34 バシュレの魔法使いたち
バシュレという国は、ミオたちのいるアッシュフィールド王国の北に位置する小さな国だ。以前は魔法使いなどいなかった国だが、アッシュフィールドで魔法使いが迫害されるようになって、難を逃れて移住した者も少なくない。ところが、今となってはこの国では魔法使いが幅を利かせ、先住民は下働きをさせられていた。
「ギボンズ! まだ討伐隊は成果を上げられないのか」
「討伐隊隊長のパターソンには指示を出してますよ。そのうち終わるでしょ。それより、来週の夜会の招待客のことで、ご相談が」
「招待客については、お前に任せる。あ、反対派の貴族どもは呼ぶなよ。それより、次の夜会ではもう少し装飾を凝ってくれ。それから、食事の質を上げろと担当者に伝えてくれ。貴族が集まっているのに、あれでは我々魔法使いが軽んじられてしまう」
「承知しました」
至上最強と謳われる魔法軍総統のマルコム・アナキンの執務室を退くと、ギボンズはフウっと大きなため息をついた。王宮の文官のようにすっきりとした衣装に身を包むギボンズに比べて、ロココ調の豪華な刺繍の入ったロングコートに大ぶりの宝石を乗せた指輪を身に着けたアナキンは、まるで上級貴族のようないで立ちだ。
「まったく、あの男はやりたい放題だな。反対派の連中のご機嫌も取っておかないと、議会で我々が責められかねないのに」
「副総裁、第3部隊が飛竜に襲われ負傷者多数です! もうちょっと使える奴を入隊させてくださいよ。あいつらじゃ話にならないです」
やってきたのは討伐隊隊長のパターソンだ。あいつらとは何を差すのか、それは、たいして訓練もしないくせに、プライドばかり高く、高給を強請るばかりの弱い魔法使いのことだ。そしてその配下には、魔法など使えない先住民がいる。これでは討伐どころか犬死だった。
「パターソンよ。それは貴様の仕事だ。私は来週の夜会の準備があるのでな。よい報告を待っているぞ」
助けを求めてやってきた魔法使いを受け入れてくれた先住民が不満を持つのは至極当然の事だった。その不満がそのまま瘴気として濃縮され、いつの間にか豊かな森に棲んでいた動物たちが魔獣化してしまったのだ。それまでは、自分達の結界で充分防いで来れたそれがじわじわと巨大化し狂暴化した魔獣は、とうとうバシュレの魔法使いたちだけでは対応できなくなってしまったのだ。
質素な木の上の小屋に住む長老こと、グレアム・アシュビーの元に助けを求める手紙が来たのは、そこの頃だった。魔法学校時代の幼馴染だったアシュビーを頼ってきたのは、「史上最強の魔法使い」マルコム・アナキンだ。
「アシュビーよ。多くの国民に虐げられみじめな生活をしているだろうお前に、活躍の舞台を提供してやろう」
そんな書き出しの手紙には、言うことを聞かない部下や無能な部下の愚痴が書き連ねてあった。そして役に立たない先住民の話。長老は、何度かこの手紙を握りつぶそうと思ったが、この役に立たないと揶揄されているバシュレの先住民の事を考えると、無視することができなかった。
「オーリー、ドイルとグリーンハウを呼んできてくれないか。作戦会議だ」
フクロウはさっと凍土の森を飛び立った。そしてほどなく、小さな小屋に3人の魔法使いがやってきた。
「みんな、すまないが隣国バシュレに力を貸してやってはくれんか」
「長老のご意志ならば!」
グリーンハウは、透視能力に優れた魔法使いだ。早速取り出した水晶玉に目的の国の様子が映し出された。バシュレの街の様子を見た4人は、その荒れ果てた姿に驚いた。
「これは一体…」
「長老、バシュレには、アッシュフィールドから亡命した魔法使いたちが世話になっていると聞いていましたが、彼らは何をしているのでしょう」
オーリーやドイルも戸惑いを隠せない。荒れ果てた郊外の街は、今にも朽ち果てそうな家屋に暮らす人々が写っていた。近くに魔獣が出ると、慌ててその家屋に逃げ込んでいるが、その表情は怯え切っていた。以前、バシュレに滞在したことがあるの言うドイルはその変わり果てた姿に絶句したのだ。そして、水晶玉は別の街を映し出す。こちらは、美しく整った街だ。バシュレの王都の様子だった。何事もないように馬車が走り、着飾った貴族たちが、街を闊歩する。
「どういうことだ?」
「王都には魔獣が迫っていないようですね。やはり郊外に被害がでているようです」
とまどうオーリーにグリーンハウは冷静に答えた。水晶に映し出す場所をゆっくり変えていくと、不自然な歪みが見えた。結界だ。
「どうやら王都だけに強力な結界が張られている様です」
「アナキンは何をやっている…」
長老が言葉を途切れさせた。三人が長老に向き直ると、今まで見たこともないような怒りの形相が浮かんでいて、ハッとする。
「これではっきりしたな」
「長老、先ほど通った馬車に乗っていたのは…」
「ああそうだ。アナキンとバシュレの王女だ。どうやら助けてもらった恩を忘れて、王族に取り入って楽しんでいるようだな。いや、王族をも脅しているのかもしれん」
確かに、先ほどアナキンの横に乗り合わせていた王女の表情は優れないものだった。長老を見た三人は、近くにいるだけで肌がピリピリするほどの緊張を覚えた。
「まずは偵察に行ってきましょう。それ次第で、我が国の魔王使いが力を貸すようにしましょう」
「そうだな。ドイルは土地勘がある、魔獣被害の多い場所の現状把握を。グリーンハウは、バシュレの王族と連携してくれ。オーリー、君はアナキンに面会して、奴の誘いに乗っているふりをしてくれ。場合によっては、私も同行しよう。みんな、頼んだぞ」
三人は、すぐに行動を起こした。オーリーがアナキンに面会している間に、グリーンハウがバシュレの国王と連絡を取り合って、アナキンからの妨害を防ぐ。長老の最側近であるオーリーが直接面会に来たことで、アナキンは上機嫌だった。
王宮のすぐ近くにある邸宅に招かれたオーリーは、穏やか笑みを浮かべながら過剰装飾の施された邸宅内を、アナキンの執事に案内された。冷静な目が執事の魔力を測る。決して魔力が少ないわけではないが、妙に濁ったその色彩にオーリーは違和感を覚える。
「こちらでお待ちください」
そつなく退室する執事と入れ替わるようにアナキンがやってきた。自然の気流に身を置いて穏やかに質素に暮らす長老と比べて、随分若そうに見えるその男は、ロングコートにひざ丈ズボンを纏って、上級貴族そのものだ。その手にはゴテゴテした宝石のついた指輪がいくつも光っている。オーリーは失笑しそうなところをぐっと堪えた。
―そんなに魔石を使わないと保てないのか?-
「オーリー君だったかな。よく来てくれた。アシュビーは息災か?」
「ええ、おかげさまで。先日頂いたお手紙のことを詳しく伺う様にとのことです」
アナキンはその言葉に満足したように頷くと、ベルを鳴らして侍女に紅茶を運ばせた。
オーリーはその侍女の様子もさりげなく確かめる。こちらも魔力が濁っているのを感じて、何かを確信した。
「ほう、いい香りですね。どちらの茶葉でしょう」
「バシュレ産の紅茶だ。うまいぞ」
「ありがとうございます。ではいただきます」
オーリーが紅茶に口をつけると、アナキンは、張り付けた笑顔のままかすかに口角を上げる。静かで狡猾な駆け引きの始まりだった。
つづく
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