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のんびり亭の見習い給仕  作者: しんた☆
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42/42

42(最終話) いつもの店で、いつもの場所で

 グリーンハウとオーリーがやってくると、ミオはそれ以上ないほどに頬を膨らませていた。


「おい、その顔はどうしたんだ?」

「だって、…作戦だって分かってたのに、私ったらまんまと睡眠薬飲まされて寝てたなんて…」


 膨らみすぎた頬が破裂寸前で、文官らしく落ち着きのあるグリーンハウが、思わず吹き出して肩を震わせている。オーリーはどうしたものかと呆れた様にため息をつく。どうにもこの年頃の娘の扱いは苦手だ。


「まあ、そんなに膨らむな。グリーンハウと私は、これから最後の仕上げに行ってくる。グリーンハウが見つけて来た本でも読んでおけ」

「これだよ。陛下が特別に図書館を解放してくださったんだ。何か使えそうなものがあるはずだから、しっかり読み込んで役立ててね」

「あ、ありがとうございます」


 ミオの頬がすっとしぼんで、しおらしく頭を下げる。それを無表情に見ていたオーリーは、ぼそりと言う。


「なんだ。私とは対応が随分違うな。解せぬ」


 グリーンハウとオーリーは早速、国王や長老との会議に向かった。


 翌日、グリーンハウが来て、王弟フォーディナントとアナキンが身柄を拘束されたと知らせて来た。例の本物の方のルビーの塊は、バシュレの国王に手渡された。バシュレの国民を救う資金に使われるという。


「皇太后さまは、随分ご不満な様子だったが、殿下のしたことを知ると、離宮に幽閉されることを受け入れたそうだ。後は、こいつが目を覚ますのを待つのみだね。オーリーからも、ロックハートからも、君たちの事は聞いているよ。ミオなら、きっと大丈夫だ。応援しているよ」

 

 それだけ言うと、仕事に戻っていった。ミオは、夫人から渡された小箱をそっと開いてみた。中にはふんわりとしたジョーゼットの小さな巾着が入っている。この中にあるのは、ネロの初めて生えて来た乳歯だ。だけどそれだけではない。そこにあるのは、子どもを思う親の愛情が詰まっているのだ。


「ネロ、お願い。目を覚ましてよ」


グリーンハウの持ってきた魔法の本に載っている解呪の魔法をいろいろ試すが、成果は見られない。

王宮に来て1週間が過ぎていた。のんびり亭の仕事をしながら、毎日王宮を訪れては手を尽くすが、何をやっても反応がない日々に、ミオにも疲労がたまってきた。ふと思い立って、ネロが作ったイヤーカフをそっとネロの耳に押し当てた。そして、自分の分のイヤーカフから語り掛けて見た。


「ネロ、お願い。起きてよ。一人は寂しいよ。このままなんて、絶対嫌だ。のんびり亭にご飯を食べに来てよ。仕事が終わったら、教会の屋根で魔法の練習に付き合ってよ。あの討伐で、だいぶ治癒魔法にも慣れたんだよ。…がんばったなって、頭、なでてほしいよ」


 どうにも悲しくなって、途中から涙声になっていた。そのままベッドに突っ伏したまま、ミオは眠ってしまった。



―あれ、ここはどこだ? ああ、身体が痛い。そうか、助け出されたのか。

ゆっくりと焦点があってくると、どうやらとてつもなく豪華な部屋に寝かされているのが分かって、ギョッとした。右腕の辺りが重いと感じて視線を向けると、ミオが寝つぶれているのが分かった。頬には涙の痕がある。その手には、ジョーゼットの包みに入った何かを握り締めている。そっと覗いてみると、なにか白いものが見えた。どこかで見た覚えのあるその包みは、領地に伝わる子供を守るお守り袋だ。

そうか、あの時、ドラゴンの口の中に微かに見えた魔石を取りに口の中に突っ込んだ自分は、おそらく瀕死の状態だったのだろう。ならば、母親に連絡が行くのも致し方ない。それをミオが持っているということは、領地で母から託されたんだろう。―


