1 新人登場
ジブリの影響、受けすぎでしょうか。
魔法の出て来るお話です。書き出しは児童書のようでもあるのですが、そうじゃないんですー。
ぜひ、お楽しみください。
ビルが立ち並ぶ駅前の道をしばらく上がっていくと、のんびり亭というカフェレストランがあった。近くに大きな公園があって、イベントなども開催されるので、店は日によってとても忙しく、のんびりできないこともしばしば。厨房を預かるのはコックで店長のマスターだ。フロアはその奥さんアンリが取り仕切る。休日は、学生バイトのケビンもやって来て、みんなで切り盛りしている。
そんな店に、新人が入ってくることになり、閉店後の片づけを終えたケビンに声がかかった。
「ケビン、君にも知らせておくよ。アンリと相談していたんだが、今度新しくフロアと厨房の手伝いをしてくれる子を雇うことにしたんだ」
「え? バイトですか?」
ケビンが少しだけ身構えるのを見て、マスターはにやりと口角を上げた。
「安心しろ。君よりずっと年下だ。13歳の女の子だよ」
「はぁ? まだ子どもじゃないですか! そんな奴、使えるんですか?」
マスターは、ケビンの驚き様を楽し気に見ていたが、ちょっと声のトーンを落として囁いた。
「ちょっと事情があってね。その子、親元を離れて一人暮らしをするんだ。と言っても、うちの離れの二階を貸すんだけどね」
ケビンはきゅっと顎を引いて考えた。16歳の自分でも、一人暮らしなんて出来ないだろうのに、これは相当の訳アリだな。ひねくれたやつだったら、嫌だなぁ。
「とにかく、明日からここに来るから、よろしく頼むよ」
マスターの隣で話を聞いていたアンリも微笑みながら頷いた。自転車に乗って、自宅へ向かいながら、ケビンは新人の事を想像してみた。可愛い系だと楽しいだろうけど、親と離れて一人暮らしするぐらいだから、気の強い奴かもしれないなと。それでも、ケビンは土日だけの勤務なので、新人に会うのは次の土曜日だ。そう頭を切り替えて、のほほんと帰って行った。
翌日は月曜日、店は昨日の賑わいがウソのような静かな時間を迎えていた。アンリが店内のテーブルを拭いていると、ドアベルがカランと小さな音を立てた。
「いらっしゃい。昨日はちゃんと眠れた?」
「おはようございます。はい、ぐっすりでした」
入ってきたのは、つややかな黒髪をポニーテイルに括って、キラキラした瞳で店内を見回す新人のミオだ。三日前にマスターの家の離れの二階に越してきて、生活を整えていたのだ。部屋は借りているが、洗濯物はお風呂を借りている時に洗って、部屋の前のベランダに干している。食事は自炊だ、と言っても、今彼女が作れるのはトーストと目玉焼きとパスタぐらいだ。それでも、生活に関して手助けを受けないというのが、母親と交わした約束だった。
「そう。今日からがんばってね」
アンリは、まだ幼さの残る少女にベレー帽とエプロンを渡して厨房へと案内した。
―この期待に満ちた目。あの子にそっくりだわ。―
アンリとミオの母親は、学生時代からの親友なのだ。ハキハキしていて、何にでも一生懸命なミオの母ジュリエットは、学生時代からたくさんの人に慕われていた。だけど、本当に辛い時だけは、アンリに弱音を吐いていた。アンリには、それが嬉しかったのだ。今回の娘の独立についても、ジュリエットは迷わずアンリを頼っていた。
「ミオ、エプロンをつけたら、店の前を掃除してちょうだい。箒は奥の休憩室のロッカーにあるよ」
店の奥から元気な返事が返ってきた。本人も気づかないうちに、鼻歌が聞こえる。それを聞きとめたマスターも思わず微笑んだ。これから楽しくなる。そんな予感がしたのだ。
「外回りの掃除、終わりました」
箒と塵取りを抱えて店内に戻ってきたミオを見て、アンリは思わず笑い声をあげた。
「まぁ! エプロンが大きすぎたのね。可愛いけど、不便でしょ? こちらにいらっしゃい」
カフェエプロンは足先にかかるほどになっていた。アンリはエプロンを器用に巻き上げて動きやすい丈に調整してやった。ベレー帽も大きめだったが、こちらは可愛いという理由でそのままにされた。慣れるまでは、厨房での洗い物や調理の手伝いを言い渡され、ミオはワクワクしながら、厨房へと足を運んだ。
「ミオ、早くお風呂に入りなさい。あら、鍵もかけないで!」
