13 凍土の森へ
「ど、どうなっちゃったの?」
「あははは。バカな子だね。だけど、なかなかいい魔力を持っている。あんた、気合を入れてしっかり育てるんだよ」
そういうと、老婆はふわっと煙を残して姿を消した。そして、ミオは元の姿に戻されていた。
「おまえなぁ。なんでもかんでも口にいれるんじゃないぞ」
「さっきのは何だったの? でも、このマドレーヌすごくおいしい」
「おい、またカエルになっても知らないぞ」
呆れながらもおいしそうにマドレーヌを頬張るミオにつられて、ネロもひと口放り込んだ。どうやら魔法は最初の一つにだけかかっていたようだ。
「ん、うまい。じゃ、この先の凍土の森について話しておくか。前にも話したが、凍土の森には魔女協会というのがあってだな、さっきのおばあさんは、たぶん凍土の森の住人だろう。あの森には、普通の人々の暮らしに馴染めず、人に危害を与えたりした魔女が閉じ込められている。といっても、あんな風に森の中なら自由に暮らせるんだがな。その代り、魔力を提供して魔石を市井に下す手伝いを義務付けられているんだ。これから向かうのは、その魔女協会だ。と言っても、会長に会うことはない。この森の管理人をしている長老か、長老が飼っているフクロウのオーリーに会えるぐらいだ」
「そこで、どんなことをするの?」
やや不安げな瞳が見上げてくる。ネロはふっと軽く息を吐いて笑うと、「大丈夫だ」と宥めた。
「ミオの魔力の量や質を調べてもらうんだ」
気が付くと、森の奥に小さく開けた場所に到着していた。二人が降りると、馬車は何事もなかったように町へと戻っていった。降りた瞬間から、ひんやりとして、どこか神聖な気配を感じたミオは、ぐるりと森を見渡した。白い息がふわっと立ち上ると、ぶるっと身震いした。
「さて、ここからは歩きだ。しっかりついて来いよ」
「はい。…ねえ、魔法で移動しないの?」
「ああ、おまえが認められたらな。それまでは魔法は使えない」
「そうなんだ」
黙々とネロの後に続くミオは、それ以上何も言わなかった。険しい山道だということもあるが、誰もいないはずの森の中からたくさんの視線を感じて緊張していたのだ。凍土の森というだけあって、冷気で頬がヒリヒリする。前を歩くネロは、まるで寒さも視線も感じていない様子だ。こんなに寒いなら、手袋を持ってくればよかった。ミオは思わず両手にはぁっと息を吹きかけた。すると、急にもふもふの手袋が両手を覆って、ミオを驚かせた。
「いてっ!」
目の前では、ネロがきょろきょろしながら自分の頭を撫でている。
「どうしたの?」
ネロは振り返るなりミオの両手を見て、口を尖らせた。
「ビビ、痛いだろ!」
「ネロの朴念珍。女の子の扱い方も知らないの? 可哀そうに手がかじかんでいたぞ。こんにちは、お嬢さん。僕はビビって言うんだ。よろしくね」
「こんにちは。私はミオって言います。よろしくお願いします」
声のする方を見ると、林の中からするっときれいな銀髪をなびかせた青年が姿を現した。ネロが黒猫なら、こちらはシャムネコだ。透き通った青い瞳が印象的だった。
「ちぇっ! 余計なことしやがって。こいつは俺の弟子だぞ。ミオ、寒かったのか? これをやるよ」
ネロが手をかざすと、途端に首の回りにふわふわのファーのマフラーが巻きついた。
「うわぁ、あったかい。ネロもビビさんもありがとう!」
ミオは嬉しくなって、ふわふわの肌触りを楽しんだ。
「まだ先は長い。行くぞ」
そう言い捨てて歩き出すネロをミオとビビが追いかけた。しばらく行くと、大きな滝に出くわした。冷え切ったこの土地では、滝も凍っていて、陽の光を浴びたつららは美しく輝いていた。
「わぁ、きれい」
「近づくなよ。ここは普通の森じゃないんだから」
物珍しそうにあれこれ見回しては歓声を上げるミオに、ぴしゃりとネロが言う。
「へぇ~」
「なんだよ」
ニヤニヤするビビに、鋭い視線が飛ぶ。
