4 教会の屋根の上で
教会の屋根に辿り着くと、箒はおとなしく速度を落としてミオを下す。慎重に足を下したミオが顔を上げると、目の前に街が広がって見えた。その先には、海も見える。教会の後ろ側は山が連なっていて、山影が街に広がり始め、ぽつぽつと明かりがともり始めていた。
「こっちだ。ここに座りな」
「ありがとう」
ネロの言うまま小さな出窓の屋根の上に腰を下ろす。
「うわぁ、こんなに見渡せるなんて、知らなかった」
「だろ? ここは俺のお気に入りの場所なんだ」
「そうなんだ」
そのまま会話は切れたが、海を渡る風が頬をなでていくのを感じているだけで心地よかった。それにしても、どうしていきなり魔法が使えると分かったのだろう。この国では魔道具は流通しているが、魔法使いは冷遇されている。ミオは、一人暮らしをするにあたって、魔法が使えることは絶対に気付かれないようにと母からきつく言われていた。そっとネロの横顔を見たが、悪意があるようには見えない。
「あの…、どうして私が魔法を使えるって分かったの?」
「え? まぁ、なんとなくね。俺も同じだから」
まっすぐに街を見下ろしたまま、ネロがつぶやく。いい人なのか、悪い人なのか、図りかねたミオは、それ以上聞けない雰囲気になって、黙り込んだ。目の前は海、その手前に街が広がっている。そして、それを囲むように山が迫っている。その時、不意にミオはある一点に視線を止めた。
「あれ?」
そう言ったきりじっと山を見つめるミオを、不審に思ったネロもぐっと首を山に向けた。
「どうかしたか?」
「いえ、なにかが動いていた様に見えたんだけど…」
「ああ、山にはいろんな動物がいるからな。イノシシでも見たんじゃないか?」
「イノシシ? そんな大きな動物がいるの?」
飛びつくように迫るミオにあきれ顔が返す。
「そりゃおまえ、さすがにぞうやライオンはいないだろうけど、リスやねずみだけじゃないだろ」
「…そうか。じゃあ、イノシシじゃなくて、リスを見たことにする」
「はぁ、そうかよ。そんなことより、明日も仕事があるんだろ? ちょっとは気分転換になったか?」
「あ、うん! ありがとう!」
二人が再び石畳の坂へと降り立った頃には、辺りはもう薄暗くなっていた
「じゃあな。明日も頑張れよ」
そう言ったネロのお腹の虫がキューンっとなった。ミオははたと思い出して、カバンからパンを一つ取り出した。
「これ、お店のアンリさんにもらったの。二つもらったから、一つあげる。今日のお礼ね」
「え? いいのか? じゃあ、遠慮なく。サンキュ」
そう言ってにっと八重歯を見せて笑うと、ふいっと路地の陰に消えて行った。
「ネロ?」
ミオの声は、ただ雑踏にかき消された。ふと振り返ると、教会は随分と高い位置にあり、さっきまで二人が座っていたとは想像もできなかった。
翌日からは、また穏やかな時間が過ぎていく。週末に比べて、負担が軽い平日、仕事を終えたミオは、こっそりベランダで飛ぶ練習を始めることにした。手元にあるのは、母に作ってもらった自分用の箒だ。実家にいるときから、空を飛ぶことは出来ていたが、長らく魔法を使っていないと、感覚が薄れてしまう。
ベランダに出て箒にまたがると、自分の中の魔力の流れに集中する。そして…。
「飛べ」
箒がふわっと体を持ち上げる。ぐんっと高度を上げ、街並みを眺めながら一回り。上空の風が気持ちいい。遠く水平線まで見渡せるこの場所は、特等席だ。ミオは、ふいに初めて空を飛んだ時のことを思い出した。母の真似をして箒にまたがるが、ちっとも箒は言うことを聞いてくれなくて、大泣きした日だ。
「ミオ。箒が動かないことを嘆いていては、いつまでも飛べないわ。ほら、見上げてごらんなさい。あの真っ青な空を飛んでいる自分を頭の中に思い描くの。そして、強く思うの。飛ぶんだって」
懐かしい気持ちになりながら部屋に戻ると、夕食の支度を始める。こうやって火をおこすのも水を出すのも、すっかり慣れっこになってきた。いつの間にか、生活魔法に困ることはなくなっていたのだ。
「ミオ、手紙が届いてるわよ」
階下からアンリの声がして、ミオは慌てて階段を駆け下りた。
「お母さんからよ。もう手紙が書けるぐらいには元気になったのかしら。良かったわね」
「ありがとうございます!」
封筒の筆跡は確かに母ジュリエットだ。ミオは思わずスキップする様に階段を上がっていった。手紙には、ちゃんと周りの人に迷惑かけずに暮らしているか、ちゃんと食事をとっているか、そして、ちゃんと魔法の練習をしているかと、元気なころのままの調子でしたためられていた。そして、こちらはみんな元気にしているとも書かれていた。
「よかった。お母さん、調子が良くなってるんだ。ん?これは…」
その続きに気になることが書かれていた。実家近くにある貴族学校の生徒が何人かこちらの街に社会見学に来ると言うことだった。貴族学校には「魔力が使える子どもたちが通う魔法科」がある。彼らは次世代を担う特別階級として大切に保護され、ほとんど街中に出てこないのだ。と言っても、文明の利器を使った魔道具の扱い方を学ぶのだが。本当の魔法使いと呼ばれる者は、魔道具など使わずに魔法を使える。ただ、ほぼ遺伝によるもので、時代によっては排除の対象になったりして、人数が減り、ほとんど存在しないと思われている。
「へぇ~、ここにも来るんだ。でも、私には関係ないかな」
貴族学校に通う子女は、みな裕福な家庭の者ばかりだ。ミオなど相手にもされないだろう。そう思いながら、手紙を封筒に収めた。
つづく
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