14 長老
森の空き地を抜けて、二人の影が進んで来る。それを、木の上に作られた小屋の縁側に座って、眺めている老人がいた。しばらくすると、フクロウがふわっと羽根を翻して、その肩に詰まる。
「どうだった、オーリー? やっぱりあの子の気配がしたかい?」
フクロウは、くるりと首を180度回転させながら、楽し気に答えた。
「ああ、そうか。あの子が出て行って、もうそんなに経つのか。あの子の魔力を継承する娘だ。顔合わせが楽しみだな」
老人は、長く伸びた顎髭を撫でつけて、嬉しそうに頷いた。老人があの子と呼ぶその人の名は、ジュリエット。天真爛漫なようで、どこか大人びたところのある少女だった。この凍土の森の気温を三度ほど上げたと言われている。老人は彼女が居た頃のこの森の様子を思い出す。
魔法が使えると言うだけで蔑まれた時代は、多くの魔法使いが傷つき、ある者は魔法封じを依頼して去り、ある者はこの森に居場所を求めていた。どんなに魔力が豊富でも、魔法の腕があっても、同じ人間なのだ。裏切られたり蔑まれ続けたら、心は疲弊する。見かねた老人は、総力を結集して、国ごと消してしまう事も考えていた。そこに現れたのが、ジュリエットだった。まだ幼かった彼女は、この老人の怒りに震える手をそっと握って、にっこりと笑ったのだ。
「長老ちゃまは一番偉い人。力があれば人は簡単に相手を傷つけることができるけど、傷つけずに分かり合おうとする人が一番偉い人だって、おばあちゃまが言ってたもん」
こっくりと深いそれでいてどこまでも透明度の高い琥珀のような瞳が、自分に向けられていた。幼子とは思えないほどに思慮深く、随分驚かされたものだった。ふいに頬に柔らかな感触を覚えて、そっとその頭を撫でる。
「あの頃は大変だったなぁ。さて、連れてきたのは、あの子の愛弟子のはず、どこまで成長させてくれたかな?」
頭を撫でられて気持ちよさげにしていたオーリーは、再び飛び立った。ネロたちが長老の木のすぐ下までやってきたのだ。
「こんにちは、ネロです。今日は魔女見習のミオを連れてきました。この子の魔力を調べていただきたいのです」
低い枝に留っていたフクロウは、丸い目を瞬きながらくるりと首を180度ねじって見せた。すると、二人の体はふわっと浮き上がって、木のてっぺんに近い枝に設えられたベランダに辿り着いた。
「よく来たね。まぁ、座りなさい」
ベランダに座っていた老人がのっそりと室内にやってきて、二人にソファを勧めた。その瞬間、ネロの背中がピンと張り詰めた。
「失礼いたします。長老様、お目に掛かれて光栄に存じます」
その姿に思わず声を上げて笑う老人と緊張でがちがちのネロの間をミオの視線が往復する。
「やぁ、おまえさんが魔女見習だね」
「はい。ミオと申します。よろしくお願いします」
ゆっくりと頷く長老は柔らかな眼差しでミオを眺めた。
「ジュリエットは元気にしているかい?」
「はい。あの、少し体調を崩していますが、じきに元気になると思います」
「ふむ、心労がたたっているんだろう。たまには顔を見せてあげなさい。それで、ネロ。この子の魔力だが、随分と穏やかで温かだな。ジュリエットにそっくりだ。だが、もう少しきちんと教えてやらねば宝の持ち腐れになる」
「は、はい。申し訳…」
「ぶはははは」
緊張でがちがちになっているネロの言葉を爆笑で遮った長老は、ミオの頭に大きな手をそっと乗せて、宝物を見るような目で眺めている。
「この子は光属性。癒しの魔女だ。おまえさんの持ち合わせていない属性だな。だが、二人でタッグを組んだら、強くなれる。頼んだぞ」
「あ、はい!」
そんな話をしていると、ぎゅるるっと盛大にミオの腹の虫が鳴いた。老人がさっと片手をかざすと、目の前のテーブルに香り高い紅茶と色とりどりのお菓子が現われた。
「長い道のりだっただろ。ゆっくりして行きなさい」
ミオの瞳がキラッと輝いたのを目に止めると、「しっかり食べなさい」とお菓子を勧める。そして、ネロに向き直ってすっと表情を変えた。
「それで、ブレンダ嬢の居場所は分かったのか?」
「おそらく、オールドリッチの山中にいるのではと思われます。その…兄が、ウィリアムが関与している様で…申し訳ございません」
視線を落とすネロに、長老は深いため息を落とした。
「あれは、不幸な出来事だった。だが、あの事故は誰のせいでもない。それよりも、彼がどうやってブレンダ嬢を手に入れたのかが気になるところだ。どうも後ろで糸を引いている者がいるようでな。引き続き調査を頼む」
「はっ」
長老の視線がふいに横に移動したのに釣られて、ネロがそちらを見ると、嬉しそうに焼き菓子を頬張るミオが居た。
「おいしいかい? せっかくここまで来てくれたんだ。ミオに一つお土産をあげよう。両手を胸の前で組んでごらん。そうだ。そして、目を閉じて今まで生きてきて嬉しかったことを頭の中に描くんだ。やってごらん」
「こうですか?」
ミオが素直に手を組んで目を閉じると、目の前の焼き菓子がフルーツの乗ったケーキに変わった。そして、そっと目を開けたミオは、思わず歓声をあげたのだ。
「これがおまえさんの魔法の力だ。その心にある周りの人を大切にする気持ちが大きな力になるんだ。覚えておきなさい」
「はい。ありがとうございます」
新しい魔法を教えられて、ミオはワクワクする気持ちを抑えられないでいた。
「ところで、ここに来る間にビビに会ったかい? もしかしたら、近いうちに会うことになるかもしれない。アイツはいたずら好きだが悪い奴ではない。なかよくしてやってくれ」
「長老、ビビはもう解放してもらえるんですか?」
ネロは期待を込めた瞳でこの老人を見つめている。そんな若者の背中をバンバン叩いてほっほっほと笑った。
「ああ、ネロはビビと同じころに修行していたんだな。まぁ、今回の調べ物で成果を上げられたら、卒業だな。応援してやってくれ」
「ありがとうございます!」
自分の事の様に嬉しそうにしているネロを見て、思わずミオも笑顔になった。
「さて、ではミオ。試しに魔法を使ってみなさい。ここから馬車のある場所までネロも連れて行ってくれ」
「はい、やってみます」
片腕にケーキの箱を抱えたまま両手を組み、目を閉じた途端、二人はふっと姿を消した。オーリーが無事を確かめに飛び立つ。長老は、若い二人の行く先に幸多かれと願うばかりだった。
つづく
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