24 苦い再会
「ちょっと、冗談じゃないわ。ウィリアムったら、なんてことしてるのよ。随分羽振りがいいと思ったら、あの子供でぼろ儲けしていたなんて! 」
客を装って店に入り込んでいたキンバリーは、まだ収まらない怒りをあらわにして、酒場で酒を煽っていた。あのお守りアクセサリーは、キンバリーですら噂を聞いていた。まさかそれを作らせて儲けていたのがウィリアムだったとは。裏切られたことよりも、その儲けに一枚かんでおきたかったのにという思いが強い。
「明日、もう一度お店に行って、うまいことあいつを丸め込まないといけないわね」
裏社会では、誰がいつどこで裏切ってもおかしくない。フォーディナントからも報酬を得ながら、こちらも口止め料をいただく算段だ。
翌朝、早速店に乗り込んだキンバリーが見たのは、そっけない閉店の看板だった。店の片づけをしている店員を捕まえて事情を聞くが、店主が行方不明で、商品も入ってきていないと言うばかりだった。しまった! 気づかれたか。そう思ったキンバリーだったが、タダで帰るわけにはいかない。店員の隙を見て店内に入り込むと、金目の物を物色し始めた。
「君、ここは立ち入り禁止だ。他を片付けなさい」
「あら、すみません。あの、片付けはそろそろ終わりますので、こちらのお手伝いをと…」
「必要ない。君は、ここの従業員か?」
「え? い、いえ。実は、今日は納品した宝石の代金をいただきに来たのですが」
このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。キンバリーは苦肉の策で口から出まかせを言ってみた。だが、男がじっとその動向を監視している。長い沈黙の後、キンバリーは居たたまれなくなって、「まだ出直してきます」と言うと、逃げるように店を飛びだした。男が、仲間に目で合図したことに気付くこともない。
「まったく、何なのよ。急に店は閉まるし、なんだか怪しげな奴が調べ物してるし。あの高圧的な態度! あれじゃまるで警察じゃない…、警察?それはヤバいじゃない! 早くフェルディナント殿下に伝えなくちゃ!」
キンバリーは一目散に商会へと向かった。
数日が過ぎた。公園の隣にあるのんびり亭は、忙しいランチタイムを終えて、ミオが遅めのランチを食べているところだった。
「いらっしゃいませ~」
マスター特製のナポリタンを頬張っていたミオが顔を上げると、ケビンが来ていた。
「久しぶりね。元気だった?」
「あの、長らくすみませんでした。昨日、ミオから顔を出すようにって聞いて…」
視線が下がる。背中も心なしか丸まっている。いつもの姿は見る影もない。
「あれからお母さんの具合はどうなの?」
「それが、少しずつですが、良くなっているそうで。医者も不思議がってるぐらいなんです」
「そうなの!?」
「母は、姉貴には言うなって言ってたんですが、たまたま病院に行くところを見つけられて、姉貴が病院代は出すから、アンタはちゃんと学校に行きなさいって言ってくれて…」
「そう。良かったわねぇ。じゃあ、店にはいつ頃から来れそうなの?」
ケビンが急に顔を上げて、マスターの様子を伺った。それを知ってか、マスターが厨房から顔を出して、ニヤッと笑う。
「次の週末には来れそうか?」
「はい! 頑張ります!」
「おう、無理すんなよ」
はっと表情が明るくなったケビンは、微かに涙ぐんですらいるようだった。ランチを食べ終えたミオが駆け寄ると、アンリが「口の周りがオレンジ色になってるわ」と笑う。慌てて口を拭うミオに、ケビンは落ち着いた様子で声をかけた。
「次の週末から、またよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
嬉しそうに頷くケビンを見ていると、ミオもなぜだか涙ぐんでしまう。もちろん、初めての治癒魔法で病状の回復を早めたのは間違いないだろう。2回、3回と行く度に、ケビンの母親の顔色が良くなっていくのを実感していた。魔法使いであることは公表できないが、巡り巡って自分の回りにも良い影響が出ている。母ジュリエットから言われていた『魔法で人の役に立つこと』の意味を知る機会となった。
仕事が終わると、ミオは一目散に教会の屋根に向かった。毎日治癒魔法の練習に付き合ってくれたネロには、一番に伝えたかったのだ。
教会の屋根に近づくと、寝そべってぼんやり空を眺めているネロを見つけた。
「ネロ! 治癒魔法、成功したよ!」
「…そうか」
明らかにいつもと様子が違うネロに、ミオのテンションも下がってしまう。
「ネロ、疲れてるの?」
「いや、別に。そうだ、近々凍土の森に行くことになるから、そのつもりで。明日も仕事だろ? 今日は早めに帰って明日に備えろ」
「なにか、あったんでしょ」
そっけない言葉に、ミオが食い下がった。
「…、おまえには関係ないことだ」
「関係なくない! なにがあったの?」
「はぁ、俺の実家の問題なんだ」
ふいとそっぽを向くが、ミオはじっと次の言葉を待っている。ネロは、最後には根負けして、ぽつりぽつりと話し出した。
「この前、山の中で女の子を救出しただろ? あの事件の犯人が、ずっと行方不明だった俺の兄貴だったんだ」
「え?」
思いもよらない話に、ミオは言葉を失った。力を合わせて解決した事件だったはずなのに、最後にそんな事実が明るみになっていたなんて。オロオロするミオを見て、ネロは「気にしなくていい」と寂し気な笑顔を作った。
ネロの実家は、アルドリット子爵家だ。父親を事故で亡くし、今は長兄エリオットが領地経営と父から引き継いだ商会を切り盛りしているという。その事故が、次兄ウィリアムのその後の人生を大きく狂わせてしまったのだ。
「エリオット兄さんは、父親似で魔力も十分だし商才もあったから、なんとか子爵家を盛り立ててくれているんだが、ウィリアム兄さんは生まれつき魔力がなかったんだ。それでも両親は兄弟3人を分け隔てなく育ててくれていたと思うんだが、あの事故の時、父親は跡継ぎのエリオット兄さんを庇って亡くなり、母親は幼かった俺を庇って、兄弟ではウィリアム兄さんだけが、腕を切断する大けがをしてしまった。それが兄貴の心に影を落としてしまったんだろうな。母親が苦労して作ってくれた魔道具の義手をつけても、兄貴の気持ちは晴れなかった」
慣れない領地経営を必死にこなすエリオットと、魔法使いの素養があると分かって、修行のために家を出たネロを横目に、居たたまれなくなったウィリアムは、家を飛び出してしまったと言う。そのまま行方が分からなくなっていたウィリアムが、こともあろうに今回の事件の犯人だったというのだ。
無事を祈っていた母親に生きていることだけでも伝えようと、実家に帰ったネロだった。しかし、久しぶりに戻ったネロを歓迎する晩餐の席で、ウィリアムの名前を挙げようとすると、エリオットが止めてしまうのだ。アルドリット子爵家では、次男は亡くなったものとされていたのだ。
「母上には、ウィリアムは事故に遭ってなくなってしまったと伝えている。これ以上苦しい想いをさせたくないのだ。分かってくれ」
翌朝、実家を後にするネロに、エリオットが告げた言葉だ。そのまま何も言えないままで戻ってきたネロは、どうにも気持ちが晴れないままでいたのだ。
つづく
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