「いや、別に。ミオちゃん、ここは少し遠回りした方が安全だよ。ほら、こっちだ。滑りやすいから、気を付けてね」
「あ、ありがとうござい…。へ?」
ビビの後に続こうとした途端、身体が宙に浮いたかと思うと、ネロの腕に抱えられていてミオは目を見開いた。
「余計な事すんじゃねえ! 付いて来るなよ。またオーリーに叱られるぞ」
「別にいいじゃん。新しい仲間が増えるのは僕だって嬉しいんだよ。って、ちょっと! 人の話聞いてる?」
ネロはさっさとミオを連れてビビの勧める道と反対側の獣道を進んでいた。それでも悪びれる様子もなく、ビビは楽しそうに付いて行く。滝のわき道を、足元を確かめながら登ると、凍土でありながら汗がじわりとにじんでくる。耳元でキュッと動物のような声が聞こえたが、滑りやすい岩場を歩くミオはそれどころではない。
「ミオちゃん、このタオルを使うと良いよ。汗は後で体を冷やすからね」
「ありがとうございます。でも、自分のタオルがありますから。大丈夫です」
ミオは教えられた空間魔法でタオルを取り出して額をぬぐった。
「そっか、準備が良いんだね」
そう言ったまま、ビビは少し残念そうに二人に続く。
「ねえねえ、この辺りで休憩しない?」
確かに体力は限界に近づいていた。しかし、ネロはどんどん山道を登っていく。ビビの言葉に振り向いている間に、随分置いて行かれてしまった。
「ほら、アイツは男だから女の子の大変さが分かってないんだ。道なら僕が教えてあげるから、少し休憩しなよ」
「ありがとうございます。でも、急いで追い付きます!」
ミオは無理やり笑顔を見せて言うと、再び小さくなった背中をめざした。「無理しなくていいのに」と後ろからため息交じりの声がしたが、もうミオは行く先をただ見つめていた。
「ふふふ。ビビ、あんたの負けだよ」
「うるさいな。婆さんだって、逃げ出したくせに」
「あははは。なかなか真面目なお嬢ちゃんじゃないか。お社から下りてくるのが楽しみだわい。それにしても、なんとも懐かしい魔力だったね。誰の血筋だろうね」
凍土に住む魔法使いたちの視線をよそに、ネロは黙々と歩き続けた。どこまでも続く深い森にあって、ぽつんと開けた場所に辿り着いて振り向くと、少し遅れて汗だくのミオがヘロヘロになりながら追い付いてくるのが見えた。もふもふの手袋もいつの間にか姿を消し、ファーのマフラーも姿を消している。傍にビビがいないのを見て取ると、ネロは満足げに頷いた。
「もうちょっとだ。喉が渇いているなら、これでも食べろ。そのままかじったらいい」
ネロは慣れた手つきで傍に実っていた不思議な果実をもぎ取ると、ミオに放り投げた。慌てて受け取ったその実は小さいのにずっしりと重い。ミオが恐る恐るかじると、サクッとほぐれ、口の中いっぱいに果汁が溢れだした。
「わぁ、甘い! …え? すっぱいー!」
「凍土のりんごだ。疲れが取れる」
「でも、おれんじみたいに酸っぱいよ?」
瞼をクシュッと強く瞑って訴えるミオを笑いながら、自分も近くにあった実をもぎ取ってかじりだした。
「この先にお社があるんだ。そこに魔女協会の長老が住んでる。会えると良いんだが」
「そういえば、さっきのマフラー、落としてしまったみたい。どうしよう」
「ああ、あいつらは勝手にどこかに行くんだ。マフラーは俺の使い魔だ。ミオの体温が上がって、自分が暑くなったらさっさと離れるんだ。ビビの手袋もそうだ」
使い魔を使役できることに、今更ながら驚くミオだった。自分にもそんなことができるのだろうか。初めて見る物がいっぱいで、ミオはなんだかワクワクしてきた。その時、上空で、鳥が通り過ぎるのが見えた。
「おっと、オーリーが早く来いってさ。行くぞ」
「はい」
ネロの顔が、きゅっと引き締まった。それに気圧されて、ミオも背筋をピンっと整えた。
つづく
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