32 イヤーカフはネロの色
ジュリエットの実家には、雑木林に囲まれた中にぽつんと立つ屋敷と、それに沿う様に建てられた小屋、その横を通った先に広場がある。ミオたちがこちらに越してきてからは、この広場が魔法の練習場になっていた。それを取り囲むように色とりどりの花が植えられいる。
「見て、あの木の枝に座って、よく景色を眺めたりしたんだ」
ミオが懐かし気に言うと、ネロも一緒にひときわ大きなその木の根元に向かった。言いたいことはある。聞きたいこともある。それでも、どう切り出していいのかネロは戸惑っていた。雑木林から一歩広場に飛び出したようなその木の枝に、ミオはひょいっと飛び乗った。
「この枝に登ると、ほら、向こうに街が見えるんだ。あの街には、どんな人がすんでいるんだろう。どんな風に暮らしているんだろうって、考えたりしてた」
風に髪をなびかせて遠くを見ているミオの耳に、イヤーカフがキラッと光った。ネロは、思い切ってその枝に飛び乗ると、そっとミオの横に座り込んだ。確かに遠くの街が見渡せる。いい眺めだった。
「私ね、ビビさんにこのイヤーカフをもらった時、ちょっとためらったんだ。ビビさんって、優しそうだけど、何を考えているかよく分からなくて…。でも、差し出されたこれを見た時、ネロの魔力を感じたの。だから、つけてもらうことにしたんだ」
こちらを見ようともしないで真っ直ぐ前を見て話すミオを、そっと見下ろしていると、拗ねている自分がなんだか恥ずかしくなって、ネロは咳払いでごまかした。
「それを落としたのは、失態だった。結構時間をかけて作ったんだ。ヴェロニカさんに魔法付与してもらったから、凍土の森で出会ったいたずら好きな連中の魔法も跳ね返してくれるし…」
「うん、ありがとう。大切にするね。ビビさんがどういうつもりだったのかは、分からないけど、私は、ネロの魔力があったから受け取ることにしたんだからね」
ネロの耳にさっと赤みが差した。ミオを守りたい一心で作ったことに嘘はなかった。でもそれだけじゃない。このイヤーカフにはほかにも込められたものがあった。
「ミオ、俺は…」
「ミオ! ネロ! 戻って来なさい。ご飯にしましょう」
屋敷の前でジュリエットが呼んでいる。ネロは、バクバクする心臓を抑えて伝えようとした言葉を思わず飲み込んでしまった。
「え? どうしたの?」
「いや、なんでもない。戻ろうか」
「うん」
お腹空いたね。といつも通りの笑顔で屋敷に向かう弟子を、少し複雑な気持ちで追いかけるネロだったが、「ネロの魔力だったから受け取った」という言葉を、今は信じたいと思った。
屋敷に戻ると、すでにダイアナとビビの姿はなかった。エドガーとミオの祖母を交えた食事会は、まるで今までから一緒にいた家族のように穏やかな時間だった。食事が終わると、エドガーはさっさと友達と遊びに出て行った。エドガーなりの気遣いなのだ。
「ミオ、あなたは治癒魔法でジュリエットの肘の痛みをとってやってくれないかい?」
食事を終えてお茶を楽しんでいると、祖母が声をかけて来た。ミオが快諾して、すぐその場でジュリエットの肘に手を当てると、あっという間に痛みが遠のく。
「まぁ、まぁ。なんて手際が良いの。ミオ、ありがとう。ネロ、貴方の指導がいいのね」
ジュリエットも喜んだが、一番喜んだのは祖母だ。祖母は、魔法使いではなかったが、世の中が魔法使いに厳しい時代に。夫を陰で支えてきた人物だ。
「ミオは、魔力は豊かなのに、使い方を知らないから心配だったのよ。ジュリエットに育てさせても良かったんだけど、私達の傍に居ればどうしても甘くなるわ。どうかこれからも支えてやってね。それから、自分の事も大切にしてちょうだいね。あなたに何かあったら悲しむ人がたくさんいるでしょ?」
「あ、はい」
しわくちゃな手で、ネロの手をそっと包み込んで言うと、ふっと笑みを浮かべた。祖父母を早くに亡くしているネロには、その感触がとても新鮮だった。乾燥した深いしわのある手。だけど、長い年月を乗り越えて来た手だ。ジュリエットの父親が魔法使いを迫害する連中に殺されたことは聞いている。それでも目の前の老女は、怒りに飲まれることなく穏やかに暮らしている。どれだけの悲しみと絶望をこの手で乗り越えて来たのか。ネロには想像ができなかった。
「ミオ、長老からもらった帽子を着て見せてちょうだい」
ジュリエットの注文に答えて、とんがり帽子をかぶると、感慨深い様子でじっくり眺めるジュリエットと祖母だった。
「十分に気を付けるのよ。まだまだ魔法使いを悪者だと思っている人は多いわ」
「まったく、自分達は魔道具をすきなだけ使っているのにねぇ。少し考えればわかる事なのに、そこに目を向けなければ、いつまでも気づかないんだねぇ」
祖母が憂いている傍で、手紙鳥がやってきた。ジュリエットが開封すると、それは長老からの物で、ネロとミオに凍土の森への招集が掛かっていた。
「何かあったのかしら。気を付けて行ってきなさいね」
「分かった。今日はいろいろありがとう。また遊びに来るね」
ミオがそう言って祖母と母に抱きつくと、ネロも後ろでそっと会釈してそのままミオを連れて凍土の森へと転移して行った。
凍土の森には、多くの魔法使いが集まっていた。顔なじみにあって陽気にはしゃぐ者、急な呼び出しに不安を感じる者、ひと暴れしてやろうと期待する者など、様々だ。そんな中、オーリーが皆を長老の木の元に集め、真剣な様子で緊急事態が起こっていると告げた。
つづく
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