3張り切りすぎて
次の日、店にやってきたミオは、早速アンリに呼ばれた。
「ミオ、紹介するわ。この子がケビンよ。フロアのことはなんでも教えてもらってね」
「ええーっ!」
「はぁ? なんでおまえがこんなところに!」
驚く二人を見て、アンリがよかったと笑っている。
「貴方たちもう知り合いなのね。じゃあ、安心だわ。ケビン、ミオの事、よろしくね」
「え? ぐっ、…はい」
「あら、なんか文句でもあるの?」
「いえ、…ありません」
アンリはその返事を聞くと、にんまりと笑って厨房へ向かった。それを見送って、ケビンがどう話しかけたものかと考えあぐねていると、ミオはさっさとエプロンをつけて、外回りの掃除に行ってしまった。
「ちっ」
へそを曲げながら、ケビンはいつも通りフロアの掃除にかかる。一方ミオは、外回りを掃きながら特大のため息をついていた。
「わぁ、最悪。なんであの人がいるのよ。しかもいきなり睨んで来るし」
ぶつぶつ文句を言いながら掃除をしていると、ほほほっと楽し気な笑い声がしてミオは慌てて声の主を探した。そこにいたのは、常連の老婦人だった。初めてフロアに入った時、温かく迎えてくれたのを覚えている。あの後、アンリから聞いた話では、彼女はダーラという名前で、この通りの花屋の御主人の母親だそうだ。
「おはようございます、ダーラさん」
「おはよう。今日もがんばってるわね」
そんな風に声をかけて公園に向かっていったが、その足元は、右と左で靴が違っていた。気に止めながらも掃除を終えて店内の準備に向かうミオは、いつもの様に仕事に追われてダーラの異変についてすっかり忘れてしまった。
ランチタイムに入ると、平日の静寂がウソのような忙しさになった。
「ミオ、3番テーブル片付けろ」
「ちょっと、注文聞いてくれる?」
「5番テーブル、パスタ上がったよ」
「ねえ、食後の紅茶はまだなの?」
「あっ。はい、今すぐ」
てんてこまいのミオの頭に大きな手が乗った。
「落ち着け! 注文と食事系は俺に任せとけ。お前は飲み物と片付けだ。それ、急げ!」
「あ、うん。ありがと」
場慣れしたケビンはとても優秀だ。次々注文を取っては食事を運び、手が空いたらレジまでこなしている。
―早い! 動きが全然違うー
ミオは負けん気を出して張り合おうとした自分が恥ずかしくなった。気が付くと、すでに陽が傾きかけていた。
「お疲れ様。ミオ、どうだった? 平日とは全然違って大変だったでしょ?」
アンリが労うと、大きく息を吐いて「はい」と答えるのが精いっぱいだった。一方ケビンは慣れた様子で、さっさと帰り支度を始めていた。
「お疲れ様です」
気が付くと、ケビンがさっさと自転車にまたがって帰って行くところだった。何か、言葉を掛けなければと思っていたミオだったが、何も言えないまま自分の部屋に帰ることになってしまった。晩御飯のパンケーキを焼きながらもミオはケビンの的確な指示を思い出し、「すごいなぁ」と思わず言葉を漏らした。悔しいけれど、でも、やっぱりすごい。明日はちゃんとがんばろう。そう決心してパンケーキを頬張った。
次の日も、きれいに晴れ渡った。きっとお客も多いはず。ミオは気合いを入れて石畳を登っていく。もう路地に目を向けることもない。例の路地からちらっとネロが覗いていたが、まっすぐに店を目指すミオはまったく気が付かなかった。
店に着くと、早速外回りの掃除を始める。途中で、ケビンがやってくるのを見つけると、ミオはさっとケビンの前に駆け付けた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします!」
「お、おう。おはよう」
元気な挨拶に驚きながらケビンが返事をすると、満足げに掃除に戻るミオだった。そして、予定通り大忙しの日曜日が慌ただしく過ぎて行った。
「おい、おまえ。新人のくせに出来もしないことをするな! 余計な事を考えずに自分の仕事に集中しろ」
「…はい」
ケビンからのキツイ一言に、言い返す気力もない。見かねたアンナが声を掛ける。
「ミオ。失敗は誰にでもあるよ。でも、今日の失敗は、誰かに頼っていたら避けられたよね。食器を引くときは、持てる分だけ。分かった?」
「はい。ごめんなさい」
その日、ミオはお皿を抱えすぎて、派手にひっくり返してしまったのだ。大皿3枚とコップ2個が廃棄処分となった。肩を落として帰り支度をしていると、後ろからやってきたケビンが、ぽんっと頭に手を乗せてニカッと笑うと、さっさと帰って行った。
とぼとぼと下る石畳。ふいに躓きそうになって体勢を立て直すと、そこにはネロが立っていた。
「おい、大丈夫か? おまえ、公園の横ののんびり亭の新人なんだってな。がんばってるそうじゃないか」
「え…どうしてそれを?」
「ああ、そりゃ、いろいろとね」
そう言って、ネロはニヤっと笑う。笑った時、少し長めの八重歯が見えた。
「その様子じゃ、ぼちぼち慣れてきて、失敗でもしでかしたのか?」
言い当てられたミオは思わず目をそらした。自分よりずっと背の高いネロの笑い声が頭の上から降ってくる。
「ん? おまえ、魔女なのか。じゃあ、ちょっと付き合えよ。飛ぶことぐらいできるだろ?」
「え?」
目を見開いて驚くミオの前に箒を差し出したネロは、坂道の先にある教会の屋根を指さした。
「こっちだ」
そういうと、いつの間にか真っ黒のマントを翻して一気に教会の屋根までジャンプする。もちろん、普通の人間に飛べる高さでも距離でもない。
「え? ええー? どういうこと?」
ミオは慌てて受け取った箒にまたがって、柄を握る手に力を込めた。
―さあ、飛んで!―
ミオの呪文で、箒はふわっとミオの体を持ち上げたかと思うと、ぐんっと加速してネロを追いかけた。
つづく
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