39 ルビーとネロ
改めて、ロックハートを含む5人は、ネロが握りしめていたルビーの塊を眺めた。あまりにも無謀な行いだが、ネロに勝算はあったのだろうかと。
「あと少しで倒せるという時に、自分はドラゴンのしっぽに打たれて倒れたというのだ。意識が戻った時はドラゴンが倒れていて、足の隙間から抜け出すことができないでいたそうだ。それを、若い魔法使いが二人掛かりで助けたらしい。一人はビビで、もう一人がうちの医療班に居たミオだ。金を請求されるわけでもなく、なんのためらいもなく治癒魔法で助けられ、夢のようだったと言っていた」
「なんだよ。それじゃあ、治癒魔法にいちいちお金を請求していたってことか?」
眉をしかめてドイルが言う。
「そうみたいだな。自分が回復したとみると、ふらふらの体でネロの名前を呼びながら探しているあの子を見て、声をかけずにはいられなかったそうだ」
それを聞きながら、オーリーは改めてルビーの塊と対峙した。覚えのない魔力に混じって、微かに見知った魔力を感じる。それは、アナキンの魔力だ。
「グリーンハウ、アナキンと王弟殿下の関係を探ってくれないか」
「フォーディナント殿下のか?」
「そうだ。クリーブランド家の誘拐事件の件で赴いた時は泳がしていたが、あの悪趣味な宝石だらけの執務室は今回の件とのつながりを感じるんだ」
グリーンハウが頷くと、長老も「頼んだぞ」と声をかけた。
「俺は、もう一度レアード領に行くことにするか。瘴気の根源となるものがあるかもしれんからな」
「頼んだぞ。あの若造、なかなか骨のある奴だぜ。ドラゴンの口に自分から突っ込むなんてな。無駄にするんじゃないぞ。じゃあ、俺も医務室に戻る」
こうして長老たちの会談はお開きとなった。
医務室では、ほとんどのけが人が回復し、空のベッドが並んでいた。広い部屋の片隅に残ったのは、ネロとミオだけだ。
「ネロ、今日はお天気がいいよ。きっと教会の屋根の上も、いい風が渡ってるよね」
窓を開けて風を通すと、無機質な白いカーテンも心地よさ気に揺れる。あれからすでに2週間が過ぎてしまった。ロックハートの勧めもあって、平日は今まで通りのんびり亭で仕事をして、週末だけネロに付き添うことになった。
久しぶりにいつもの街に帰った時、周りの人々の眼差しが妙に優しくて、ミオは随分戸惑ったものだ。
―まさかビビさんが、あんな風に話を進めていたなんてー
思い出しても頬が熱くなる。
「ミオさん。今回は大変だったそうだね。ネロの具合はどうだい? 急に帰って来なくなっていたから、心配していたんだ」
「え? あ、あの…」
うろたえるミオにアントニーとジャックはとても優しかった。
「着替えを取りに来たんだろ? 準備しておいたよ。せっかくの旅行だったのに、ひどい目にあったな」
「ビビ君だっけ? ネロの幼馴染なんだろ? 彼が教えてくれたんだ。ネロがミオさんとの旅行先で暴漢に襲われて、大けがをしたって言うじゃないか。怖かっただろ」
「でもまさか、あのネロがこんなかわいい子と付き合っていたとは知らなかったなぁ」
感慨深げな二人の会話に、おろおろするばかりだ。そう言えば、のんびり亭でも、マスターが生暖かい目で見守っていて、なかなかに働きづらい。ケビンは少し拗ねているようだったが、気にしても仕方がない。いつの間にか若いカップルの話は街の皆の見守る対象となっているようだった。
ジュリエットからも、ミオを心配する手紙が届いていた。ネロの意識が回復するかどうかは、誰にも分からない。それでも、傍に居られることを嬉しいと感じることができている。
そんなある日、オーリーから手紙鳥が届いた。ネロの実家に事の次第を伝えるので、一緒に行かないかということだった。
ネロの実家、アルドリット子爵領は、山間の大きな湖のある領地だ。深い緑の湖のほとりを馬車で通っていると、水面を渡る風が爽やかで、思わず深呼吸したくなる。アルドリット領は、豊富な水を使って反物を染める事業が好調だ。他にも、山の斜面を利用した果樹園が広がっていて、マルドリット産の果物は甘くてジューシーだと言われている。ミオは湖を囲う様にそびえたつ山々に美しい布地がはためいているのを不思議な気持ちで見ていた
「いらっしゃいませ。わざわざ馬車で来ていただいて、お気遣い感謝いたします」
屋敷に通されて待っていると、奥からどこかネロに似たそれでいてはかなげな夫人が現われた。オーリーとは顔見知りの様で、親し気な会話が続いていた。
「あの、ところでこちらのお嬢さんは?」
「ああ、これは失礼。ご子息が教育係をしている見習い魔法使いのミオです」
オーリーに促されて一歩前に出ると、ミオは恥ずかしそうにカーテシーのまねごとをしてみた。
「まぁ、あなたがネロのお弟子さんなのね。ネロは厳しくない? 意地悪は言われてないかしら? うちは3人とも男の子だったから、女の子の扱い方がちっとも分かってなくて」
困ったように眉を下げる夫人は、とても優し気で、とても三人の男兄弟を育て上げた様には見えなかった。
「実は、そのネロのことで、ご報告があります」
オーリーが真顔になって切り出すと、その優しげな表情はすっと霧散した。その瞬間、夫人が魔法使いであると、ミオは本能的に感じ取った。
「まずは、こちらにどうぞ。貴方たち、お茶をお出ししたら下がって結構よ」
オーリーの話は、覚悟を決めた夫人にとっては想定内のことだったようだ。取り乱すこともなくしっかりと聞き入れると、ミオに視線をやって眉を下げた。
「ミオさん、息子のお世話をありがとう」
「いいえ。今までいっぱいお世話してもらっていますから。こんなの恩返しにもなりません。ネロは、きっと目を覚まします。目を覚まして、悠長に見舞いをしている場合か。もっとしっかり魔法の練習をしろ!って、私の事を叱ってくれるはずです。ぜったい、ぜったい…」
言いながら、ぽろぽろと涙があふれて止まらない。気が付くと、夫人の手がミオの握りしめている手をそっと包んで「ありがとう」と撫でられていた。その時、ノックがして、アルドリットの侍従が手紙を持って現れた。夫人が開封すると、思いもしないことが書かれていた。
『ネロ・アルドリットを、宝石窃盗の罪で投獄する。
ネロ・アルドリットは、先のバシュレの魔物討伐に置いて、援軍として魔法軍総統のアナキンが送り込んだ使い魔のドラゴンの体内にあった魔力核であるルビーの塊を盗み取ろうとその体内に潜り込み、奪い取った。そのルビーはアッシュフィールドの王弟・フォーディナント・ヴァン・アッシュフィールド殿下の所有する物で、これは王家の財産を窃盗したことに総統する大罪である。まずは、ルビーを王家に返還せよ。そして三日以内に王家が納得する理由を本人が説明しなかった場合は、それ相当の処分がなされるものとする』
つづく
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