5 都会からの訪問者
翌日、穏やかな平日のランチタイムも終わりに近づいたころ、ちょっとした事件が起こった。見慣れない女学生が三人、やってきたのだ。彼女たちはこの田舎町ではあまり見かけないしゃれた服装で楽しそうにしゃべりながら、公園の傍の席を陣取った。ミオがカップに水を注いで持って行くと、じろっとその姿を見上げて眉をひそめた。
「ちょっと、それってこの辺りの井戸水なんじゃないの? 客に出すなら清水を出しなさいよ」
「え? あの、これはお店のサービスですので、種類は選べないんです。申し訳ないのですが、メニューに清水はございません」
清水とは、王都で流行の魔道具で作られた水のことだ。白魚のような長い指に、きれいに伸ばした爪、輝くような明るい金髪は美しくカーブを描き、少し吊り上がったブルーグレイの瞳は高圧的な光を称えている。ミオは、初めて見る都会の女子に思わず見入ってしまった。すると、連れの女子がくすくすと笑いだした。
「グレイス様、こんな片田舎の子には、無理なお願いではありませんこと?」
「そうですわ。早くメニューを決めましょう?」
二人に往なされて、幾分機嫌を直したグレイスは、この店で一番高い料理を注文した。他の2人もそれに従ったので、ミオはそっと胸をなでおろして厨房に戻っていった。
「どうかしたの?」
アンリが心配そうに声を掛ける。気づくと、厨房のマスターもこちらを注視していた。ミオが事の顛末を離すと、アンリとマスターは目配せして、後の対応はアンリがすることになった。
「いらっしゃいませ。ご注文のとろけるビーフシチューはディナーのメニューとなっております。こちらのランチメニューから選びなおしていただけませんか?」
「あら、そんな注意書きはなかったじゃない。私はビーフシチューが食べたいの。いいから作ってちょうだい」
「そうですか。今から仕込みに入りますので、出来上がりは夕方4時になるかと。それでもよろしいですか?」
「はぁ?」
アンリとグレイスの言い合いに、連れの二人もハラハラし始めた。
「あらあら、困りましたねぇ。でもお嬢さん方、こちらのお店のフィットチーネのボロネーゼ、とってもおいしいのよ。こちらを召し上がってみられてはいかが?」
不意に声をかけてきたのは、花屋の老婦人ダーラだった。キッとグレイスに睨みつけられてもどこ吹く風。ダーラは笑顔で付け加えた。
「貴族学校の魔法科の生徒さんでしょ? 懐かしいわ。私も卒業生なのよ」
「まぁ、先輩なのですね。こんなところでお目に掛かれるなんて驚きましたわ」
「ええ、本当に。では私はそのボロネーゼをいただきますわ」
グレイスの連れのメイジーとミリーは、慌ててその話題に飛びついた。
「では、ボロネーゼ三つでよろしいですね?」
グレイスの注文を聞く前に言い放つと、アンリはさっさと厨房に帰って行った。そして、出来上がったボロネーゼを差し出されると、グレイスが文句を言う前に、連れの二人がさっそく食事に取り掛かり、「おいしいですわ。麺がもちもちしていますもの」と口々にほめたたえた。コクのあるボロネーゼの香りがふわっと広がり、お腹の虫がきゅるりと鳴いた。文句を言いたげなグレイスだったが、思わずフォークを手に取った。
お腹が満たされた三人は、今日、ここに来た目的について話し出す。
「こんなところに、本当に魔法使いがいるのかしら」
「でも、先ほどのおばあ様も魔法科を卒業されているのだし、魔法使いもいらっしゃるかもしれませんよ」
「そ、そうですよ。少し、街を散策してみませんか?」
『魔法使い』の言葉に思わず反応しそうになったミオだったが、グレイスの態度に気圧されて言葉を飲み込んだ。そのうち、二人に促されて、グレイスもしぶしぶ立ち上がった。
