41 思惑
王宮の客室はゆったりと広く、保護されたネロと、その隣の椅子に座るミオだけでは、寂しいほどだ。先ほどまでいた長老やオーリー、グリーンハウ、ドイルは、ネロが無事にベッドに落ち着いたのを確認すると、それぞれの仕事に戻っていった。
「私は、王宮内の文官として働いているから、時々は顔を出すよ。何かあったら言ってくれ。それから、侍女が付くらしいから、食事や風呂の準備などは任せたらいい」
グリーンハウは帰る間際にそんなことを言い、ミオを驚かせた。
二人だけになってしまうと、ミオはそっとネロに語り掛ける。
「ネロ、大変な目に遭ったね。さっき、アルドリット家にお邪魔して、ネロのお母さんからお守りを預かってきたんだよ」
そっと枕元に小箱を置いて、ネロの様子を伺う。無理に連れていかれている間は、何も与えられていなかったのだろう。いつもより頬がこけているように見えた。ミオはポーションを取り出すと、少しずつネロの口元ににじませる。少しでも栄養を取らないと、身体が弱っていくばかりなのだ。
しばらくすると、侍女がやってきた。
「失礼いたします。本日よりこちらの客室を担当させていただく侍女のキンバリーです。どうぞよろしくお願いします」
「あ、あの。ミオです。よろしくお願いします」
こんな風に貴族のように扱われたことがないミオは、戸惑うばかりだ。暖かい食事が運ばれると、意識のないネロを横目に食事をすることになる。侍女は、そっと部屋の隅に控えているが、人に見られながらの食事もどうにもなれないものだった。
食事が終わると、隣の部屋に風呂の準備をするという。ミオは、ネロの体を拭いてやりたいとタオルとお湯を用意してもらった。
「ネロ、身体を拭くから服を脱がすよ」
そう言いながらシャツを脱がせていると、侍従がやってきて、手伝ってくれた。
「下の世話は、若い女性には辛いでしょう。お任せください」
その申し出にハッとする。上辺だけきれいにして、清潔とは言えないのだ。それでも思春期のミオには理屈は分かっても到底できることではなかった。こんな時、母親なら…。
―ネロのお母さま、素敵な人だったな。あのお母さまだったら、躊躇うことなくご自分でされていたんだろうー
そう思うと、せめてあの小箱の中身をなんとか生かせないものかと考えるようになった。すぐさま魔法の本を取り出し、ミオはお守りを使った魔法を調べ始めた。
「あの…差し出がましいようですが、私の祖父が魔法についての研究をしていたので、聞いたことがあるのです。魔法使いの意識を取り戻させるには、ルビーを枕元において治癒魔法を施すと良いと」
「え? 本当に?」
不意に掛けられた言葉に、ミオは動揺した。でも、遠慮勝ちに声をかけたこの侍女は、おどおどと申し訳なさそうにしている。
「あ、あの。祖父に聞いただけなので、本当かどうかは分からないのですが。身内に魔法を使える者がいるので、その、なんとか助かっていただけたらと思って…」
「ありがとうございます。オーリーさんにお願いしてみます」
ミオは藁にもすがりたい気持ちで侍女の手を握って頷いた。そしてさっそく手紙鳥が飛ばされる。
―どうか、ネロのために力を貸してください。今は、どんな些細なことでも試してみたいのですー
祈るような気持ちでいたミオの元に来たオーリーの返事は、意外にも了解の文字だった。翌日には、オーリーがやってきて、ネロの枕元にルビーの塊を置き、ミオにしっかり管理する様にと言い含めて帰って行った。
ルビーと言っても、宝石のように磨かれた物ではなく、原石の状態だ。鈍い光を放つこの鉱石は、一体どんな魔法が付与されていたのだろう。魔法の本を片手に、治癒魔法をいろいろ試してみるミオだったが、なかなか成果は現れない。
「ミオ様、少し休憩されてはいかがですか?」
