俺の心臓は否が応でもドクンドクンと暴れ回り、忘れようと必死だった感情を蘇らせる。
彼女とは例の浅熊みつの事件現場、それから尾藤との体育倉庫でのキス未遂現場でも遭遇した。かつて俺がA子と呼んでいた、ただのモブキャラだった存在。その彼女が今、メインキャラの一人として名前を持って俺の前に現れたのだ。
確かに再登場の伏線は張られていた。だけど、俺はもう君のことなんて忘れたかった。
どうせ結ばれることなんてないのだから、今目の前にいる三人と本物のハーレムを築こうと夏休みのうちに決意した。それが現実的に起こり得る中で、最良のハッピーエンドだと思ったから。
なのに。
「こんにちは、軽音楽部の皆さん。サッカー部マネージャーの轟瑛子です」
おい、糞作者。
どうしてまたこうやって、俺を惑わせるようなことするんだよ。
ミステリー小説時代の亡霊たちの再登場で、俺の心はたちまちぐちゃぐちゃにされてしまった。そしてたぶん今もう一人、ぐちゃぐちゃなやつがいる。
「ところで、君たちは何をしていたんだい? 勝負って言葉が聞こえた気がしたけど」
「これから千博の隣の席を賭けて、私たち三人で『スイカ割り』対決するところだったんだよー」
月代の質問に答えさせられたのは詩帆。少し震えた語尾に気を取られ、あえて見ないように気を張っていた彼女の顔をつい見てしまい……そして俺は、激しく後悔した。
月代と瑛子の真ん中ぐらいに視線を泳がせ、今にも泣き出しそうな顔。そんな顔した女を、これから口説けというのか。
本当に好きな男の前で別の男の奪い合いをさせられて。しかも間接的にそれを強いた俺に、どうやって愛を囁けというんだ。厚顔無恥にもほどがある。
「へぇ、面白そうじゃん。見物していってもいいかな」
「もちろんいいよー! 私が勝つところ、しっかり見ててよね!」
今度は、おそるおそる月代の表情を窺う。が、その結果俺はまた後悔することになった。
作者を含め、この場で一番悪いのは絶対に月代ではない。だけど、鈍感というのはそれだけで罪になることもある。
少なくとも俺は月代が許せなかった。おそらく詩帆の気持ちに全く気付かず、勝負の行方を呑気に楽しもうとしているアホ面を、思いきりぶん殴ってやりたい。今、お前がイキイキするほどに、詩帆は死んでいくんだ。ふざけるんじゃねぇぞ、バカ野郎。
「なんだか面白そうですね。月代くんが見学していくなら、私もそうしようかな」
そして、俺のそんな怒りすらショックで容易く塗り潰した、瑛子のセリフ。本当なら瑛子の表情も確認するべきなのに俺にはその勇気がなかった。もしも彼女が無垢に楽しんでいたら、立ち直れる自信がなかったから。
偉そうなこと言って結局我が身が一番可愛いのかと、ほとほと自分自身に呆れ果てる。
もしかしたら、俺はもう一度瑛子に会いたいと、どこかでまだ諦めきれていなかったのかもしれない。だからその想いが作品の展開に反映され、瑛子はこうしてまた現れてしまった。
そしてもし、彼女が自然に再登場するため月代と縁のある「サッカー部マネージャー」という地位を与えられたのだとしたら、月代を再登場させたのも回り回って俺のエゴということになる。
そうだ。詩帆の心を殺した犯人は、俺だった。主犯者が自分のことを棚に上げ、共犯者たちを糾弾する資格などあろうはずがない。俺は力一杯唇を噛む。歯が皮膚を突き破り、口内に鉄の味が広がる。さらに強く、深く、傷口に歯を突き立てる。詩帆が俺を殴れない分、せめて俺が俺を痛めつけるべきだと思った。そうすることが償いだと。ただの自己満足だとしても、この痛みがなければ自分が壊れてしまう気がしたから。
「んじゃ、そろそろ勝負といこうじゃねぇか!」
唐突に、菅ヶ田がいつも以上にギャルギャルしいテンションで宣言した。努めてそうしたような明るい声は、きっと詩帆の変化を見抜いている。
俺のほうは見抜かれるわけにはいかない。本物のハーレム建国に不要な感情は、一刻も早く捨て去らねば。
「そういえば、スイカ割りをするんだろ? スイカはどこに?」
平静を装って俺は言う。
「あるじゃねぇか。立派なのが、ここに」
俺の質問に菅ヶ田は胸を張った。途端、さっきまで胸であったはずのものが、小ぶりだが形の良い二つのスイカに見え始めた。
