26 行方不明のダーラ
いつもの街に戻ったネロとミオは、次のミオの休みまでしっかり仕事に集中しようと約束してそれぞれの家に帰った。それでも、ミオは浮かれてしまいそうな自分を止められない。ささやかなチェストの上にそっととんがり帽子を飾ってみる。これで、本当に魔法使いになれる第一関門を突破したんだ。
ケビンの母親にかけた治癒魔法が順調に成果を発揮して、退院の日も決まったという。それなら、母ジュリエットにも効果があるかもしれない。ミオは、母ジュリエットにとんがり帽子を見せる日を待ち遠しく思っていた。その時、不意にオーリーの言葉を思い出した。
―オーリーが言った”二人の事“って、やっぱりそういうことだよね。あの時、ネロも顔が赤くなってたしー
ベッドに入っても、あの時のネロの顔を思い出すと、ニヤニヤしてしまう。でも、ほんとは言葉でちゃんと伝えてほしい。思い出しただけで心臓がどきどきする。ミオはそんな自分に戸惑っていた。
翌日、のんびり亭に行くと、ネロが店先に立っていた。嬉しくなって駆け寄るミオに、きゅっと唇を固く結んで、言い放つ。
「ミオ、今やっている仕事が終わるまで、ジュリエットさんに会うのは延期にする。おまえも、自分のやるべきことをしっかりやっておけよ」
「え…、それって、どのくらいかかりそうなの?」
「分からない。とにかく、少し時間をくれ。教会の屋根にもしばらく行けそうにないんだ。仕事が終わったら、まっすぐ帰れよ。じゃあな」
言いたいだけ言うと、ネロはさっさと帰ってしまった。ふわふわと浮足立っていたミオは、急に足を踏み外したような錯覚に捕らわれる。
「ミオ、こんなところに突っ立ってどうしたの?」
アンリが店の中から声をかけた。そうだ、こんなことで落ち込んでいる場合じゃない。とんがり帽子に恥じない自分でいなきゃ。胸の中に微かな引っ掛かりを感じながらも、笑顔を作って店に飛び込んだ。
平日は、客足も少なく、落ち着いた時間が流れていた。ケビンも、姉の支援を受けて、復学し、バイトは土日だけに戻っていた。しかし、何かが足りない気がして、ミオはふと客席を見回してみた。その時、セイジーがそっと店の中に入ってきた。
「あの、うちのおばあ様は来られていますか?」
「あら、そういえば今日はまだお見えじゃないわね。ミオ、ダーラさんは来られてないわよね」
「あ、そうです! 今朝から、なにか物足りないと思っていたんです。ダーラさん、またお出かけされてしまったんですか?」
セイジーは申し訳なさそうに頷く。
「こちらに来られたら、連絡を入れるわ。今日はお天気もいいし、お散歩されているのかもしれないわね」
アンリはそんなことを話していたが、ダーラの俳諧は、日に日にひどくなっている。心配なのは、馬車に乗って遠くまで出かけるようになったことだ。何度も頭を下げて出ていくセイジーを見送って、アンリはそっとミオに声をかけた。
「ミオ、もう空は飛べるの? だったら、少し街の周りを探してあげてくれないかしら。マスターには配達に行くって言っておくから」
アンリからの意外な言葉に一瞬身を固めたミオだったが、言い訳の焼き菓子の入った袋を渡されて、すぐに街の路地へと駆けこんだ。
高度を上げ、教会の裏手の墓地や、ダーラの馴染みの商店街を見て回るが、それらしい人影は見つからない。捜索範囲を広げて、港や隣町にも向かってみたが、ダーラの姿はなかった。疲れたミオがそっと降り立ったのは、いつもの教会の屋根だった。夏が近づいているのか、日差しが強く、この場所も長くはいられない。もう少し遠くまで飛んでみようと考えていると、目下に若い女性と楽し気に話すネロの姿があった。きれいな金髪をなびかせて、歩く姿はとても優雅で大人らしい色気が漂っている。
「うそ…」
そのまま二人はネロが暮らすシェアハウスへと消えていく。ミオには、それをただ茫然と見送る事しかできなかった。唇を噛み締めてもあふれてくるものを止めることができなかった。その場に座り込んでいると、遠くからダーラを呼ぶ声が聞こえてくる。
―そうだ。今はダーラさんを探さなくちゃー
まだまだ泣きたい気持ちはあったが、今はダーラの方が大切だ。歯を食いしばって頬をぐいっとぬぐうと、ミオは再び空へと舞い上がった。
ダーラが行きそうな場所を考えていると、ふと、以前に文具屋の赤ちゃんをブレンダと呼んでいたことを思い出した。
「ブレンダ…ブレンダ。どこかで最近聞いた名前なんだけどなぁ」
結局、ダーラを見つけられないまま店に戻ると、マスターも捜索に当たるというので、店は一旦休業になっていた。アンリに頼まれて再び街中を探し出すと、ばったりケビンに出会った。ケビンももちろん、ダーラ捜索に奔走しているところだった。
「ミオ! 前にダーラさんを見つけた墓地はもう行ったか?」
「うん、午前中に行ってみたけど、来られた様子はなかったよ」
「そうか…。後は、昔働いていた邸宅ぐらいだろうか…」
「ダーラさんが昔仕事をしていた場所って、どこなの?」
話しながらも二人は足早に教会へと向かっていた。時間が経ってから墓地に来ている可能性もあるからだ。
「おまえ、知らなかったのか。俺の父さんとダーラさんは、クリーブランド伯爵家に仕えてたんだ。双子のお子さんが生まれたとき、一人だけ誘拐された事件は知ってるだろ? あの事件が元で、父さんは自分から給料を辞退して、他でも仕事をするようになったんだ。それで過労死だ。もう7年も前になる。あの頃は、ダーラさんがうちのことを随分助けてくれたんだ」
どこか遠くを見る目で話すケビンは、きっとその頃の事を思い出しているんだろう。しかし、隣で聞いていたミオは、驚きを隠すのに必死だった。
―クリーブランド伯爵家と言えば、先日助けた少女の家だ。そうか、あの子はブレンダと呼ばれていた!-
「ケビン、私、ちょっとお腹が痛くなってきたから、お店に戻るわ」
「ええ! 大丈夫なのか? 無理はするなよ」
心配するケビンをその場に残して、ミオは足早に石畳を下って行った。のんびり亭まで戻ってくると、アンリを見つけてクリーブランド家の場所を聞き出した。そして、すぐに路地に飛び込んで空へと舞い上がっていった。その動作には迷いがない。
「わお! 初めて見たけど、ミオはやっぱりジュリエットの娘なのね」
空高く小さくなっていく後ろ姿は、ピンと尖ったとんがり帽子の魔法使いのものだった。
「あら、こんな近くに魔法使い? あ、もしかして、あの子が例の彼女なのね。ふふ、かわいいじゃない」
「うるさい! 大事な弟子だ。余計なことはしないでくれよ。それより、資材調達の方、わすれるなよ」
分かった分かったと笑いながら、その女性はすっと姿を消した。それと同時に、ネロは先ほど飛んでいった魔法使いの魔法の軌跡を辿っていた。
「あれは、クリーブランド家の方角か。街もざわついているし、何かあったのか?」
ネロは、すぐさま黒猫に変化して、街の動向を探り出した。
つづく
読んでくださってありがとうございます。




