2 新しい街で
翌日はいいお天気に恵まれ、ミオは初めての休日を買い物に当てることにした。石畳の道をぐんぐん登っていくと、雑貨屋、洋服屋、文房具屋と続き、その先には八百屋、魚屋、肉屋が並んでいる。どの店もミオには目新しい所ばかりだ。文具屋を過ぎたあたりにキラっと何かが光るのを目の端に捉えたミオは、光の見える路地に足を踏み入れた。
そこにあったのは、小さなアクセサリーショップだ。小さいながらもきれいにディスプレイされたアクセサリーたちは、ミオを引き留めるのに十分の魅力を放っている。特に目を引いたのが、ブルーベルベットのふちに小さなクリスタルが縫い留められたチョーカーだ。中央には深い青の石がついている。お出かけ用のドレスに合わせると絶対素敵なはずだ。ついいつもの癖で鼻歌を歌いながら手に取っていると、後ろから声がかかった。
「いらっしゃい」
はっとして顔を上げると、背の高い若い男がミオに微笑みかけていた。体にフィットした黒のシャツに黒のズボン。左の耳には金のピアスが光っている。短くカットした黒髪にピアスと同じ金茶の瞳だ。
「お嬢ちゃん、見ない顔だね。最近越してきたのかい?」
「え? そ、そうです」
「へぇ。俺はネロってんだ。時々ここで店開きしている。気になる物はあったかい?」
―何? この人。馴れ馴れしすぎない? お母さんが言ってた一番気をつけなくちゃいけない人って、こういう人のことだ!―
ミオは思わず身構えた。
「それは、クリスタルガラスでできたチョーカーだ。本物の宝石みたいだろ? でも、宝石じゃないから、お手頃価格だ…。え? あれ?」
説明しながら値札を確かめていた男は、さっきまでそこにいた少女がすでにいなくなっていて驚いた。
「ふふ。面白いのが来たもんだな」
石畳を駆け上がっていく後ろ姿を眺めながら、ネロは楽し気に呟いた。
ミオは、気持ちを切り替えて日用品を買いそろえると、日持ちのしそうな野菜や果物を買いそろえた。最後に卵と肉を少し買い足すと、荷物を抱えて離れの部屋まで帰ってきた。荷物を片付けて一息つく。ベランダに洗濯物が気持ちよさそうに揺れているのを見て、ミオは外でお昼ご飯を食べることを思いついた。小さなテーブルと椅子をベランダに運び出し、目玉焼きの乗ったトーストと紅茶を運び出す。
「一度やってみたかったのよね」
思わず独り言が出た。ご機嫌で食べ終わると、ベランダの端まで行って、街の風景を楽しむ。今まで気づかなかったが、遠くに海が見えた。
「そうだ! お母さんに手紙を書こう」
ミオは早速便箋とペンを取り出して、ベランダのテーブルで手紙を書き始めた。
―なんて書こう。お店の人たちもお客さんも優しくしてくれてるって、知らせたいな。お料理もしてるってことも書かないと。―
少し書き始めたところで、ふわっと風が吹いて便箋が飛ばされてしまった。真っ青な空に白い便箋が舞い上がり、あっという間に通りの向こうへと飛ばされた。
「わっ、大変!」
ミオは慌てて通りの向こうへと回収に向かった。手紙は、通りかかった自転車のかごにふわりと落ちて、乗っていた少年を驚かせた。
「なんだ、これ? 拝啓、お母さん。私は元気でやってます。お店の人も優しく…」
「あ、それ。返してください!」
自転車にまたがったまま、手紙を読む少年に、とびかからんばかりに駆け寄ったミオは、少年の手元から手紙を奪い取った。
「なにするんだ。こっちは勝手に手紙が飛んできてびっくりしてたんだぞ。それを奪い取ったみたいな言い方して!」
「あ、ご、ごめんなさい」
「大体、さっきも通りを渡るのに、車が来ないか確かめもしないで飛び出しただろ。どこの田舎から出て来たのか知らないが、ここは都会なんだから、気をつけろよ。田舎娘」
