9 お守り
次の日、ミオは、平日だと言うのに店の前で誰かを待っているケビンを見つけた。
「おはようございます。今日は、どうしたんですか?」
「ああ、おはよう。えっと、これ」
急に差し出された小さな包みに戸惑っていると、ぶっきらぼうに押し付けられた。
「早く受け取れよ。学校に遅れるだろ。その…、ばあちゃんを助けてくれたお礼だ」
「ばあちゃん?」
「花屋のばあちゃんだ。俺、あの人には恩があるんだ。じゃあな」
ミオが返事する前に、ケビンはさっさと自転車を漕ぎ出した。手元に残った包みを開けると、中には赤色のしずくが揺れるイヤリングが入っていた。
「あら! 良く手に入ったわね。それって、今話題のお守りなんでしょ?」
後からやってきたアンリが興味津々に声をかけて来た。ケビンにもらった物だと告げると、ふと優し気な表情になって、頷く。
「そう。ケビンはダーラさんにお世話になっていたからね。あの子も律儀ね。でも、それって、とても人気があって手に入りにくいって話だから、落とさないようにね」
その日、仕事を終えたミオは、きれいな赤色のしずくを眺めながら考えていた。確かにこのイヤリングからは魔力を感じる。だけど、それだけではない、何かが感じ取れるのだ。
「なんだろう、この感じ。悲しい? 苦しい? う~ん」
そしてついには、何かを思い立って、すぐさま教会の屋根まで飛び出して行った。
「おう、今日も来たのか?」
「そうなの。ちょっと教えてほしくて」
「ちょうどよかった、俺も…いや、それで、何を知りたいんだ?」
「これ、見てくれる?」
「へぇ、こんなものどうしたんだ? 今はやりのお守りなんだろ?」
片眉を上げてからかってくるのはネロだったが、ミオからケビンからもらったと告げられると、鼻白んだ。そんなことにはお構いなしのミオは、その赤いしずくをじっと見つめながら困惑したように呟いた。
「お守りなのに、悲しそうとか苦しそうとか、そんな感じをうけるのはどうして? なんていうか、きのこが生えそうなジメっとした空気を感じると言うか…」
そう言われると、ネロも再び赤いイヤリングに向き合った。
「確かに、よく見るとなんともいえない辛そうな感情が紛れ込んでいるな。これは…。これ、どこで作られてるんだろ」
「ケビンに聞けば、分かるかもしれない。明日はケビンがバイトに来るから聞いてみるわ」
ネロの表情は険しいままだった。ミオですら感じる違和感。その悲壮感も気になるところだが、一つ一つに込めるにしては、この魔力の量は多すぎる。これを作っている、いや、作らされている魔法使いが心配になるほどだ。
次の日、ケビンがのんびり亭にやってくると、早速ミオが問いただした。
「え? このお守りの店? 確か、オールドリッチだ。姉貴がその店の近くで働いてるんだ。ばあちゃんには、俺たち姉弟とも世話になってたからな」
「オールドリッチって、どこ?」
そんなことも知らないのかとあきれ顔になりながらも、教会の裏山のちょうど反対側になると告げた。ミオの視線は、教会の裏山に向かう。その時ふと、ネロから何か山に関することを言われていたような気がしたが、それ以上の事は思い出せなかった。
店が開店すると、休日は朝から大忙しだ。ランチタイムを終えると、やっと客足が治まって、ケビンが遅いランチを食べていた。のんびり亭の賄いは、お店の隅でお客に混じって摂っている。そんなケビンが急に大きな声を出して、ミオたちを驚かせた。
「どういうことですか!」
「そうよね。私だって、そんなことしてほしくないんだけど、主人が勝手に決めてきたのよ」
相手は花屋のセイジーだった。アンリも二人の様子を伺っている。ミオは心配になって水を注ぎに行くふりをして二人のテーブルに行ってみた。
「あの、何かあったんですか?」
ケビンがむっとしながら、ランチのピラフを口いっぱいにかき込んでいる横で、ため息をついたセイジーが驚くような話を聞かせた。
「ええっ! ダーラさんを施設に入れるって? ダーラさんはそれでいいって言ってるんですか?」
「おい、どういうことだ? 今、ダーラさんがどうとか聞こえたんだが」
ぬぅっと顔を出したのはネロだ。いつの間にかケビン達の席の隣に来ていた。
