7 老婦人ダーラ
翌日から、魔法科の生徒たちの姿を見ることはなかった。どうやら学校から厳しく指導されたらしい。魔法使いを探し出すなど魔法使いを傷つける行為は、学校にとっても死活問題になりかねないのだ。
のんびり亭はいつも通りの穏やかな朝を迎えていた。
「いらっしゃいませ」
「おはよう。今日もいいお天気ね」
花屋の老婦人ダーラが、今朝も一番乗りで店にやってきた。公園に近い窓際の席に座ると、気持ちよさげに公園の木々を見上げるのが日課だ。
「ミルクティをお願いね」
いつものように穏やかな笑みを浮かべて注文するが、その服装に店の誰もが戸惑っていた。パジャマ姿に素足、片方はサンダル、もう片方はローファーを履いているのだ。紅茶が運ばれる頃になると、花屋の奥さんセイジーさんが、慌てた様子で店に顔を出した。
「あの、おばあ様はこちらに来ていませんか?」
「ええ、いらっしゃいますよ」
それを聞くと、すぐに店内に駆け込んだセイジーは、のんびり紅茶を楽しんでいるダーラを見つけた。
「おばあ様、そんな恰好で外に出られては困ります」
「あら、セイジー。そんなに慌ててどうしたの? せっかくだからこちらに座りなさいな。一緒にお茶にしましょう」
「おばあ様…。旦那様が心配なさっています。それに朝は肌寒いですから、一旦お家に帰りましょう」
「ふふふ。心配性ね。今紅茶が来たところだから、これをいただいたら帰るわ」
セイジーの慌てぶりも気にならない様子で、紅茶を楽しむダーラに、セイジーは大きなため息を漏らした。
「セイジーさん、マスターからです。どうぞ」
ミオが紅茶を持って来ると、申し訳なさそうに厨房に会釈してセイジーも席に落ち着いた。厨房に戻って不安そうにするミオに、アンリはそっと頷いた。
「人は、だれでも年を取るわ。疲れやすくなるし、身体のあちらこちらにガタが来るの。ゆっくり弱っていくのは仕方がない事なのよ。ダーラさんの状態は、たぶん自然なことなの。でも、何もかも分からなくなったわけじゃないわ」
「はい。今朝もやさしく声をかけてもらいました」
ミオが答えると、アンリは微笑んでみんなで見守っていこうと励ました。しばらくすると、セイジーがダーラを連れて席を立った。
「おばあ様、お昼はおばあ様の好きな魚のパイを焼きましょうね」
「まぁ、嬉しいわ。ジョージもきっと喜ぶわね」
ウキウキと楽しそうなダーラの背中にそっと手を添えて、セイジーはマスターに会釈して店を出た。その後ろ姿には、疲労感が漂っていた。入れ替わりに店に来たネロが、二人を振り返ってミオに事情を聞きたそうな視線を送ったが、眉を下げ困ったように笑みを浮かべるミオを見て、なんとなく事態を察したようだ。
「あ~、腹減った。もうランチはやってる?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
気持ちを切り替えて対応するミオに、こっそりと耳打ちした。
「おい、今日の仕事上がりにいつものところに来いよ」
面食らった様に目を見開いて顔を赤くするミオに、慌てて付け足した。
「お、おまえ。変な勘違いするなよ!」
その日、仕事が終わると早速教会の屋根に向かったミオは、ネロから意外なことを言われた。
「前にここに来たとき、山の方で何かが動いているのが見えたって言ってただろ? それって、どのあたりだった?」
「えっと、教会の真後ろの山の中腹辺りだったと思うんだけど。あの、それがどうかしたの?」
「ん、見習いのお前にはちょっと荷が重い話なんだが、人手が必要なんだ。手伝ってくれないか?」
「お仕事の時間以外だったら、手伝えるよ。私でできること?」
「ああ。この位置から森の中の動物の動きに気が付ける能力があれば十分だ」
ネロの話によると、7年前、クリーブランド伯爵家に色素の薄い金髪の双子が生まれたという。その片割れが突然居なくなって行方不明だという。クリーブランド家は、魔法使いの血統であることをひた隠しにしながら、優秀な人材を多く輩出していて、国王の覚えも良いと言う話だった。双子はブルーノという男の子とブレンダという女の子で、残されたブルーノは、最近になって、ブレンダの居場所はこの街だと告げたそうだ。
「そんなことが分かったりするの?」
「俺もよく分からないが、双子の魔法使いは、それぞれの居場所や状況が手に取るように分かるって話だ。こんな田舎町じゃ小さな子供が来たらすぐに話のネタになるだろ? だけど、そんな話は聞いたこともない。そこで、この前のお前の話を思い出したんだ」
「え? まさか、山に住んでるってこと? 7歳の女の子が?」
ネロは呆れた様にミオを諭す。
「生まれたばかりで行方不明になってるんだ。もし生きてるなら、当然犯人が一緒にいるはずだ」
「でも、どうしてそんなことを…。誘拐事件なら、身代金を要求するよねぇ」
「そこだ。ミオにしちゃあ、よく気が付いたな。犯人の目的は貴族からお金を奪う事ではない。しかも、手のかかる赤ん坊を狙ってまで欲しい物。それは、魔法使いの力だ」
「でも、伯爵家ではそのことを隠してるんでしょ?」
考え込むミオの頬を、風がなでていく。山影が伸び始め、もうすぐ日が沈むのだ。ネロは自分が調べてきたことを簡単に話して聞かせた。
クリーブランド伯爵家は、遠い昔にも色素の薄い金髪の双子が生まれていた。国中に疫病が蔓延した際には、その双子の膨大な魔力で被害を抑えられたとの事だった。もちろん、それは魔法使いだけが知る歴史だ。しかし、当時の国王に気付かれてしまった。当時の国王はクリーブランドに感謝して、報償を取らそうとしたが、魔法使いを気味悪い存在だと考える国民性から、当主は絶対的な秘密とするよう要求したのだ。
「ミオ、今振り返ってみて、何か見えるか?」
ネロに言われて山に目を向けるが、その日、ミオが山の中に何かを見つけることはなかった。
マスターの家まで戻ってくると、アンリが声をかけて来た。
「ミオ、ダーラさんを見なかった?」
「ダーラさん? 帰り道では見なかったです」
「そう。どうやら家を出たまま帰って来ないみたいなの」
アンリの表情で、その深刻さを察したミオは、離れの二階に駆け上がって、そっと上空に飛び立った。日は暮れ始めているが、まだ夕陽の残りの光で人を探すことは出来そうだ。
ダーラの行きそうなところを思い描き、ミオはのんびり亭の近くを探し回った。公園や花屋の裏通り、少し離れた駅前にも寄ってみた。辺りはゆっくりと光を失い、上空からは探せないほどになってきた。ミオは空から探すことを諦め、人気のない教会の裏に降り立った。そこは、今まで見たことの無い場所、墓地だった。街灯の無い墓地に誰かの話し声がして、ミオは思わず飛び上がった。じっと聞いていると、どこかで聞き覚えのある声だと気付く。
「あの、その声は、ダーラさんですか?」
「あらあら、どうしたの? 今ね、主人とお茶してたのよ。ミオちゃんも一緒にいかが?」
ミオはすぐには答えられずに、戸惑ってしまった。
つづく
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