22 愚かな二人
少し時間は遡るが、ミオがブレンダを連れて魔法陣で移動したのを確認したネロは、そのまま獣道を伝って例の山の扉の前に来ていた。慎重に扉を開けると、奥にもう一つ扉があった。どうやら動物などの侵入を止めるために二重扉になっているようだ。二つ目の扉にそっと手を掛け、慎重に気配を確認する。どうやら誰もいないようだと分かると、さっさと中に入っていった。通路は一本道で奥へと続き、しばらく行くと無機質な部屋に行きあたった。簡素なテーブルがあり、その上に黒いケースがぽつんと置かれている。ケースは魔法で鍵がかかっているが、これは魔道具なので、ネロが開けるのはたやすい事だった。そっとふたを開けると、カラフルな宝石や貴石がケースに入れられて並んでいる。その中には、ミオがつけていたイヤリングと同じものもあった。
「ここで魔法付与させていたのか。それにしても、誰も見ないが、どうしてあの子はここで仕事を続けていたんだ?」
疑問に思いながら、ケースに他に仕掛けがないか確かめる。どうやら、このケースは単純に鍵を掛けているだけのようだ。ところが、そのケースを机に戻した途端、テーブルに×のマークが浮かび上がった。
「な、なんだこれは?」
考えた挙句、ネロは試しにこの宝石に魔法付与を試みた。そして、ケースを先ほどの様に持ち上げて下す。すると、テーブルに〇のマークが浮かび上がり、テーブルの横から引き出しが飛び出して、中から堅いパンと干し肉と水が出て来た。
「なんてことしやがる! あの子はこれを食べるために毎日ここに来ていたのか」
魔法付与は、高度な魔法技術を必要とする。それに、魔力もごっそり取られてしまうのだ。その代償がたったこれだけの食事だとは、あんまりだ。このお守り一つで、少女なら一月の食事代になるだろう。
ネロはそのまま部屋を出て、他に通路がないか調べることにした。扉に手を掛けた瞬間、人の気配がして、慌てて黒猫に変身すると、そっと机の下に身を潜めた。
「あいつはちゃんと来たのか? 他の人間と接触されてはまずい。今日はここから帰さずに確保しておけ」
「大丈夫よ。だいぶ痛めつけておいたし、言葉もろくにしゃべれないのに、ここの事は伝えられないでしょ」
声が近づいていると思っていたら、不意に扉が開いて二人の人物が入ってきた。
「これはいったい!」
「引き出しが開いているということは、付与は終わっているということか。それなのにパンを食べた様子がない。おい、これはどういうことだ!」
「そ、そんなこと言われても…」
「すぐにあいつを連れ戻せ!」
女を押し出すようにして男が足早に部屋を出た。テーブルの下でじっと気配を消していたネロは、その男の声に聞き覚えがあった。そして、部屋を出る直前にその目に焼き付けた姿は、まぎれもなくウィリアム・アルドリット。ネロの次兄だ。しかし、動揺している時間はない。ネロはすぐさま人型に戻って、二人が出て行ったあとの事務所内に潜入し、証拠の品として帳簿をごっそり抱えて帰った。
山の扉を出ると、オーリーが先ほどの二人を縛っているところだった。
「よぉ、ネロ。お疲れ」
オーリーは自分では手を出さずに、魔法で二人を縛り上げていた。呑気なオーリーの声に反応したのはウィリアムだった。
「ネロだって? あ~、お前だったのか。おい、ネロ。誤解なんだ。助けてくれよ。俺はこの女に唆されてやっただけなんだ」
「なんですって、アンタが良い金づるがあるっていうから危ない橋を渡って助けてやってるのに。こんなことになるなら、商会でおとなしくしていた方が良かったわ」
「おい、ドリー! 余計なことを言うな!」
ネロはそんなウィリアムの方をみることもなく、オーリーと一言二言言葉を交わすと、そのままふいっと姿を消してしまった。それと入れ違いにやってきたのは、ビビだ。
「だから言ったでしょ。そんな男やめて、僕と仲よくしようって。ほら、おいでよ。悪いようにはしないからね」
「ビビ! 良かったぁ。ホント、貴方の言う通りだったわ」
「じゃあ、いろいろ教えてね」
王子様のような微笑みを浮かべて、ビビはドリーを魔方陣に乗せてどこかに連れ去った。
「ふ、チャラいのもたまには役に立つもんだな」
そう言うと、オーリーもその後を追って姿を消した。
ドリーと呼ばれた女が運ばれたのは、どこかのお城の貴賓室だった。豪華な調度品が並ぶ中、執事がそっと紅茶を運んできた。どこからかウィリアムの叫び声が聞こえて振り向くと、ベランダの隅に括られたまま憤慨している。それを横目で見てふっと鼻で笑ったビビが、ドリーをソファに誘う。
「ねえ、今回はひどい目に遭ったね。でも、もう大丈夫だよ。僕がいるからね」
「ありがとう、ビビ」
ビビの肩に寄りかかって、ドリーは満足げに笑っていた。
「それにしても、商会って、何?変な事されてない?」
「ああ、それは・・・。普通の下働きよ」
「ええ、本当に大丈夫なの? 君は可愛いから心配だよ」
ビビはすかさずドリーの肩を抱いて見せた。
「ふふ、大丈夫よ。私、生まれつき魔力がなかったの。だから、なかなか仕事が見つからなくて困っている時、うちに来ないかって、助けてくれる人がいたのよ」
「へぇ、そうなんだぁ。実は僕、魔力がねぇ…」
憂いを浮かべた表情で寂しく笑うビビに、ドリーは慌てて言い募る。
「ねえ、それなら私と一緒に商会に来ない? 商会では、誰もが平等な世界にしようって頑張ってるの。あ、だけど、今回のあの子の事は全面的にウィリアムが悪いのよ。恐ろしい魔法使いの赤ん坊を攫って、獣みたいに育てて、金儲けの道具にしてたんだから!」
「そっかぁ、それで全部?」
ビビが笑いながら席を立つと、目の前の豪華な部屋がふわっと色を失って、消え失せた。そして、ドリーは自分が木の枝に座らされていることに気が付いた。下を向いたらめまいがしそうな高さだ。それをふわふわと空中に浮かんでいるビビが見つめていた。
「オーリー、こっちの証言は取れたよ」
「ああ、よくやった。上出来だ」
「じゃあ、あとは任せたからね。じゃあね、ドリー」
そのまま空高く飛んで行ってしまった。オーリーは、二人をその木の真下にある王城の地下牢へと転移させ、次の仕事へと向かった。
「え? ちょっと、どういうことよ!」
「ドリー、てめぇ。裏切りやがったな!」
地下牢に二人の罵り合いが響いていた。
つづく
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