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10年越しの愛に、もう一度名前をつけるなら___  作者: きなこ


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2/9

2

婚約式の日。



夏希は嬉しそうだった。


「司さん」


「何?」


「……これからも、よろしくね」


「仕事が忙しいから」




突然、司が言った。


「昔みたいにはいかないと思う」


「……え?」


「俺は神崎財閥を継ぐ立場だから」


夏希の笑顔が少しだけ消えた。




それでも彼女は頷いた。


「うん……分かった」




結婚式の日も、司は冷たかった。



それでも夏希は幸せだった。


ずっと好きだった人と結婚できた。


それだけで十分だと思っていた。





けれど。



結婚初夜。


司は彼女に背を向けた。


「今日は疲れた」


「……司さん」


「寝る」


「……うん」


夏希は小さく頷いた。



一人で涙を拭いた。




それでも翌朝には、笑っていた。


「おはよう、司さん」


「……おはよう」


「朝ご飯、作ってあるよ」


司は答えなかった。



ただ、ネクタイを締めて家を出た。




それが二人の結婚生活の始まりだった。


一年。


二年。


三年。



司はほとんど家に帰らなくなった。




仕事。


会食。


海外出張。




そして、いつの間にか女性の存在まで増えていた。



最初は一人だった。


やがて二人。


そして三人。


彼女たちは司の愛人だった。

そのうち二人には子どもまでいる。




そして、夏希に対しても少しずつ態度を変えていった。




最初は遠慮していた。


けれど、司が自分たちの言葉を信じてくれると分かってからは、どんどん大胆になった。




ある夜。


神崎家で夕食を取っているときだった。


「司さん」


一人の女性が司の隣へ座った。




「この前買ってくれたバッグ、本当に嬉しかった」


「そうか」




「今度、一緒に旅行行こうね」


「時間が合えばな」





そんな会話を、夏希が同じテーブルにいる前でする。





ある日など、一人の女性が司の隣にぴったり座った。




「司さん、こっち座って」


「……ああ」


夏希は向かい側に座っていた。





女性が司の腕に自分の腕を絡める。




「ねえ、私の誕生日、覚えてる?」


「もちろん」


「じゃあ、何が欲しいか当てて?」


「また高いものをねだるつもりか?」


二人が笑う。




夏希は黙って食事をしていた。





箸を持つ手が、震えていた。


それでも司は気づかなかった。


いや。


気づいていたのかもしれない。


けれど、見ないふりをした。





「夏希さんって、本当に静かですよね」




愛人の一人が言った。


「司さんが他の女性とこんなに仲良くしてても、何も言わないなんて」




夏希は笑った。




「……言っても、仕方ないので」


「ふふ。物分かりがいいんですね」


女性は嬉しそうに笑った。




司はその会話を止めなかった。


むしろ心の中では、こう思っていた。





――夏希は、やっぱり俺に興味がない。


昔届いた手紙の言葉が、何度も頭の中に蘇る。



だから、司はますます夏希から離れていった。



夏希の誕生日も忘れた。


結婚記念日も忘れた。


ある年の誕生日。


夏希は一人でケーキを買った。


司が帰ってくるかもしれないと思って。


けれど、夜になっても帰ってこない。



時計が零時を回った。


「……今年もか」


夏希は一人で笑った。




翌朝。


ニュースサイトに司の写真が載っていた。


愛人の一人の誕生日を祝うため、高級レストランで食事をしたという記事だった。



夏希は画面を閉じた。



「……私の誕生日は、忘れてたのに」




その言葉は誰にも届かなかった。


そんな日々が続いた。




そして、ある出来事が決定的な亀裂を作った。


三人の愛人たちは、夏希に何度も嫌がらせをした。




「司さんは私を一番愛しているの」


「あなたはただの政略結婚の妻」


「早く離婚すればいいのに」




夏希が反論すると。


「司さんに言いつけるから」


そう脅された。




そして実際。


司の前では泣きながら訴える。




「奥様にいじめられました」


「子どもを産んだ私たちを邪魔者扱いされたんです」



司はそれを信じた。




「私、そんなことしてない」


「じゃあ、彼女が嘘をついてるっていうのか?」


「そうじゃなくて……」


「もういい」



冷たい声だった。


「お前はいつもそうだ」


「……え?」


「自分は悪くないって顔をする」



夏希の目に涙が溜まる。



「司さん……」


「俺たち、もう無理なんじゃないか」


夏希の呼吸が止まった。




司は書類を取り出した。


離婚届だった。


「これ」


「……離婚届?」


「ああ」


「なんで……」


司は少し黙った。




本当は。


これを渡すのが怖かった。


けれど、夏希に愛されていないと思い込んでいた司には、それ以上この結婚を続ける意味が分からなくなっていた。



「俺といるのが嫌なら、これに名前を書け」


「……司さんは?」


「俺はもう書いた」



その言葉が、夏希の胸に突き刺さった。


司は続けた。


「お前は自由になればいい」



本当は。


「俺から離れてほしくない」と言いたかった。


でも言えなかった。


愛されていないと思っていたから。




夏希は離婚届を受け取った。


けれど、その場では書かなかった。

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