なんだこれ、幻覚か? しかしよく見ると、いつのまにか尾藤の胸にも特大サイズのスイカが二つぶら下がっている。みずみずしくて、とても美味しそうだ。
そして詩帆の胸には……スイカ柄をした珍しいまな板が張り付いている。
「ふふん! 美味しそうなスイカでしょ?」
うん。そうだね。俺はいたたまれなくて目を逸らす。
と、茶番は置いておいて。いちおう、今の状況を理解はした。これはおそらく、俺のうまい棒と同じ現象。作者が本文中で使った比喩が、作品内の俺たちにはそのまま物理的に反映されているのだ。おそらく何かしらの理の力によって。
何度も言うが、これはもうそういうものだと割り切るしかない。きっと何か、この世界を守る極めてPTA的なものによる配慮が働いたのだろう。
「じゃあ、スイカを割るための棒はどこだ?」
「もう持ってるじゃねぇか、自分で。立派な棒をよ」
全員の視線が俺のうまい棒めんたい味に集まる。
……なるほどー。これは楽しいスイカ割りになりそうだなー。
なんだかシリアスでいるのも馬鹿らしくなり、俺は考えることを放棄した――。
その後、菅ヶ田から改めてスイカ(?)割りのルール説明があった。
・三人のスイカ(尾藤、菅ヶ田、詩帆)が等間隔で並んで寝そべる。
・俺は目隠しをし、周囲の指示だけを頼りに進み、スイカを棒で優しく割る。
・三人は自分のほうに誘導するためなら、良識の範囲内で自由に指示を出してよい。
・割られた人が、俺の隣のデッキチェアの座を手に入れる。
ほう。よくわからんが、わかった。どうせヘボ作者が書いている駄作だ。考えるな、感じろ。
それぞれが定位置にセッティング完了した後、俺はタオルで目を隠し、後頭部でギュッと縛る。そして両手に、乾いて少し硬さを取り戻したうまい棒を握り込む。
一際強い潮風が吹き抜けた。モブ海水浴客たちの笑い声が、遥か遠くに聞こえる。
勝負のときが来た。
「皆、準備はいいな? それじゃあ、始め!」
なんか勝手に運営サイドに回った月代の号令で、俺の足はフラフラと歩き出した。
「千博! もっと右、右! 右のスイカが一番美味しいよー!」
「待て葉栗! 右にあるのはスイカじゃなくて渋柿だ! 騙されるな!」
「渋柿!? よくわからないけど失礼な! ほら千博、そのまま右に……って、なんで渋柿って聞いた途端左に急カーブしてるの!?」
「葉栗しゃん、もうちょっと左……あっ、あっ、そこっ! 上手いですぅ! ひゃあんっ! ダメっ……それは行きすぎぃ!」
「尾藤お前わざとやってんだろ!? 言い方がやらしいんだよ! おい葉栗! そのまままっすぐに進め! そしたらおまけにヤングドーナツも付けてやっから!」
「菅ヶ田さんこそなんかいやらしいですぅ!」
「おいおい、お前ら好き勝手言うんじゃねぇよ。どいつもこいつも甘い匂い垂れ流しやがって、誘ってんのか? あぁん?」
バカな会話。作者、書いていて恥ずかしくないのだろうか。人として。実際のところ、読者はこのそびえ立つ糞のような展開を楽しめているのだろうか。
と、今このページを読んでいるであろう数少ない読者に思いを馳せたまさにそのとき。天から脳に直接、その読者たちのコメントが流れ込んできた。
【このままなんの波乱もなく終わりなんて、そんな単純な展開ではないだろうな】
【スイカを割ろうとするも目が見えないからアレがああなりコレがこうなり、結局全身でスイカやら渋柿やらヤングドーナツやらを堪能するハプニングが起こると見た】
【他の人もコメントしてるけど、たぶん女性陣とのお色気シーンだろう。問題は誰とくんずほずれつするかだな】
ほう。ほうほう。ほうほうほう。そうか、そういうパターンもあったか。なるほどね。三人娘のあっちじゃないそっちじゃないこっち来ての声そっちのけで、俺は読者の声に耳を傾ける。
これまでの仮定どおり、俺の意志が少しでも展開を左右するとするなら。自分たちが楽しむためだけでなく読者の意見を拾い上げ楽しませることもまた、キャラに課された役割の一つと言えるのではないだろうか。つまり俺にはハーレム主人公として、ラッキースケベを起こさなければならない義務がある。
もちろん、主人公として純粋に物語を良い方向に導きたいがためだ。断じて私利私欲のためではない。ここんとこ重要。テストに出ます。
……さて。ではどのスイカを食べるべきか。それかいっそ、全部のスイカを総取りする方法はないか……いや、待てよ?