「みんなが驚くのも当然よね。私だって、そんなことしてほしくなかったもの」
「ちょっとジョージさんに会ってくる」
そう言い残すと、ネロはすぐさま席を立った。それを見送りながらも、セイジーは諦めきった様子でため息をつくだけだった。
その日、仕事を終えると、ミオとケビンは、その足で花屋に向かった。どうしてもダーラのことが気になったのだ。
「おお、お前たちも来たのか。今、みんなで話し合いをしているんだ」
迎えてくれたのはネロだった。よく見ると店の奥でジョージとアントニー、それに文具屋のトーマスと会計事務所のフランシスもひざを突き合わせて話し合っていた。ネロは、二人には奥の部屋を勧めず、店のカウンター横にあったスツールを勧めてこれまでの話を聞かせた。それによると、ジョージは、ダーラの症状が進むと周りに迷惑をかけると気にしているとのことだった。それを聞いた会計事務所のフランシスが、施設を紹介しようとしていたのだが、バーのアントニーやトーマスは、ダーラの希望を聞いておくべきだと話しているという。
「みんなの気持ちは有り難いが、ずっとばあさんの世話をしているセイジーが心配なんだ。あいつまで倒れてしまったら、生活もままならないんだ」
「じゃあ、まずはセイジーさんの意見を聞きましょう。それから、ダーラさんの意見もね」
冷静なアンソニーがそういうと、ジョージも唸ってしまった。
「あの…、私は、おばあ様と一緒に暮らしたいんです。確かに大変だけど、周りにご迷惑をおかけするかもしれないけど、やっぱりこの花屋はおばあ様が居てこそだと…」
不意に奥の部屋に続くドアが開いて、ダーラがやってきた。
「まぁ、みんな揃ってどうしたの? 困りごとなら私が聞くわよ。セイジー、お茶の用意をお願いできるかしら」
「おばあ様。ええ、そうですね。すぐに準備します」
セイジーの顔がぱっと明るくなって、すぐに台所に走っていった。ダーラは店先で心配そうに佇んでいたミオとケビンを見つけると、ぱっと笑顔になって声をかけて来た。
「あら、ケビンじゃないの。久しぶりね。随分背が伸びたわね」
「ばあちゃん、俺、もう16だ。いつまでも子供じゃないんだよ。それより、俺がバイトに入ってる週末、来なくなっただろ? 客が多いからって遠慮しなくていいんだぞ。いつでも来てくれよ」
ダーラはほほほと楽し気に笑うと、分かったわと頷いた。セイジーがお茶を運ぶと、ミオやケビンも手伝って、突然のお茶会が始まった。さっきまでの重苦しい空気は霧散し、ほっこりとした温みがそれぞれの胸の中ににじみ出る。
「ジョージさん、やっぱりあの話は一旦ストップしてくれよ。知っての通りもうすぐ家に赤ん坊が生まれるだろ?嫁さんが、ばあちゃんのこと頼りにしてるんだよ」
それまであまり口出ししていなかった文具屋のトーマスが、カップを包み込むようにして照れ臭そうにぽつりとつぶやいた。そこにセイジーも続く。
「そうでしたね。おばあ様も、赤ちゃんに会うのを楽しみにされていましたものね」
「ふふふ。楽しみよね。赤ん坊は、そこにいるだけで皆を笑顔にしてしまうわ。私みたいな年寄にも、手助けせねばという気持ちを抱かせてくれる。生きる気力が湧いてくるのよね」
「あの…、ダーラさんだって。私のお給仕がうまくなったって、褒めてくださると、もっとがんばろうって気持ちが湧いてきます。私、ダーラさんが声をかけてくれなかったら挫けていたかもしれません」
ミオが遠慮がちに言うと、アンソニーが深く頷いてジョージの肩に手を置いた。
「ジョージさん。ダーラさんはこの街になくてはならない存在なんですよ。花屋のおばあ様じゃなく、この街の皆のおばあ様なんです」
ジョージは、そんなアンソニーの言葉に驚いたような顔になっていたが、集まった面々を見回して行くうちに、答えを見つけ出したようだ。
「みんな、ありがとう。これからまだまだ世話になることになるだろうけど、よろしく頼む」
ジョージが頭を下げると、皆から拍手が沸き起こった。
つづく
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