8 墓場でのお茶会
ミオを震え上がらせた墓地でのお茶会が終わると、ダーラは意外にも素直にミオと連れ立って花屋に帰ってきた。花屋には、心配して探していた文具屋のトーマスやバーのアントニー、ジャック、そしてのんびり亭のマスターとアンリも集まっていた。
「おばあ様! ご無事だったのですね。良かった!」
ダーラの姿を見るなり、セイジーは飛びついてその小さくなった体を抱き締めた。その横には、主人のジョージもしわくちゃの顔を涙で濡らして喜んでいる。街の人々もわっと歓声を上げて喜び合った。
「ミオちゃん、ありがとな。アンタが見つけてくれたんだろ。そこら中探し回ったんだが、見つからなくて、途方に暮れてたんだ。ところで、いったい婆さんはどこに居たんだい?」
「教会の裏の墓地にいらっしゃいました」
「そうなの! 今日はミオちゃんが、旦那様と一緒にお茶をしてくれたのよ。ねぇ」
ミオの言葉にかぶせるように、ダーラは嬉しそうに答えた。その一言で、辺りは水を打ったような静けさになってしまった。
「ま、まぁ、無事で帰って来れたんだ。外は寒かっただろう。セイジーさん、家の中でゆっくりさせてあげなよ」
「みなさん、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
セイジーは帰って行く街の人たちに頭を下げて回ったが、アンリがそっとその肩を抱きとめて、囁いた。
「気に病まないで。みんな自分の意志でやってるんだもの。謝罪じゃなくて、ありがとうって言ってあげて」
「あ、はい。みなさん、ありがとうございました」
「いいってことよ。またいつでも言ってくれよ」
「今度は絶対俺が見つけるからな!」
遅れて来たジャックがおどけて言うと、皆はワッと沸き立った。
食事を済ませベッドに入る頃には、ダーラは何事もなかったかのようにいつも通りになっていた。心配してダーラの部屋まで様子を見に来たセイジーは、本棚から少しだけ飛び出している物を見つけ手に取ってみた。それは、ごくありふれたノートだった。
「なにかしら?」
なんとなく気になってページを開くと、それはどうやら誰かの日記のようだった。ぺらぺらとめくっていくと、しおりが挟まれた場所があり、自然とそこでページが止まった。
―12月10日 曇り 冬に晴れの日が少ないのはいつものことだが、今日は、そんなことを忘れるような出会いがあった。あの人は、まるで陽だまりみたいな人だ。見ているだけで心が温かくなる。また、会えるだろうか。見たところ、侍女のようだったが、どちらの貴族に仕えているのだろう。―
―12月17日 曇り あれからずっと会えなかった彼女に、やっと会えた。まだ声をかけるなんてことは出来ないけど、遠くからでも彼女の姿が見えると、なんだかそわそわする。世間はクリスマスに浮かれているが、騎士の自分には関係のない世界だ。だが、今年は自分も、彼女のために祈ろう。幸多かれと。―
―12圧24日 雪 本当に本当に神はおられるのだろうか。こんな奇跡が起こるなど、想像もしていなかった。あの陽だまりのような笑顔が、自分に向けられるとは。思い出しても頬が熱くなる。クリーブランド家の護衛の任務が永遠に続けばいいのに。―
随分古い言葉遣いだと思った。もちろん、それに見合うだけあって、ノートも年季を帯びた茶色に染まっている。
「これは、お義母様の物ではなさそうだわ」
そっとベッドで寝息を立てているダーラの様子を見る。深いしわの刻まれたその顔は、それでも、笑顔が作った笑いじわだ。最近は俳諧が始まって、驚かされることが多いセイジーだが、このしわくちゃの笑顔にいつもやられてしまう。
「お義母様、目が覚めたら昔の恋バナ、教えてくださいね」
そういうと、ノートを元の場所に戻して、そっと部屋を後にした。リビングに戻ると、ジョージがいつになく険しい顔で座っていた。
「お義母様、ご無事で良かったわ。もうぐっすりお休みになって…」
「なぁ。おふくろ、どこか施設に預けようか」
セイジーにはジョージの言葉の意味がすぐには飲みこめなかった。あの家族想いのジョージが住み慣れたこの家から母親を追い出すというのか。困惑するセイジーをちらっと見て、なお険しい顔で続ける。
「これ以上、君に負担を掛けられないだろ。街の人にも迷惑をかけてしまうし」
「どうして? 私はなにも…」
「いいんだ! 今まで支えてきてくれた君にこれ以上辛い思いをさせたくないんだ」
「そんなこと…」
頭の中がチリチリと痛みだす。胸の中で仕えていた物が吹きあがってくるような気持ち悪さに、セイジーは言葉を発することができなかった。
「まずは施設を探してみようと思う。君も心当たりがあれば調べてくれ。今日はもう疲れただろ。明日も仕事がある。早く休んでくれ」
ジョージはそれだけ言うと、席を立った。ポツンと残されたリビングに突っ立ったまま、セイジーは途方に暮れていた。
一方、花屋を後にしたアントニーは、そのまますぐバーを開店させていた。そこに、慣れた様子の男がやってきて、カウンターに腰を下ろす。
「店長、水割りちょうだい」
「ネロがお酒なんて、めずらしいな。どうしたんだ?」
「べ、べつにいいじゃない」
言葉を濁す青年に、店長はそっとグラスを勧めた。ネロにとって、ダーラはのんびり亭の常連仲間だ。いつもの店で、いつもの顔ぶれで、いつものコーヒーを飲む。他愛ない世間話を少しと、朗らかな笑顔に、その日の活力をもらっていた。この街にふらりとやってきたネロが、アントニーと出会えたのも、ダーラの口利きがあったからだ。
「最近、のんびり亭の若い子と交流があるんだろ? あの子はいい子だね。ダーラさんを見つけたのも、彼女だった。俳諧で不安がっているかと思ったら、墓場で一緒にお茶会していたって、ダーラさん、嬉しそうに笑ってたよ」
アントニーは、その時のことを思い出して口元を和らげた。それにつられるようにネロの眉も下がる。
「そっか。ばあちゃん、笑ってたのか」
目の前のグラスを軽く揺らすと、カランっと心地よい音が響いてネロの気持ちを和らげた。
「…あいつ、やるなぁ」
そ知らぬふりでグラスを磨きながら、ちらっとネロに視線をやると、その顔には笑顔が浮かんでいた。
つづく
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