俺は気付いた。気付いてしまった。目が見えないというこの状況、もしかして、合法的に瑛子とラッキースケベするチャンスじゃないか? 普通のハーレム小説ならヒロインを差し置いてモブキャラとイチャつくなんてありえない。けど、俺の意志が少なからず反映されるというのが事実なら、俺が本当にイキイキ(意味深)できる相手はやっぱり……って、馬鹿野郎! そんなこと考えるな! モブの瑛子のことは諦めて、ハーレムの王になり最良のハッピーエンドを目指すって決めただろ! それを今さら、こんな……!
突如湧き出た煩悩と戦っていると、不意に、衝撃的なコメントが耳に入ってきた。
【女性陣じゃなくて月代とのお色気シーンだったら笑うw】
同時に、さっきまで勝手に歩き続けていた俺の足が、ぴたりと止まる。
それはまるで、作者の筆の迷いを示すかのように。
え。え? 嘘だよね、え?
……やめろよ? おい、やめろよ作者。絶対やめろよ? フリじゃねぇからな?
おい、作者?
「あっ、そっちは……!」
瑛子が小さく声を上げると同時に俺の足は明後日の方向に踏み出し、急遽こしえられたかのようなヌルヌルした何か(クラゲ?)を踏みつけ、バランスを崩した。
「「「「きゃーっ!」」」」
女性陣の悲鳴の中、俺の身体はジャリジャリした砂の上へとダイブする。
さらに神の見えざる手に操られるように、不自然すぎるほどアクロバティックな動き(側方開脚屈伸チヒロ・ハグリ二回宙返り3/4ひねり)をしながら、誰かの素肌と濃厚に絡み合う。そして最終的に、その誰かの水着らしき布と身体の間に顔が挟まれるという、ハプニングなんて言葉で到底片付けてはいけない体勢で静止した。
……どうしよう。目を開けるのが怖い。
今、俺の目の前には一体何があるのだろう。スイカか、渋柿か、ヤングドーナツか。俺は意を決し、ゆっくりとまぶたに力を入れ、上にこじ開ける。その瞬間、俺の瞳が映し出したモノは。
――うまい棒だぁ。
この小説を読む多くの男子の夢や希望を粉々に打ち砕く、一本の駄菓子。要するに俺は今、月代のブーメランパンツの中に顔を突っ込んでいるらしい。最悪だ。うわっ、ただのうまい棒なのはわかっているけど、アレを象徴していると思うと触れたくねぇ!
俺は慌ててパンツから顔を引き抜こうとする……が、身体が動かない? 視界が月代の立派なうまい棒に埋め尽くされたまま、顔を逸らすことができない。もちろん見惚れているとかじゃなく、物理的に。
おい、まさか。
(葉栗聞こえるか? こちらアタシ。どうぞ?)
(どうぞ? じゃねぇよ! なんてタイミングで時間止めてんだ!)
やはり、菅ヶ田の例のテレパシーが発動している。
俺は菅ヶ田に(早く時間を進めろ!)と脳内で懇願する。何が悲しくて男のうまい棒と至近距離で見つめ合わねばならんのだ! 今すぐスイカを! ヤングドーナツをよこせ! この際渋柿でもいい!
激昂する俺を、菅ヶ田はまあまあとたしなめた。
(何味だ?)
(は!?)
(月代のうまい棒は何味だと聞いている。どうぞ?)
いやだから、どうぞ? じゃなくて!
