29 小さな波紋
「あれ? 今二人の姿が見えたと思ったのに、どこに行ったんだ?」
入れ違いにやってきたのはビビだ。隣町の居酒屋に居候させてもらえることになって、二人にも報告しようと探していたところだった。
「まぁ、いいか。ここならすぐに来れるしな。ん?」
ビビは足元に小さなアクセサリーケースが落ちているのに気が付いて拾い上げた。開けて見ると、見覚えのあるイヤーカフが入っていた。
「これは…」
ビビはそっとそのケースを上着のポケットにしまうと、ネロの部屋に向かった。ネロは、窓に肘をついて何やら考えている様子だ。
「やぁ、ネロ。世話になったけど僕の居候する場所が決まったんだ。隣町なんだよ」
「ふーん」
「居酒屋の二階でさ。仕事もさせてもらえることになったんだ」
「そっか」
上の空のネロに、思わずビビが問いただす。
「どうしたんだよ! 人の話、ちゃんと聞いてる?」
「あ、ビビか。なぁ、最近この辺りで金髪のお姉さんって見たことあるか?」
「ん~、服屋のローラさん! 美人だよねぇ」
ニマニマと顔が緩むビビだったが、ネロは深いため息をこぼした。
「違うんだ。ミオの知らない人で、金髪なんだ。誰の事だろう」
「う~ん、花屋のセイジーさん、文具屋のポーラさん、あっ!クリーブランドのブレンダちゃんも金髪だったね。う~ん、あとは、凍土の森に居た仕入屋のおばさんぐらい? あの人視覚阻害がうまいから普通の人には若い女性に見えるよね。僕も見習いの頃、うっかり声をかけそうになったんだよね。あはは」
「おまえ、相変わらずだな。ん? いや、ちょっと待った! そうか、あいつに視覚阻害のこと話してなかったな。ビビ、ありがとう。ちょっと行ってくるわ」
ネロはすぐさま部屋を飛び出して行った。それを見送ったビビは、手元にアクセサリーケースが残ったままだったことを思い出して「ま、いいか」と呑気に帰って行った。
ベランダで誰かがノックする音が聞こえ、ミオは慌てて見に行くと、そこにはネロが立っていた。
「おい、話したいことがあるから、開けてくれよ」
「こんな時間に女性の部屋に入ろうだなんて、どういうことですか?」
「さっきの話の意味が分かったんだよ。あれは誤解だって!」
「…」
ああ、そうでしたかとは、とても言えない。ミオは唇を噛んでベランダを背にした。これ以上その姿を見たら、すぐにでも許してしまいそうだ。
「魔法使いにはいろんな人がいる。この前から来ていた人は、凍土の森の仕入屋をしているヴェロニカさんだ。確かに金髪の女性だけど、あの人は師匠よりだいぶ年上だ。市井に来るときは、自分の好きな格好に成りすましてくるんだよ。魔法使い同士なら、そんな視覚阻害も透けて見えるから、若い女性だと思っていなかったんだが、ミオにはまだ教えていなかったからな」
「ヴェロニカ…」
聞いたことのある名前だった。確か、自分が家を出る前にジュリエットが箒を準備するのにヴェロニカに依頼すると話していた。
「じゃあ、あんなに楽しそうに話していたのは?」
「え? いつそんなところを見てたんだよ。…あー、もう。しかたねぇなぁ。ヴェロニカにからかわれてたんだよ。彼女ができたのかって。おまえに渡すつもりで作っていた魔道具の材料を頼んでいたんだ。あの人、魔法付与も得意だから、一人の時もお前を守ってくれる石を頼んでたんだ。だから・・・、あれ?」
ネロは上着やパンツのポケットを弄って焦っているが、ミオはすっかり誤解が解けてさっきまでの自分が恥ずかしいやら嬉しいやらで思わず俯いてしまいそうになった。でも、ちゃんと言葉にしたい。その思いで思い切って顔を上げた。
「ヤバい! せっかく作ったのに、どこに落としたんだ?」
「ネロ、分かったよ。ありがとう。勘違いしてヤキモチ焼いて、ごめん」
ミオはベランダのガラス戸を開けて、ネロを中に招いたが、ネロは焦った様子で気が付かない。
「悪い、明日はのんびり亭に8時には行くよ。それまでに探してくる。じゃあな」
そう言い残すと、そのままふいっと姿を消した。
「え? もう行っちゃった…。う~ん、もっと話したかったなぁ」
ガラス戸を閉めながら、ちょっと物足りなさを感じる。でも、誤解は解けた。それに、ネロは何やら自分のために作ってくれているみたいだった。自分も、何かネロの役に立ちたい。そんな気持ちが、自然と沸き起こっていた。
翌朝、気持ちの晴れたミオは、足取りも軽く石畳を登っていく。昨日の夜遅くに降った雨が、道路沿いの生垣に水玉を残していてキラキラ光っていた。それを見つけただけで笑顔になれる。約束の時間までは、まだ30分もある。我ながら張り切りすぎだと恥ずかしくなった。
「おはよう、ミオ」
「あ、おはようございます。ビビさん」
突然目のまえに舞い降りたビビが、優雅な仕草でミオの手を取った。驚くミオに王子様のような甘い笑みを浮かべて、そっとその手に小さなアクセサリーケースを乗せる。
「これ、ミオにつけてあげるね。今日のお出かけにぴったりだよ。じゃ、後で」
「え? 後って、どういう…」
聞き返している間に、ビビはすばやく何かをミオに付けると、手を振って去ってしまった。通りのウィンドウで確かめると、小さいけれどきれいなイヤーカフが光っている。そういえば、せっかくネロと出かけるのに、アクセサリー一つ付けていなかった。
「ビビさんはおしゃれだなぁ。おしゃれすぎて、大丈夫かなぁ」
そっと前髪を直して、ウィンドウに微笑んで見る。そして、さっきより弾んだ足取りで店へと向かうミオだった。のんびり亭の前にネロが立っているのが見えると、どんどん足が進んでいく。
「おはよう、ネロ!」
「おはよ…えっ、それ、どうしたんだ?」
笑顔だったネロの顔が一気に曇ってしまった。やっぱり似合わないのかな。不安が頭をもたげるが、もう変な誤解はしたくない。ミオは素直にビビにもらったことを話したが、ネロの表情は一向に晴れて来ない。
「あの、気を悪くしたなら外すよ。そっか、ビビさんも男性だもんね。気分悪いよね。軽率なことをしてごめん」
「いや、外さなくていい。いいんだけど…。あぁー、どうしてアイツが持ってるんだ」
心配そうに見上げるミオに気付いて、慌てて取り繕うが、ネロは複雑な気分だ。
「と、とにかく師匠のところに行こう」
「うん、今日はよろしくお願いします」
魔方陣が展開されると、あっという間に二人はミオの実家の前に到着した。
つづく
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