17 ザックウェル商会
早いうちに退院できると思われたケビンの母親だったが、検査の結果が思わしくなく、入院は長引いていた。最初の内は病室に付き添っていたケビンだったが、収入が無くてはやっていけないからと、のんびり亭に戻ってきた。しばらくは、学校を休んで平日も働くと言うのだ。
マスターたちは難色を示していたが、学校にも事情を話して認めてもらったというので、平日も勤務することになった。
「ミオ! 平日が暇だからって、気を抜いてるんじゃないぞ」
仕事を終えて店を出ると、いきなりケビンに注意されて、ミオは驚きすぎて返事もできなかった。ミオは仕事が終わると、すぐに店を出て教会の屋根に直行していた。それが、ケビンには遊びに行こうとしていると見て取れたのだ。眉をひそめて何も言ってこない姿に、ケビンの苛立ちが刺激される。
「おまえなんかいなくても、俺が居ればのんびり亭は回して行けるんだ。やる気がないなら、来るな」
際限なく怒鳴りだすケビンに、厨房に居たマスターが顔を出した。
「おい、何をどなってるんだ?」
「こいつが真面目に仕事をしないから、注意しているんです」
「だれが真面目じゃないって? そこにいるミオのことなら、私は頑張ってると思っているぞ」
「マスターは、知り合いの子だからって、甘いんです!」
怒鳴った途端、その場の空気がスンっと冷え込んだように静まった。言い過ぎた。ケビンが居心地の悪さを感じていると、マスターが大きく息を吐いて宣言した。
「ケビン、厳しいことを言うようだが、君はしばらくのんびり亭を休みなさい。自分の境遇を盾に人を蔑むんじゃない」
「…失礼します」
そのままケビンは自転車に飛び乗って帰って行った。すぐ後で、アンリが飛び出してきて、今日の分のパンを渡そうとしていたが、すでにケビンは帰った後だった。
「ミオ、早く行きなさい。ネロが待ってるわ」
「え? どうしてそれを…」
「ふふふ。私を誰だと思っているの? 私はジュリエットの唯一の親友なのよ。あの子が手を焼いていたやんちゃ坊主が、人を指導するようになったんだねぇ。ネロからも聞いてるわ。しっかりね」
「ありがとうございます。行ってきます」
***
フォーディナント・ヴァン・アッシュフィールドは憤っていた。ここ、ザックウェル商会の社長室は、重厚な造りの家具、大理石の床、机の上には宝石をちりばめた物が並んでいる。玉座と見紛うほどの豪華な椅子に腰かけ、その男は一点を睨みつけている。
「失礼いたします。殿下、お茶をお持ちいたしました」
落ち着いたノックの後、カートを押して女性が入ってきた。女子事務員という肩書だが、こちらは魔法反対派貴族のご令嬢だ。実質の王弟専属侍女だ。
「おい、ここでは“社長”だ。キンバリーを呼べ」
「承知いたしました」
キンバリーとは、ザックウェル商会の暗部を担当するチームの一人だ。露出度の高い奇抜な服装でフォーディナントに馴れ馴れしく近づく彼女は、侍女たちの妬みの的になっている。こちらの侍女もピクリと一瞬体を強張らせたが、なんとか平静を装って、部屋を出たのだ。
しばらくしてやってきたキンバリーは、何やらニヤニヤと上機嫌だった。そんな様子をまるで気にする様子もなく、フォーディナントは冷ややかに告げた。
「どうしておまえが生きているんだ? おまえには、ジュリエット・フィンリーの夫を誘惑しろと言ったはずだ。まだまだ使えるはずだったあの男を死なせてしまって、自分だけ助かったのか?」
「悪かったわよ。まさか地震が起こるなんて思わないじゃない。好きで生き埋めになったんじゃないもの。あの男はどっかの救助隊に入っていたらしくて、そりゃあ手際よく助け出してくれたわ。だけど、上から瓦礫が落ちて来たんだもの。どっちが死んでてもおかしくなかったわ」
「じゃあ、おまえが死んでたら良かったんだ。そうすれば、あの男のせいにしてジュリエットを引っ張り出せたんだ」
随分な言われ様だが、キンバリーが気にする様子はなかった。
「それで、デュークの方はどうなったのよ」
「ダメだな。あの女、まるで話に乗って来ないそうだ。魔法使いってのは、あんなに強情な奴らばかりなのか?」
「ふふふ。フォーディーが甘いのよ。私が消してこようか?」
「ダメだ。おまえは仕事が雑だから、バレたらまずい。それより、ちょっとウィリアムのことを調べて来い。あいつにはクリーブランドのガキを始末させたはずだか、今頃になって、生き残りの方が、妹は生きていると言い出したらしい」
「え~、そんなことが分かるの?」
「双子だから分かるんだとさ。まったく双子が揃って魔法使いだなんて、気持ちの悪い」
キンバリーはニヤっと笑って出口の扉に手を掛けた。そして、ふいに振り返ると、「報酬は弾んでもらうわよ」と言い残して出て行った。
それを見送ったフォーディナントは大きく息を吐いた。机の上のランプも、窓辺で囀る手紙鳥も、部屋を暖める暖炉も、すべて魔道具だ。それらを使うのには、魔力が必要になる。魔法使いは随分減らしたが、魔力は国民の多くが持っていて、魔道具を自由に使える。特に貴族や王族ともなれば、持っている魔力も膨大なのだ。ところが、このフォーディナントは、王弟でありながら、どういうわけか魔力を持たずに生まれてきたのだ。それらの道具は、高価な宝石に込められた魔石を使うしか動かすことができない。
「まったく、忌々しい」
それは7年前の出来事だった。魔法使いの血筋であるクリーブランド家に双子が生まれたのだ。側近の耳打ちに、「そうか、二人ともか!」と破顔する兄を見て、狙いを定めたのだ。昔、この家の双子が疫病から国民を救ったという話は、聞いたことがあった。しかし、そんな疫病がそうそう発生するものではない。そんなことよりも、これ以上魔法至上主義が広がることを避けなければ。フォーディナントは、すぐさま行動を起こしたのだ。
デュークとキンバリーを下男、下女としてクリーブランド家に潜入させ、双子を誘拐する予定だった。デュークはすんなりと入り込めたのに対し、キンバリーは下女に扮することを拒絶し、侍女の制服を盗んで着ていたのだ。ところが、使用人の管理に厳しい執事長のイーリーにすぐに見破られ、騒ぎを起こしてしまったのだ。執事長のイーリーは危険を感じて、双子を奥の間へ保護しようと傍に居たデュークに指示を出し、それぞれ赤ん坊を抱きあげたのだ。捉えられたキンバリーは、隙を見て逃げ出したが、赤ん坊に近づくことは出来なかった。双子を守りきれたとほっとしたのもつかの間、双子の片割れブレンダとデュークが姿を消しているのに気が付いたクリーブランド家の人々は騒然となった。
それ以降、クリーブランド家は強い結界を張り、二度と近づくことが出来なくなったのだ。この事件をきっかけに、当時の侍女長だったダーラは、当日風邪で休んでいたにも拘らず、退職を申し出た。執事長のイーリーは、ブレンダを守り切れなかった責任を感じ、減俸を申し出たのだ。その後、イーリーは他の仕事を掛け持ちするようになり、過労から倒れた出先で亡くなってしまった。
つづく
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