しかし答えねば話が進まない。俺は嫌々ながら、目の前のうまい棒をじっくり観察する。この色味、この匂い……何やってんだろ、俺。
(……おそらく「なっとう」味だ。どうぞ)
(なっとうか……意外だな。アタシの予想では「テリヤキバーガー」か「とんかつソース」あたりの濃いめなやつだったんだけど)
(で? 時間を止めてまで月代のうまい棒の種類を確認したことになんの意味が? 早く用件を言え)
(いや、ただの個人的な興味だ。ちなみにアタシはちょっと奇をてらって「やきとり」味あたりが好き)
(テメェぶっ飛ばすぞ!!)
さらにブチギレた俺に、菅ヶ田は(どうどう、落ち着けって)と聞き分けが悪い子供を諭すように言う。何こいつ。マジ腹立つんだけど?
(アタシが言いたかったのはつまりだな、)
(なんだ、早く言え!)
(つまり……あれ? えっと、なんだっけな……)
(おい早くしろ! こころなしか納豆の味がすんだけど!? ちょっと口が粘つくんだけど!?)
(うーんと……あぁそうそう! 思い出した思い出した!)
(なんだよ! 早く言えって! 早く!)
(いやぁ、最近物忘れが激しくっていけない。アタシはアンタをサポートしなきゃいけない立場なのに。何があってもアンタの味方だって言ったのに、情けないよね……ったく、何がオタクに優しいギャルだよ。アタシは……アタシは!)
(今じゃない! それ今じゃないから! 早く!)
(ああ、ごめん……で、どこまで話したんだっけ? 忘れちゃったから、もう一回味見のくだりからやり直してもいい?)
(今回ばかりは天然じゃないだろ! わざとやってんだろテメェ!?)
気が付くと、菅ヶ田は息ができないほど笑っている。というか笑いすぎて、もはやヒューヒューしか言っていない。呼吸困難。
(さっさと! 用件を!! 言え!!! どうぞ!)
(ヒューッ、悪ぃ悪ぃンヒヒッ……さすがにからかいすぎたヒュォ……ッ! じ、じゃあ本題に入るね)
怒りで気が狂いそうな俺に、菅ヶ田はゆーーーっくりと息を整えながら告げる。
(小説は作者とキャラクターの共同作業だと言ったな……あれは、嘘だ)
(は?)
仰々しいトーンで拍子抜けするようなことを言われ、間抜けな声が漏れた。だって、それは……
(嘘というか、それだけじゃ説明が足りなかった。もう一人、共作者がいるのを忘れていたんだ)
(わかってるよ! 読者のことだろ!?)
(それは……そう! 読者だ! 読者の声は時として、作者が次の展開を考える際の参考とされ、作品に影響を与えることがあるんだよ。実はまさに今回、作者は読者のコメントを見て展開を変えたんだけど……フフン、どうせ気付いてなかったでしょ?)
だから気付いてたって! 誰でもわかるよ、あんな露骨な流れだったら!
だから早く、時を進めて……
(! そうか、気付いていたのか。さすが腐っても名探偵。それに比べてアタシは……自分からアンタの味方を名乗りながら、わざとでないとはいえ、結果的にアンタに嘘を吐くような形に……違うな。この期に及んでアタシは言い訳ばかり。こんなことじゃオタクに優しいギャルだなんて……)
(だがら゛今じゃな゛いぃ! 今じゃ……ヴォエッ!)
(だ、大丈夫か葉栗!? 気分が悪いのか!? 何かアタシにできることは、)
(お願いだがら早ぐじでぇ)
なるほど。時は止まっていても、涙は流れるものらしい。新しい発見だ……月代のうまい棒がふやけ、フニャい棒へと変わってゆく。
(……ごめん、まさか泣いちゃうなんて。さすがに悪ふざけしすぎた。いい? すぐに時を進めるから、もう涙は我慢しな。できる?)
(う゛ん……だいじょぶ……ありあと……)
その後菅ヶ田の言ったとおりすぐに時間は動き出し、無事、無間地獄から生還を果たした。
俺は慌てて腕で涙を拭き、助けてくれた菅ヶ田に一瞬感謝しかけたが……いや待て。そもそも地獄で一時停止ボタンを押したのは菅ヶ田じゃないか。普段は散々酷い扱いをしておきながら、たまに優しくして縛り付けようなんて、DV彼氏と同じやり口だ! 俺は騙されたりなんて(ほんとごめんね。これからはもっと優しくするから)うん。ありあと。
そんなこんなで、俺はひっそり菅ヶ田沼にハマりつつ、スイカ(?)割り勝負は幕を閉じた。