ネロは、多くの人に支えられて自分が生きながらえているのを実感した。そっと手を伸ばして、まだ幼げな頬にかかった髪を耳へ掛けると、いつかのイヤーカフが見えた。


―おまえのそばに帰って来れて良かった。…ミオ、愛しているー



 眠ったままのミオのイヤーカフからそんな声が聞こえた気がした。

―ネロが意識を取り戻したの? え、え? 愛して…まさか! ううん、これは夢だ。そりゃそうだよね。ー


 大きな手がぽんぽんと頭の上でリズムを刻んでいる。


「あ、私、寝てたんだ」

「やっと起きたか。待ちくたびれたぞ」

「…ネロ? ネロ! 大丈夫なの? どこか痛いところはない?」

「大丈夫だ。その…、心配かけたな。 な、泣くなよ。ちゃんと生きてるから」

「だ、だって、ず、ずっと目を覚まさないから、だから…」


 結局、何が功を奏したのかは分からないまま、ネロは半月をかけて意識を取り戻すことが出来た。二人は長老たちに付き添われるまま国王に挨拶をすると、住み慣れた街に戻ってくることが出来た。



 今日ものんびり亭には、元気な見習い給仕の明るい声が響いている。


「いらっしゃいませ!」


 その声を聞くたび、マスターは口元を緩める。


「やっぱりミオちゃんの声がすると、ほっとするわ。それで、あれから彼氏とはどうなの?」

「ケビン君と三角関係だったなんて噂もあるのよ。ふふふ」


 常連のローラとマリオンがからかってくる。その度に、真っ赤になってしまうミオだった。


「お待たせしました。パスタランチとグラタンランチ、です!」


 ドンっとテーブルに注文の品を置くと、むっとしたケビンが二人を睨んでいる。


「あらあら、荒れてるわねぇ。大丈夫よ。ケビンだったら、きっと素敵な彼女がすぐにできるわ」

「な、そ、そんなこと…、俺はまだ恋愛なんて興味ありませんから」


 ローラたちは、そんなケビンをからかいながらも、入院していた母親を献身的に世話していたことを褒め始めて、居心地が悪くなったケビンは、厨房に逃げ込んでいった。


仕事を終えると、ミオは教会の屋根に向かって驚いた。いつもの出窓の屋根が、ベランダに作り替えられていたのだ。


「やぁ、いらっしゃい。君たちの事は、ドイルから聞いているよ。これからもここでしっかり精進するんだよ」

「えっと、あの…」


 建物の中から声をかけたのは、街の人々が慕っている高齢の牧師様だった。驚くばかりのミオだったが、ドイルを知っている時点で、どうやら魔法使いのようだと気付いた。しばらく建物の外と中で話をしていると、ネロがやってきた。


「おお、君がネロだね。先日の魔物討伐では、君の判断が全てを解決したと、ドイルが褒めていたよ。これからも、街の人を助けてやってほしい。私はもう歳だから、思うようには動けない。君たちがいてくれて心強いよ」

「あ、あの…」


 ネロが驚いていると、牧師様はにっこり笑って猫に変化すると、さっと建物の中に消えて行った。


「参ったなぁ。俺の知らない魔法使いが、まだまだこの街にもいたんだな」

「でも、心強いよね。この街の人たちを手助けするんだって思ってたけど、知らない間に見守られてたんだね」


 西の空に陽が沈み始めていた。街にゆっくりと山の影が掛かり始めた時、手紙鳥が飛んできた。


「クリーブランドのブレンダちゃんからだ。ええ? ダーラさんがまた行方不明なんだって!」

「ミオ、すぐに探しに行こう!」

「うん!」


 二人はすぐさまクリーブランド家を目指して飛び立った。眼下では、仕事を終えたローラ達が楽し気に話しながら帰って行くのが見える。少し先にはケビンが自転車にバケットや野菜を積んで、走っているのが見えた。ネロのシェアハウスの前では、ジャックが背伸びをしている。これから出勤のようだ。セイジーは店先の花の入ったバケツを片付けている。きっとまだダーラのことは知らされていないのだろう。

 ミオが視線を前に戻すと、ネロが振り向いて笑っている。ミオは無性に嬉しくなって、声を上げた。


「私、この街にきて良かった。みんな、みんな、大好きー!」


これからもずっと、この街の人々の暮らしを守っていきたい。改めてそう決意するミオだった。



おしまい


最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。

ぜひ、感想などお気軽にお寄せください。

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