27 行きついた場所
山を二つばかり越えたあたりにゆったりとした農場が広がる場所があった。その先に大きな屋敷が見えてきた。人気のない木々の間にそっと降り立つと、ミオは屋敷の門の前に立った。
「なんて大きなお屋敷。前に領主さまにお会いしたのは、やっぱり別邸だったんだ」
護衛兵士に声を掛けると、慌てた様子で身なりを整え、中に案内された。どうやらあの日、別邸に居た護衛の一人だったようだ。応接室で待っていると、夫人と双子が揃ってやってきた。
「まぁ、よくいらっしゃいましたわ、ミオ様。いつかお茶会にご招待したいと思っていたのですよ」
優雅に微笑む夫人の後ろから、ワクワクした様子で瞳をきらめかせた双子が顔をのぞかせた。それを窘めながら、侍女にお茶の指示を出すと、ミオにソファを勧めて自分たちも向い側に落ち着いた。
「その節は、大変お世話になりましたわ。ミオ様が助けてくださらなかったら、今頃私はどんなふうになっていたか。やっと生家に戻れて、今はいろんなことを学んでおりますの」
「ブレンダは、帰って来てからずっとミオ様に会いたいといい続けていたんですよ。あの時は、ブレンダが助かったことで頭がいっぱいだったので、ろくにお声もかけられず失礼いたしました。僕も、こうしてお話する機会が出来て、嬉しいです」
山の中で見た少女とは思えないふっくらとした頬に潤った唇。生き生きとした瞳には、しっかりとした意志が感じられる。そして、驚くべきはその言葉遣いだ。ずっと伯爵家で育ったブルーノとも遜色ない知性と品を持った会話ができていた。その頭の良さに圧倒されながらも、自分の言葉遣いに自信を失くすミオだった。
「こうして、お元気な姿が見られて嬉しいです」
貴族らしい所作に怖気づいているのを見かねて、夫人が声をかけた。
「それで、今日はどうなさいましたの?」
「それが…」
ミオが言いかけた時、ドアがノックされて侍女がお茶を運んできた。香りのいい紅茶と、色とりどりのお菓子が並んで、思わず目を見開いたミオだったが、それを差し出している侍女の顔を見た途端、思わず立ち上がった。
「ダーラさん! どうしてここに?」
「まぁ、ダーラとお知り合いでしたの? 不思議な御縁もありますのね」
「実は、ダーラさんの行方が分からなくなったと、地元では大騒ぎになっていまして…。以前こちらで働いていらしたと聞いたので、なにか手掛かりがないものかと、伺った次第なんです」
「あらあら、それはご心配をおかけしましたのね。ダーラ、ご実家には連絡していないの?」
夫人に声をかけられると、にこやかに微笑んで大丈夫ですと答えるのみだった。夫人は、そのままダーラを下がらせ、今の事情を聞きだすと、ミオに手紙を託すことにした。
「時折、不思議なことを話すようになったとは思っていたのですが、やはりそういうことだったのですね。今、ダーラはきっと7年前の続きをやっているようです。急にこちらを訪ねて来た時は驚きましたが、あの頃のままの仕事ぶりで、我が家としては大助かりなんですのよ」
「では、ダーラさんのお家の人には、その旨お伝えしておきます。今日は、これでお暇致します」
ぺこりと頭を下げたミオに、ブレンダが駆け寄った。
「また、きっと遊びに来てくださいね。魔法の事も、教えていただきたいですわ」
「あの…、僕からもお願いします」
ブルーノも一緒になってミオの手を取った。
「私は、今回のことでやっと長老からとんがり帽子をいただいたばかりの見習いです。だから、人様にお教えできる立場ではありません。でも、同じように魔法を使える友達がいたら、すごくうれしいです」
「やったー!」
双子が大喜びする中、夫人からも次のお茶会に招待すると告げられ、大いに照れながらクリーブランド家を後にした。
「おい、何をしに行ってたんだ?」
「わぁ! びっくりした。ね、ネロ。…私はダーラさんを探していただけよ。忙しいネロには関係ないでしょ」
門を出て、人気のない路地に入ると、不意にネロが出て来た。顔を見た途端、女性と歩いていた姿を思い出して、嫌な言い方になってしまう。
「関係なくないだろう。こんな長距離飛んできて、なにかあったらどうするんだよ」
「大きなお世話よ。ちゃんと行ってこれたんだし、ネロにとやかく言われる覚えはないわ」
「魔法を使う時はちゃんと報告しろよ。おまえはオレの弟子なんだから」
弟子と言われた言葉に、今更ながら傷つく自分がいた。そう、心配してくれていると思っても、それは弟子だからだったんだ。そうか、一緒に母に会いに行ってくれると言っても、それは師匠だからだったのか。ミオが唇を噛み締めていると、心配そうな声が聞こえて来た。
「それで、ダーラさんのことは何か分かったのか?」
「ダーラさんなら見つかったわ。私、頼まれてることがあるから、先に行く!」
もやもやした気持ちをどうすることもできずに、ミオはいつもの街へと帰ってきた。路地でとんがり帽子と箒を片付け、いつもの姿に戻ると、セイジーの待つ花屋に急いだ。
「ミオ! どこに行ってたんだ。ダーラさんがまだ見つからないんだぞ」
花屋の店先でケビンが声をかけて来た。その周りには、アントニーやジャックも集まっている。そうだ、みんなで探している途中だったのだ。ミオは、すぐにセイジーにクリーブランド夫人から預かった手紙を渡し、ダーラが無事でいると告げた。集まっていた街の人々は、それぞれ驚きながらも安堵した様子で帰って行く。
「ミオさん、ありがとう。今度こそ、施設に入れるって主人が言い出して、困っていたの。おばあ様がそれで満足しているなら、私はそれでいいんだけど。手紙は主人と一緒に読ませてもらうわね」
ミオは、セイジーの疲れた後ろ姿を見て、ダーラは分かった上で元の奉公先に行ったのではないかとさえ思うのだった。そのままとぼとぼと石畳を歩いていると、ふいに目の前に黒い影が現われた。
「おい、師匠を放っておいてさっさと帰るとは何事だ」
「…今日は疲れたので帰ります」
「待てよ。何を怒ってるんだ?」
どんなに声をかけられても顔を覗き込まれても、どうしても素直に目を合わせられない。もう自分の事なのに、まるで素直になれない自分を持て余すミオだ。その時、ケビンが割って入ってきた。
「おい、いい加減にしてやれよ。こいつ、さっきまで日帰りでクリーブランド家のある都会まで行ってたんだぞ」
それは、魔法使いであることを知らない人の言葉だった。その言葉にはっとしたネロは、「すまない」とだけ言うと、ちらっとミオに視線を投げかけただけでさっさと帰ってしまった。
つづく
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