19 目覚め始めた光
少女の姿を見つけた翌日、ミオは手早く買い出しなどを済ませると、いつもの教会の屋根に飛び立った。いつもの場所には、すでにネロが待っていた。
「おかえりなさい。長老様はなんて?」
「オーリーを派遣するそうだ。誘拐犯の目星が付くまでは、手を出すなとさ」
「そうなんだ」
ミオは、少し物足りない気持ちで山を見上げた。まだ夕暮れまでには時間がある。今頃は、あの穴倉で眠っているだろう少女を思うと、自分の不甲斐なさが悔しい。
「そんなに心配するな。オーリーは、あれでも俺たちよりずっと優秀な魔法使いなんだ。変化が得意だから、きっとうまく解決してくれるさ。ふう、それにしても、さすがにあの距離を一日で移動するのは疲れるな」
ネロは屋根の上にごろりと横になって、大きく息を吐いた。よく見ると、目の下には隈が出来ている。きっと、ネロ一人で対応していたなら、こんなに急いで凍土の森に行ったりしなかっただろう。ミオはそっと近づいて、掌に魔力を集めてみた。ネロの疲れを癒したい。ただそれだけを心に想いながら。その瞬間、ミオの手元がパッと明るく光り、ネロの体を包み込んだ。
「えっ? 今の、おまえがやったのか?」
「え? そ、そうみたい。どこか、痛かったりした?」
顔を覗き込んだミオは、真っ赤になったネロを目撃した。
―どうしてそんなに赤くなってるの?-
「大丈夫? 顔が真っ赤だよ。どうしよう。ネロの疲れを癒したかっただけなのに」
オロオロするミオは、不意に何かに拘束されて身動きが取れなくなった。え、何が起こったの? 驚きと共に誰かの心臓の音が早鐘の様に聞こえてくる。
「わ、悪い。ちょっと疲れてたんだな。今日はもう帰るよ。ミオも気を付けて帰れよ」
ふわっと腕の力が弱まったかと思うと、顔を合わせないまま、ネロは姿を消した。
「え? い、今のって、抱きしめられてた?」
自分に起こっていた状況に、遅ればせながら気が付いたミオは、教会の屋根に一人で座り込むと、両手で顔を覆って、声を出さずにキャーっと叫んだ。
一方ネロは、初めての感情に翻弄されるまま、逃げるように自分の部屋に戻ってきた。
「おかえり。今日は早くから出かけてたのかい?」
「え? あ、ああ。ちょっと知り合いに会いに行ってたんだ」
「ん? 何かあったのか?」
「なんでもない。疲れたからもう寝るよ」
出勤準備をしていたアントニーが首をかしげながら声を掛けた。ネロが上の空で返事をしながらも、そそくさと自分の部屋に逃げ込んだので、一緒にいたアントニーとジャックは思わず目配せしてニヤッと笑った。
「何かありましたね、あれは」
「ふふ。珍しいねぇ、あんなネロを見るのは。はぁ、青春だなぁ」
「くーっ、好きな子でも出来たんですかね。羨ましいぜ。じゃあ、いってきまーす」
二人の気配が消えると、ネロは自分の部屋でふうっと全身の力を抜いた。
―好き勝手言いやがってー
でも、会話の内容は図星過ぎて否定できなかった。まさか、あんな子どもにドキドキするなんて、思いもしなかった。だけど、あの治癒魔法を受けた時、目の前の少女が女神のように見えて、手放したくないと強く思ってしまったのだ。
「あ~、何やってんだ、俺は」
頭を抱えたままベッドにもぐりこむと、そのまま疲れに任せて眠ってしまった。
窓ガラスをつつく音で目が覚めたネロは、窓辺にオーリーが待っていることに気がついた。ネロは大急ぎで窓を開け、オーリーを招き入れた。部屋に入った途端、すらりと背の高い青年に姿を変えたフクロウは、寝起きのネロを見ると、クスっと笑って話し始めた。
「お休みのところを悪かったな。その顔、凍土の森に居た頃とちっとも変わってないな」
「いつまでも子供じみてるってか? 失礼しちゃうよ。これでも弟子を育ててる身だよ」
「ははは。そうだったな。ネロ、成長したな」
オーリーの目は父親のように穏やかだった。
「その弟子に用がある。お前たちが見つけた少女は、やはりクリーブランドのブレンダのようだ。ただ、あの様子じゃ、男の我々が急に現れても、素直に言うことを聞いてはくれないだろう。おまえの弟子は幸い若い女性だ。あの子に連れ出してもらおう」
「ミ、ミオに…?」
昨晩の失態を思い出して、また顔が赤くなる。今はどちらかというと、会いたくない相手だ。
「どうした? なんなら、私が直接彼女に会いに行ってもいいんだが」
思わぬ言葉に顔を上げると、目の前には知的で紳士的な大人の男性が柔和な笑みを浮かべている。
―ダメだ。勝てる気がしないー
「い、いや。自分で説明するよ。アイツの仕事の都合もあるだろうから、数日待ってやってくれ」
「分かった。では、こちらではクリーブランド家に連絡を入れておこう」
それだけ言うと、オーリーは頼んだよ、と手を上げて窓に向かって歩き出し、ガラスを通過すると同時にフクロウに変化して飛び去って行った。
見送ったネロが時計を見ると、明け方の4時だった。そろそろアントニー達が帰ってくる。再びベッドにもぐりこんだネロだったが、なかなか寝付けなくて、今回のことをミオにどんなふうに話そうかと考えあぐねていた。
微かに足音が聞こえ、ドアの鍵が遠慮がちに開いた。アントニーとジャックが帰ってきたのだ。ジャックが疲れた様子でため息をつくのが聞こえた。
「はぁー、疲れた。それにしても、まさかダーラさんとのんびり亭の若い子の父親が同じ職場だったとは、意外ですねぇ。あのじいさん、まるで自分がその場にいたみたいに興奮しちゃって、あんなに酔っぱらって、ちゃんと帰れたんでしょうかねぇ」
「大丈夫だろう。馬車の音がしていたから、家の人が迎えに来たんだろう。まあ、クリーブランド家の誘拐事件はあの当時大変な騒ぎだったからなぁ。せっかくなら、昼間に来ればよかったんだがね。ダーラさんも喜んだだろうに。では、お疲れさん」
「はい。おやすみなさい」
ぼんやり聞いていたネロは、思わず体を起こして耳をそばだてた。クリーブランドだって? のんびり亭の若い子って、アイツのことか…。休日だけバイトに入っているケビンだ。あまり気にしていなかったが、最近妙にミオに突っかかっているのを見かける。世話好きなダーラが、気にかけているのは知っていたが、そう言う関係があったのか。
外はいよいよ明るくなって、ネロの部屋にも朝日が差し込んで来た。ネロはアントニー達が寝静まるのを待って、行動を開始することにした。
つづく
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