15 キャンプ
「長老様、優しくて素敵な人だったなぁ」
「優しいだけじゃないぞ。魔力が足りない者には、あの森で修行させて力を伸ばすんだ。それは恐ろしい…、いや。そんなことここで言っても仕方ないな。ミオはそんな修行しなくて済んだんだ。よかったじゃないか」
「そんなに私に魔力があるなんて、なんだか不思議だなぁ。あ…。そう言えば、トーマスさんちの赤ちゃん、フローラちゃんって言うんだけど、もう眼鏡をかけるらしいのよ。あかちゃんでも目の悪い子がいるのね」
「へぇ、そんなことがあるのか」
「そういえば、ダーラさんったら、フローラちゃんの事、ずっとブレンダ様っていうのよ。赤ちゃんを見るとぱっとスイッチが入ったみたいにそう言うの。おかしいよねぇ。ポーラさんはもう諦めたみたいで訂正してないけど、トーマスさんはカンカンなの…ん? どうしたの?」
長老に会えてほっとしたせいか、ミオはおしゃべりになっていた。ところが、それまで楽し気に聞いていたネロが押し黙ったので、思わず顔を覗き込んだ。
「今、ブレンダ様って言ったか?」
「ええ、ダーラさんがね」
「ダーラさんか…」
じっと考え込むネロを見ていると、それ以上おしゃべりはしない方がいいと思われた。
前日に泊まった街はずれの宿に戻ってくると、宿が満室で泊まれないという。
「悪いが今日は星まつりだから、どこもいっぱいだよ。先に予約しといてくれたら取っといてやったのに」
申し訳なさそうな宿の主人に断られて外に出ると、驚くほどの星が見えた。星まつりに合わせて、街頭が消されているのだ。
「わあ、きれい! テントがあればよかったなぁ」
「ああ、その手があったか。よし、行くぞ」
そういうと、ネロはぐるりと街中を見回し、目的の場所を見つけた。
「あそこにしよう。ついて来いよ」
そういうと、おもむろに山に向かってジャンプした。ミオは慌てて空間魔法で箒を取り出すと、人目がないのを確かめてその後ろ姿を追いかけた。空に上がると、街のいたるところに人々が集まっては空を眺めているのが分かる。その視線に入らないように気をつけながら、飛んでいると、山の中腹に少し開けた場所を見つけた。すでにネロが降り立っている。続いて降下すると、大き目のテントが出来上がっていた。
「ここならゆっくり星も眺められるだろう。とりあえず、飯にするか」
ネロは慣れた様子でテーブルと椅子を出すと、火魔法でシチューを作った。熱々のシチューで体が温まると、ネロはごろんと地面に横たわった。
「おお、確かにすごい星の数だ」
「ホント。炭をおこしてあったかい料理を食べて、星空がきれいでテントで眠って…。キャンプみたい」
「はぁ、おこちゃまは気楽だねぇ」
「…」
何も言い返さないのを不審に思ってそっとミオの顔を覗いてみると、その瞳はまっすぐに星空を見つめていた。
「昔ね、お父さんがこんな風にキャンプに連れて行ってくれたことがあったんだ。弟はまだ小さくて、お母さんはそっちに掛かり切りだったから、お父さんが二人で行こうって誘ってくれたんだ。今日みたいに外でご飯を食べて、マシュマロ焼いたりして、一緒に横になって星を眺めたの。ミオ、このたくさんの星と同じようにたくさんの人が一人一人自分の人生を一生懸命歩いている。でも、躓いたり、悲しいことがあって、前に進めないことも起こったりするんだ。魔法を使える力は、そんな時にそっと手助けするのに使ってほしい。母さんみたいにねって言ってた」
「そっか、いいお父さんだな」
「うん」
そのまま言葉が途切れ、辺りは静寂に包まれた。そうなると、一層星の数が多く感じて、まるで自分たちが宙に浮いているような感覚に飲みこまれる。
「お父さん、どこにいるんだろ」
小さなつぶやきが届いて、ネロはおもわず起き上がった。
「よし、マシュマロ焼こうぜ」
そういうと、カバンに入っていたマシュマロを引っ張り出してフォークに突き刺して焼き始めた。
「ほら、熱いぞ」
「あ、ありがと。ふわっ! 熱い! でも、おいしいね」
「熱っ! 甘ぇー!…これから手掛ける仕事で、もしかしたら、何か分かるかもしれない。ミオ、今のうちにいろいろ魔法を試しておけよ! さて、寝るか」
それだけ言うと、さっさと魔法で片づけをして、テントに潜り込んだ。続いてテントに入ると、ちゃんと仕切りをつけてくれていて、ネロの意外な気遣いにほっとするミオだった。
翌朝、焦げた匂いで目覚めたネロは、一気に飛び起きた。もしや、山火事か? 頭が一気に目覚める。
「ミオ、起きろ!」
慌てて仕切りを跳ね上げたネロは、空っぽの寝袋に遭遇した。
「ネロ、おはよう。なんか、ちょっと焦がしちゃったみたい…」
目の前には真っ黒の物体が二つ、皿に乗せられている。そして、火にかけられた鍋は恐ろしい勢いで沸騰していた。
「お、おい! 止めろ! そっちまで焦げるぞ」
「え? わ、ど、どうしよう」
結局、二人は丸焦げになったパンと煮え詰まったスープで朝ご飯を食べることになった。二人はその日、一日中、その場にとどまって、魔法の出力の基礎を練習することとなった。
「ネロ、私は明日も仕事なんだけど、ここにいて大丈夫なの?」
「大丈夫。そんなことより、もう一度火力の調整をしてみろ」
そんな風に魔法の基礎を1日かけて学ぶと、生活のほとんどがちゃんとできるようになってきた。基礎ができていると認めてもらって、飛び上がって喜ぶミオの横で、ネロは焦っていた。自分が凍土の森で数か月かかって学んだことだ。たった一日で? そう思うと、ジュリエットのニカッと笑った顔が浮かんできた。ネロは思わず口を尖らせた。
「よし、じゃあそろそろ帰るか」
その一言で、目の前のテントもテーブルやイスも瞬時に無くなった。ネロが魔方陣を描いて、ミオを引っ張り込むと、二人はあっという間にいつもネロが店を開いている路地に戻ってきた。
つづく
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