「あら、魔法使いを探しているの? 学校の課題にそういうのがあったかしらねぇ」
「課題? これはほんのお遊びよ。魔道具がたくさんできているこんな便利な時代に、大昔の生き物がまだ存在しているかどうかって話。私たちがわざわざこんな田舎に足を運んだのも、噂を聞いてきたからよ」
「グレイス様ったら、またそんな言い方をなさって…。おばあ様は、お聞きになったこと、ありませんか?」
「さぁ、私は聞いたことがありませんよ」
高圧的なグレイスを宥めながらメイジーが問いかけるが、ダーラは困ったように微笑むだけだった。会計を済ませて店を出ようとしたメイジーは、ミリーがなんとなくそわそわしているように感じて、その視線を辿ると、先ほど店に入ってきた背の高い男性がいるのが目に留まった。頭からつま先まで真っ黒のその男性は、どうやら常連らしく、先ほどのダーラと談笑していた。笑うと八重歯がちらっと見えてなぜかクロネコを連想させる男性だ。
「ミリー様?」
「え? あ、あの。ごめんなさい。考え事をしていましたの」
そう微笑むミリーだったが、名残惜し気に店を出る姿に、メイジーはいたずらっ子の様に笑った。
「ふふふ。ご縁があったら、きっとまたお目に掛かれますわ」
そう言って、ミリーの頬を真っ赤に染め上げた。
ミオが客の注文を取りに行くと、八重歯を見せて黒づくめの男性が笑いかけた。
「がんばってるな。今日のランチを一つ頼む。それから」
男性は声を潜めて付け足した。
「あいつら魔法使いを探しているらしいが、絶対に関わるなよ。さっきも言ってただろ? 遊びで人を吊るし上げて、笑いものにでもするつもりなんだ。時代遅れのレッテルを貼ってな」
魔法使いであることをあまり難しく考えていなかったミオは、一気に不安になる。
「まあ、心配するな。俺だってそうなんだから」
軽い調子で笑うネロを見て、少し安堵を覚えたミオだった。その日から、仕事終わりの魔法の練習には、周りに注意を払って行う様になった。ベランダに出て、すぐにまっすぐ上昇し、出来るだけ高度を上げて飛ぶ。そして、山の教会の屋根にそっと降り立った。
「よお! お疲れ」
「あ、ネロさん。こんにちは」
「今日は大変だったな。最近多いんだよ。ああいう学生。魔法科って言っても、魔道具を動かす技術しか学んでないのに、自分は何でもできるような気になってる奴。あいつらは、魔道具が壊れたって直すことすらできないのに、魔法使いを時代遅れのように考えている。尊敬の念がないんだ」
憮然としたネロを横目に、ミオは下を向いて膝を抱えた。
「もし、私が魔法使いだってバレたら、どうなるの?」
「まあ、吊るし上げるんだろう。おまえなんか時代遅れだーとか言ってな。ああいう連中は一人では何もできないんだ。だけど、何人かのグループになると途端に歯止めが利かなくなる。ミオも気をつけろよ」
「分かった…」
魔法科の生徒は、学校で学ぶので、最新の技術を会得できるが、ミオたちは血で繋がっている。鍛錬はするが、新しい技術を学ぶわけではない。そうなると、時代遅れと言われる部分もでてくるのかもしれない。そう思うと、彼女たちに劣等感を覚えてしまうのだ。
「おまえさ。自分たちは時代遅れなんじゃないかとか、考えてるだろ」
するどい指摘に思わず目を見開いたが、ネロは笑い飛ばしていた。
「ばっかだな。そもそも奴らの使っている魔道具は魔法使いでなければ作れないものなんだよ。それに、新しい魔法は自分たちで工夫すれば作ることだってできる」
「え? 新しい魔法を作れるの?」
黒曜石のような瞳が光を称えてネロを凝視し、この背の高い若い魔法使いを慄かせた。
つづく
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