35 魔物討伐へ
「さすがはアナキン殿、調度品の数々の美しさには驚かされます」
「はは、それほどでもない。こちらにあるものはバシュレ陛下からいただいた物だ」
アナキンは満足そうに調度品のあれこれを説明して見せた。そして、再びオーリーに向き直ると、にやりと顔をゆがめてつぶやく。
「そろそろ効いてきた頃かな? オーリー、君は大変優秀な魔法使いだと聞いている。アシュビーなんぞについていないで、私の側近になりなさい」
「ああ、有り難きお言葉。アナキン様に誠心誠意尽くさせていただきます」
オーリーは表情を失くしたままソファから下り、膝をついた。それを確かめると、すぐに執事を呼んで、「手筈通りに」と声をかけてオーリーを連れて下がらせ、大きな宝石をギラリと光らせた指で満足げに顎を撫でつけた。
しばらくして凍土の森に帰ってきた3人は、それぞれ見聞きしてきたことを出し合った。グリーンハウからは、庶民の多くが行方知れずだと国王が嘆いているとの話がでてきた。貴族たちと楽し気に振舞ってはいるが、続々と多くの村が無人になり、魔物の餌になっているのだろうと、恐れおののいていたのだ。オーリーからは、アナキンの贅沢な暮らしぶりが取りざたされ、ドイルは具体的な被害多発場所が提示された。そこで、アッシュフィールドの多くの魔法使いに集合を掛けるに至ったのだった。
出発の朝、いつものように教会の屋根にやってきたミオに、いつになく真剣な表情で師匠が告げた。
「ミオ、魔獣討伐では、後方支援にまわるだろうから直接魔物に出くわすことはないと思うが、どうしようもなくなった時は、そのイヤーカフに意識を集中して俺を呼べ」
「ええ? このイヤーカフにそんな力があるの?」
目を見開いて驚くその姿に、妙に心拍数を上げてしまって、ネロは慌てて咳払いした。
「と、とにかく。どうしようもない状況に追い込まれた時にはこれを使うんだ。いいな」
「わ、分かった。ネロも気を付けてね」
二人は頷くあって、凍土の森へと移動し、それぞれのチームに加わった。
「あなたがジュリエットの娘さんなのね? あの子より魔力が多いんじゃない? 頼りにしているわよ」
後方支援の先輩たちにはジュリエットの知り合いも多く、ミオはよく声を掛けられていた。先を急ぐ討伐隊とは違い、後方支援は荷物を馬車に摘んで、行商の馬車に似せてバシュレまでの道のりを移動した。食事時になると、テーブルやいすを並べ、討伐隊に食事を提供する。大人たちは手際よく仕事をするが、ミオはあたふたするばかりだった。
―のんびり亭では、少しは役に立ってたと思ってたんだけどなぁー
「おい、そんなところでぼんやりしている暇があるなら、食事を盛りつけろ」
「食べ終わった食器を見たら、すぐに片付けて他の連中の場所を作れ」
週末ののんびり亭よりも、さらに慌ただしい時間になった。初めは戸惑うばかりだったが、コツを掴みだすと、ミオはどんどん料理を盛りつけ、皿を片付け、食事待ちの者に声をかけた。
食事が終わると、再び移動が始まる。そうしていよいよバシュレとの国境までやってきた。国境を越えた途端、草木すら生えていない荒れた土地が広がっている。遠くに見えているのは、崩れかけた小屋だ。この辺りも昔は農地として使われていたのだろう。今は魔物に荒らされて見る影もない。
「ここからバシュレの領地に入る。後方支援チームはここに結界を張ってくれ。討伐班が安全を確かめたら、次の野営地に進むことにする」
後方支援チームのリーダー・シューブリッジが指示を出した。すぐに結界を得意とする者が作業に入る。大掛かりな結界は数人で構築していくのだ。大人たちに混じって、ミオよりも幼い子供も加わっている。
「ああ、あの子は魔力が多くなりすぎるから、結界を専門に学んでいるそうよ。あなた、名前は?」
「ミオです。治癒魔法ができます」
「そう、私はマードック、治癒魔法担当よ。よろしくね」
やっと同じ仕事を担当する人が見つかって、ミオはほっと肩の力を抜いた。
「医療班のリーダーはロックハートさんよ。せっかくだからこの機会に治癒魔法についてしっかり学んでおくといいわ。彼の魔法はすごいわよ」
「貴方たち! 手が空いているなら、食事の支度でもして頂戴!」
後ろから鋭い声が飛んできて、ミオが飛び上がった。マードックは振り向きもせずにフゥっと肩を上げてみせた。そして、ミオの耳元でこっそりつぶやく。
「あの人、シューブリッジさんの従兄弟のウォートン女史っていうの。どこにでもいるわね、ああいう人。さっさと取り掛かりましょう」
ミオたちが夕食の支度を終えた頃、討伐班が帰ってきた。どうやら魔物が多く出没しているのはもう少し先の地方のようだった。討伐班の面々は疲れた様子も見せず順調に計画を進めているようだった。
「あ、このスープ、回復魔法が入ってる」
「へぇ、さすがだね。これで明日も頑張れるな」
思いつきで施した回復魔法だったが、みなに喜ばれてミオは小さくガッツポーズをする。
「やるじゃん」
マードックがきゅっと親指を立てて笑っている。ちょっとは役に立ててるかも。そう思うとまたがんばろうと思えるミオだった。その時、ぽんっと頭に大きな手が乗って、驚いて振り向くと、満面の笑みを浮かべたネロが立っていた。
「ネロ!」
「今日のスープ、最高だったぞ。後方支援のチームには馴染めたか?」
「うん、みんないい人ばっかりよ。そっちはどう?」
「ああ、こっちもまだ弱い魔物しか出てきていないから、楽勝だな。ドイルさんのチームだから、出番はなさそうだ。あの人、すごいわ」
「ちょっと、そこ! ダラダラしない。さっさと空いた食器を片付けなさい。あら、あなた、腕に擦り傷があるわ。こっちにいらっしゃい」
突然割って入ったのは、ウォートンだった。腰に手を当てて高圧的にミオを咎めたかと思うと、ネロの傷を見てすぐに表情を変えた。
「あの、治癒魔法でしたら、私が…」
「結構よ。早く食器を片付けなさい!」
呆気にとられるミオを置いて、ウォートンはネロの腕を引っ張った。
つづく
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