少年はそれだけ言い放つと、さっさと自転車を漕いで通り過ぎた。しばらく走ってから、さっきの場所がマスターの家の傍だと気付いて、ちらっと振り向くと、しょぼくれた少女が、とぼとぼと通りを渡っているところだった。
「ま、まさか。あんなチビじゃないよな」
ちょっと言い過ぎたかなっと思いつつ、ケビンは家に向かって再び漕ぎ出した。
一方ミオは、再びベランダに戻って、手紙を書き始めた。ふと、ペンを止めて思い出すのは、さっきの少年の一言だ。確かに道路に飛び出したのは失敗だった。自分は、まだこの街に馴染めていないのだと突きつけられたようで、気持ちが沈む。カラ元気で綴った手紙をポストに入れると、陽が傾いていることに気が付いて、慌てて洗濯物を取り込んだ。
「こんな時でも、洗濯物を取り込む時の匂いと肌触りは気持ちいい。私って、単純なのかな。でも、がんばろう」
次の日、お店に向かって石畳を上がっていくと、昨日見つけたアクセサリーショプのあった路地を見つけてこっそりのぞいてみた。でも、そこには近所の猫がのんびり日向ぼっこをしていただけで、お店は出ていなかった。
気を取り直してお店に向かうと、さっそくお客さんがやって来た。
「やぁ、今日もいつもの朝食セットを頼むよ」
やってきたのは、文具屋の主人トーマスだ。もうすぐ奥さんに赤ちゃんが生まれるらしく、今は朝食をこの店で済ませている。
「いらっしゃいませ。朝食セット、承りました」
新しい家族を迎える期待感で、なんとなく幸せそうなトーマスを見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。ミオは元気よく答えて厨房に戻っていった。お昼近くになると、近くのブティックの店員マリオンとローラがやってきた。しゃれた装いの二人に思わず目を引かれる。
「ふふふ。お店のお仕事にはもう慣れた?」
「ホント、かわいい店員さんね。ローラの言った通りだわ」
よく見ると、ローラと呼ばれた女性は、以前に犬の散歩をして声をかけてくれた人だった。
「私達、この通りの先のブティックで働いているの。良かったら、貴方に似合う洋服を見繕ってあげるわ。遊びに来てね」
「あ、ありがとうございます」
近所の人たちとの交流が増えて、あっという間に慌ただしい一日が終わる。少しずつ、生活に慣れて来た頃、初めての週末を迎えることになった。
「ミオ、明日はバイトの子が来るから、また紹介するわね」
「バイトの子?」
「そうよ。貴方より少し年上の16歳。ケビン・イーリーって言うの。ちょっと背が低くて若く見られてるけど、バイト初めてもう3年になるわ。しっかりした子よ。週末は忙しくなるから、ケビンにいろいろ教わると良いわ」
「分かりました」
帰り支度をして石畳の坂を下りながら、どんな子が来るのかとミオはいろいろ想像してみた。
「3つも年上なら、きっとしっかりした人なんだろうな。迷惑かけないように頑張らなくちゃ」
新しい出会い、ミオはワクワクしながら帰り道を駆け下りて行った。
「危ない!」
すぐ後ろで自転車のブレーキの音がなって、ミオは飛び上がって驚いた。
「またおまえか。危ないだろう」
振り返ると、前に手紙を拾ったケビンが険しい顔で睨んでいた。自転車のブレーキ音はケビンの自転車のものだったのだ。ミオはどうにも素直になれず、口をとがらせてしぶしぶあたまを下げた。そのままぷいっとそっぽを向いてさっさと自転車で去っていく後ろ姿に思わず舌を出す。花屋の店先で日向ぼっこをしていた老婦人が楽し気に笑っていた。
読んでくださってありがとうございます。
親元を飛び出したばかりのミオです。暖かく見守っていただけたら幸いです。