侍女が紅茶を運んできた。そこで初めて、随分時間が経っていたことに気付いたミオは、大きくため息をついて用意された席についた。
「ありがとうございます」
「いいえ。こういうことは、長期戦ですよ。お菓子も用意していますので、ゆっくりしてください」
目の前の焼き菓子を一口食べると、身体の力がスッと抜けていく。ああ、やっぱり疲れていたんだ。そう自覚すると、紅茶で喉を潤した。ネロも一緒にお茶を楽しめたら良かったのに。そんな風に思っていると、急に意識が遠のいた。
「ミオ様? 大丈夫ですか?」
侍女がミオの体を揺らすが、ミオは目覚める様子がない。
「ふう。今回はこれで我慢してあげるわ。これでも磨けばある程度売り物になるでしょう」
侍女は、ルビーの塊を奪い取ると、さっさと王宮を抜け出した。
―フォーディナントの商会の下には、何やら怪しげな連中が取り囲んでいた。どうやら何か悪事がばれたのかもしれない。そう思うと、もうそんな危ない橋は渡りたくもない。このルビーをどこかで切り崩して、少しずつ金に換えて行けば、ほとぼりが冷めるまでゆったりと暮らしていける。―
ほっと肩の力を抜いて王宮を出て街中を歩きだした侍女の肩を、ぽんっと叩く者がいた。
「やぁ、久しぶりだね。今までどうしてたんだい?」
キンバリーは思わず身構えた。目の前の人物に見覚えはない。それに今は、内ポケットにあのルビーを忍ばせている。誰にも会いたくないのだ。
「もう忘れたのか? 先日オールドリッチの店に宝石を下しに来たって言ってたじゃないか。あれから資金は回収できたのかい?」
キンバリーは焦りを悟られないように余裕のある笑顔を見せて嘆いて見せた。
「それがあの店のオーナーと連絡がつかなくなって、本当に困ったのよ」
「そりゃ大変だったなぁ。ちょっとお茶でもどうだい? この先に知り合いの所があるんだ。あそこならうまい紅茶を飲ませてくれる」
「ええ、まぁ。仕方ないねぇ。おごってくれるなら付き合ってあげるわ」
左手でそっと上着の上から塊の存在を確かめながら、じっくりと相手を値踏みする。そうだ。あのウィリアムの店で出会った男だ。変に目をつけられてもまずい。ここはつきあうとするか。そんな考えを巡らせたキンバリーは、男が誘うまま付いて行くことにした。
「この店は、隠れ家として使っているところだから、ちょっと目隠ししてもらうよ。危険なことはしないから安心してくれ」
一瞬たじろいだキンバリーだが、ここまで来たら逃げ出すのもためらわれる。男の言う通り、丁重に馬車に乗せられ、エスコートされて目的の場所まで連れて来られた。男は、優雅な手つきで目隠しを外すと、さっとその場を離れた。
「アンタ、よくも私をだましたね! 何が知り合いの所だ。ここは王宮の地下牢じゃないか。私が何をしたって言うんだ」
「何をしただって? その懐の塊を出して確かめたらいい」
男は冷静にそう言うと、キンバリーが懐からルビーの塊を出すのを見ていた。だが、キンバリーとて、そう簡単にボロを出すわけにはいかない。視線を外していると、懐の中で何かがごそごそ動きだした。キンバリーが悲鳴を上げている間に、その中身がひょっこり顔を出した。
「お疲れ。よくやった」
男がそういうと、塊だったものは、さっと小鳥に姿を変えて、その肩に留った。そこに、一人の男がやってきた。
「うまくいったようだね。お疲れ様、オーリー」
「ああ、造作もないことだ。それよりそっちの調査はどうだった?」
「陛下に王宮図書館を使わせてもらったんだが、もしかしたら使えるかもしれない本があったんだ。あの子の所に行ってみよう」
つづく
読んでくださってありがとうございます。
良かったら、感想、評価など、頂けると嬉しいです。
次回が最終話となります。