バイト時間を終えて先に帰ったはずのミオが来ないので、心配して様子を見に来たアンリは、あきれ果てた声を上げた。ベッドには、仕事着のまま倒れ込んだミオがいたのだ。初めての仕事、初めての一人暮らしで、気を張っていたのだろう。
「困った子ねぇ」
ちっとも困っている様子もなく、アンリは苦笑いを浮かべ、ミオを揺り起こした。疲れているのは百も承知、でも、最初が肝心なのだ。きちんと体の汚れを落とし、清潔にして、翌日の仕事に向けて体を休めることは大事な事。寝ぼけ眼のミオを風呂場へ追い立てた。
ミオが風呂から上がってくると、コーヒーを飲んで寛いでいたマスターが紙袋を放り投げて来た。
「ミオ、良かったら持って行きな」
のんびり亭の売れ残りのパンだ。いつもマスターとアンリはこの売れ残りのパンを朝ごはんにしていると言っていた。今日はそれを少し譲ってくれたのだ。紙袋を開けると、まだバターのいい香りが広がる。
「ありがとうございます!」
風呂に入ってすっかり目が覚めたミオは、紙袋を抱えて鼻歌を歌いながら離れへと帰って行った。部屋に置いた小さな冷蔵庫から卵とベーコンを一切れ取り出した。そこで火起こしの魔法を掛ける。
「ファイアー…、あれ? ファイア! う~ん、火、出してよぉ!」
少しの間の格闘の末、卵とベーコンを香ばしく焼くと、お腹がぎゅるるっと鳴りだした。
「卵は半熟、今日は上出来ね!」
ミオはご機嫌で夕食をペロリと平らげた。気が付くと、ベランダにつづくガラス戸からきれいな星空が見える。ミオは、思わずベランダにでて大きく息を吸い込んだ。
「エドガー、ちゃんとおばあちゃんの言う事聞いてるかしら。お母さん、大丈夫かな」
エドガーは、ミオの5歳下の弟だ。ミオが7歳の時、父親は出張で遠くの街に行ったきり帰って来なかった。大きな地震があったと聞いているが、消息は不明のままになった。その後、母親の体調が思わしくなく、親子は母ジュリエットの実家に身を寄せることになったのだ。
「よし、次の休みに手紙を書こう」
ミオは、自分を励ます様にそう言うと、さっさとベッドに飛び込んだ。
翌日も店の前を掃除していると、犬の散歩をしていた近くに住むご婦人が声をかけて来た。
「あら、新人さん? 大きなベレーが良く似合ってるわ。午後にはお友だちとお店に伺うわね。お仕事がんばって」
「はい。お待ちしています」
優雅に手を振って去っていくご婦人に笑顔で返事をして、ミオは思わずこぶしに力を込めた。知らない人たちでも、ちゃんと見てくれている。よし、今日もがんばろう。
掃除を終えて、厨房での洗い物をしていると、アンリからフロアを手伝ってほしいと声がかかった。お客さんのいるフロアに入るのは、初めてのことだ。ミオはドキドキしながらフロアへと歩み出た。
軽やかな音楽が流れ、穏やかな話し声が聞こえる店内は、独特の心地よさに満たされている。大きなガラス窓からは、公園の緑が風にそよぐ姿が見える。ミオは、大きく息を吸い込んで「いらっしゃいませ」と声を上げた。それは、昨日アンリに教えてもらったおまじないなのだ。
「いいこと。店内のお客様にとっては、いつも居心地のいい場所でなくてはならないの。食器を片付けるときも、お客様のためにできることはないか、心を配っておくことが大切なのよ。だから、フロアに入るときは、いらっしゃいませって、明るく声をかけてね」
よし、ちゃんと元気な声で言えたな、と一息つくと、店内にいた人々が一斉にミオを見て微笑んだ。
「よ、よろしくお願いします」
思わず口走った言葉に、すぐ近くにいた老婦人が、ほほほっと笑った。
「まぁ、かわいい新人さんね。こちらこそ、よろしく」
ミオは照れ臭くなってぺこりと頭を下げると、空いたテーブルの食器を片付け始めた。そのままランチタイムに入ると、食器を片付けては洗い物をするだけで、一日があっという間に終わってしまった。
「ふぅ。終わったぁ」
自分の部屋に戻ってくると、ミオはベッドになだれ込んだ。でも、今日のミオは昨日とはちょっと違う。お客さんの暖かな眼差しは、確実にミオを成長させていた。
「さてと、明日はお休みだから、買い物に行かなくちゃ」
ベッドから飛び起きると、晩御飯のパンケーキを焼き始めた。
つづく
毎日投稿を目標にがんばります。
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