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10年越しの愛に、もう一度名前をつけるなら___  作者: きなこ


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3/9

3

それからしばらくして。




ある夜。


司が珍しく屋敷へ帰ってきた。


酷く酔っていた。




「……夏希?」


「司さん?」




司は酔っていて。


目の前にいる夏希を愛人の一人と勘違いしていた。




その夜。


二人は初めて、夫婦として一夜を過ごした。






けれど翌朝。





司には、その夜の記憶がほとんど残っていなかった。


「……俺、昨日帰ってきたのか?」


「うん」


「何かあった?」



夏希は司を見つめた。



そして。


「……何も」


そう答えた。






数週間後。

夏希は自分の身体に変化を感じた。



夏希は一人で産婦人科を訪れた。




「妊娠しています」




医師の言葉を聞いた瞬間。


夏希は胸元を押さえた。




「……私が?」


夏希は言葉を失った。




十年間。


一度も夫婦として触れ合うことがなかった。


それなのに。


たった一度。


その一度だけで。





自分のお腹には、司との子どもがいた。




嬉しかった。


すぐに恐怖へ変わった。





愛人たちはどうするだろう。


「正妻の子どもだから」と。



自分たちの子どもの立場を守るために、この子を利用するかもしれない。




そして。


司自身はどうする?




十年間、自分を愛さなかった男。




自分の存在すら疎ましく思っている男。




そんな司が。


この子を本当に愛してくれる保証なんてない。


「……駄目」





夏希はお腹に手を当てた。


「この子だけは、誰にも傷つけさせない」


それから。


夏希は誰にも妊娠を告げなかった。




家族にも。


使用人にも。




そして。


司にも。





海外にいる司から連絡が来ても。


いつも通りに返した。


『体調は大丈夫か』


『はい。大丈夫です』




本当は。


毎日、吐き気に苦しんでいた。





それでも。


司には何も言わなかった。





数ヶ月後、司がまた海外出張に出た。


夏希は出産の日を迎えた。





「頑張ってください!」






産声が響く。


「……女の子です」





小さな赤ちゃんが胸元に置かれる。






夏希は涙を流した。


「……可愛い」




小さな手を握る。


「あなたは、私が守る」






その子に。


『美桜』


という名前をつけた。






司には知らせなかった。




そして。


美桜を守るため。


夏希は決断する。


司と離婚する。




以前。


司が苛立ったように差し出した離婚届。





夏希にとっては。


司から「もう必要ない」と言われた証だった。




それでも。



今は、それを使うしかなかった。




夏希は自分の名前を書いた。




「……さようなら」


誰にも告げず。





美桜を抱いて家を出た。

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