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のんびり亭の見習い給仕  作者: しんた☆
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16/42

16 ケビンの欠勤

「じゃあな。明日も仕事、がんばれよ」

「はい。お師匠様、ありがとうございました!」


 思わぬ言葉にネロは思わず赤面してしまった。


「ば、ばか。そんな風に言わなくていいよ。今まで通りでいい。早く帰れ」

「はーい」


 ニカッと笑ったその顔は、ジュリエットにそっくりだった。楽し気に石畳を降りていく姿を見送ると、ネロはふうっと大きく息を整えて自分のねぐらに戻っていった。


 ミオはご機嫌だった。ネロにもらった本を読んでいると、どうしようもなくワクワクが止まらなくなる。いろんなことをやってみたい。のんびり亭でたくさんの人と出会って、でも、自分にできることなんて知れていると、そんな想いを抱いていた。でも、やればできるんだ。ネロには、勝手に新しい魔法を使ってみるのは禁止されたけど、やってみたい魔法がいっぱいある。


「おい、おまえ! 仕事もしないでどこに行ってたんだ!」


 不意に声を掛けられて振り向くと、ケビンが険しい顔で離れの前で立っていた。


「ちょっと人に会いに行ってたの。お母さんがお世話になった人よ」

「アイツと一緒にか?」


 アイツ、それがネロの事だということは、ミオにもすぐに分かった。ケビンは、ネロの事になると妙に突っかかってくるのだ。


「そうよ。ネロはお母さんとも知り合いだったの。それで、お母さんの先生と会わせてくれたんだ」

「二人だけで行ったのかよ。三日もかけて」

「…ねえ、どうしてそんなに怒ってるの?」

「はぁ? 男と女が三日も二人きりで旅行してきたんだ。意味わかってんのか?」


 ミオの言葉にぱっと顔を赤くして怒鳴ると、ぷいっと顔をそむけた。さすがのミオも意味が分かったのか、大きく瞳を見開いて真っ赤になった。


「へ、へんな言いがかりつけないでよ。部屋はちゃんと別に取ってもらってたし、何もないわよ。だ、だいたい、そんなこと、ケビンには関係ないでしょ?」

「あ~あ、そうかよ!」


 それだけ言うと、居たたまれなくなったケビンはさっさと自転車に飛び乗って帰って行った。遠くの方で、「あ~、もう! ちくしょー!」とケビンの叫び声が響いていた。


「へんなケビン…」


 楽しかった気分がそがれて、ミオはさっさと部屋に帰って行った。


「どうしてケビンに詮索されなくちゃいけないのよ」


 腹立ちまぎれに上着をベッドに投げつけたら、枕元に置いてあったイヤリングの箱がぽとりと落ちた。それはケビンがくれたお守りのイヤリングだ。急いで箱を拾い上げたミオは、そっと箱の中身を確かめた。きれいな赤色のしずくは、今女性に大人気でなかなか手に入らない物だと聞いている。


「ちょっと、言い過ぎたかな。魔法の事は言えないけど、心配してくれたのに。次の週末、ちゃんと謝ろう」


 箱を枕元に戻して、強く頷くミオだった。


 次の週末、ミオは、前日に焼いたお菓子をカバンに入れてのんびり亭にやってきた。


「おはようございます」

「おはよう。あ、そうそう。今日はケビンが来られないから、忙しいけどがんばってね」


 アンリの予想外の言葉に、肩透かしを食らう。


「え? どうして?」

「なんでも、お母さんが仕事場で倒れたらしくて、入院することになったそうよ。あそこは二人姉弟なんだけど、お姉さんも身重で身動きが取れないから、ケビンが付き添ってるのよ」

「そうだったんですか」

 項垂れるミオの背中をポンっと叩いて、アンリは努めて明るく声を掛けた。


「だからね。ケビンの分まで今日はがんばってもらうわよ。後で一緒にお見舞いに行きましょう」

「はい、がんばります」


 週末の忙しさはいつも通りだ。それでも、ケビンの穴を埋めるべく、ミオは懸命に動いた。夢中になって働いたからか、あっという間に閉店時間になっていた。


「よぉ、お疲れ。今日は良く頑張ってたな」


 最後の客の会計をしていると、頭の上から声が聞こえた。ネロだ。疲れを隠し切れないミオも、その言葉に笑顔がこぼれた。


「ミオ、さっと片付けたら病院に行くわよ」


 アンリに声を掛けられ、てきぱきと片付けを済ませると、ケビンの母親のいる病院まで出かけた。病院に向かう馬車の中で、アンリはケビンがのんびり亭にやってきた経緯を話し出した。


「あの子がのんびり亭にやってきたのは、13歳。今のミオと同じ年の時よ。その少し前にケビンのお父さんが過労で倒れてそのまま亡くなってしまったの。それで、お母さんを助けるんだって、募集もしてないうちの店に働かせてほしいって、飛び込んできたのよ。のんびり亭は、お父さんのお気に入りのお店だったんだって言ってね。驚いたけど、その時ダーラさんが口添えしてくれたのよ。お父さんとは昔、同じところで働いていたそうなの。それで、思い切って雇ってみることになったのよ」

「そうだったんですね。そんなこと全然分からなかった」

「ほら、着いたわ」


 アンリに促されて馬車を降りると、ケビンの母親の部屋を訪ねた。受付を通って奥へと進むと、薄暗い廊下のベンチにぽつんとすわりこんでいるケビンがいた。


「あ、アンリさん。急に休みをもらってすみません」

「お母さんの具合はどう?」

「やはり過労だそうです。今、精密検査があるとかで、別室に連れていかれました。何もなければ、2,3日で退院できるそうです。ご迷惑をおかけしてすみません」

「何言ってんの。たまにはゆっくりお母さんの傍にいてあげなさい。これ、うちの店のパンよ。まだ何も食べてないんでしょ?」

「ありがとうございます」

「お大事に。…昨日は心配してくれたのに言い過ぎてごめん。これ、昨日作ったクッキー。良かったら食べて。ケビンまで体調崩さないでね」


 アンリ達のやりとりを傍で聞いていたミオは、そっとケビンの前に進んで声を掛けた。先日とは打って変わって、薙いだ目をしたケビンが「ありがとう」と力なく答えて、ミオの胸を痛めた。次の週末にはバイトに出るというのを、退院までは傍に居てあげなさいと説得して、アンリは病院を出た。帰りがけ、振り向いたミオは、項垂れながら病室に入るケビンの後ろ姿を見て、鼻の奥がツンとするのを感じていた。


 翌日、仕事を終えたミオは、早速教会の屋根に向かった。自分の魔法でケビンの母親を助けられないかと考えたのだ。前にもらった魔法の本には、癒しの魔法が載っていたが、今のミオにはうまく解読できなかったのだ。


「じゃあ、これから毎日仕事上がりにここに来い。つきあってやるよ」

「ありがとう! がんばるよ」


 その日から、ネロの特訓が始まった。



つづく

読んでくださってありがとうございます。

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