12 魔法使いの森
トーマスとポーラがフローラを抱いて馬車を降りると、見かけた街の皆は駆け寄って、それぞれに新しい家族を歓迎した。そして、その後に降りてきたダーラを見て、皆はわっと歓声を上げたのだ。セイジーは泣き崩れて喜んだが、ジョージの顔つきは厳しかった。
「いい加減にしろよ! どれだけみんなに迷惑を掛ければ気が済むんだ!」
しかし、ダーラの目はフローラにくぎ付けで、息子の心配は届く様子もなかった。トーマスから、フローラの視力の話を聞かされると、周りはダーラのお手柄に拍手を送る。ダーラも嬉しくなったのか、思わぬことを口走った。
「ほほほ。さすがはクリーブランド家のお嬢様ね。こんなに幼くていらっしゃるのに、皆に慕われて」
「は? 何を言ってるんだ。この子はトーマスさんちのフローラちゃんだぞ。また具合が悪くなってるのか?」
苛立ちを隠そうともしないジョージをセイジーが宥めた。
「あなた、とりあえず無事に戻ってきてくださったんだもの。お家でゆっくりしてもらいましょう」
そういうと、ダーラの肩を抱いて、そっと家に連れ戻した。その日の夕方、仕事を終えたミオは、ダーラが無事に戻っていたと聞いて花屋を訪ねてみた。
「ダーラさん、大丈夫ですか? 心配しましたよ」
「まぁ、ミオったら、心配性ね。トーマスさんが、悩んでいる様だったから、ポーラさんの実家にお手伝いに行っていたのよ。もう赤ちゃんは見せてもらった? とってもかわいい子よ」
ダーラはいつもと変わらない陽だまりのような笑顔で答えていた。そこに、ポーラがフローラを抱っこして訪ねて来た。すると、ぱっとダーラの表情が変化した。
「まぁまぁ、私としたことが、ブレンダ様を他の侍女に任せてしまうなんて、失礼いたしました」
そういうと、ポーラの腕からさっとフローラを抱きとって、あやし始めたのだ。
「ダーラさん、その子はフローラですよ。夫と相談したのですが、教えていただいたように明日にでも眼鏡屋を訪ねてみようかと思っています」
「まぁ、そうなの? お宅も赤ちゃんが生まれたのですね。じゃあ、うちのブレンダ様の遊び相手になってもらえそうですわね。ほほほ」
「ダーラさん…」
ポーラの言葉は、ダーラの中で勝手に切り替えられ、不可思議な会話が続く。困惑しながらもひとしきり話をしたミオは、後ろ髪引かれる思いで花屋を後にした。暮れなずむ街中をとぼとぼと歩いていると、目の前にぬっと大きなが影が差した。ネロだ。
「どうしたんだ。浮かない顔をして」
「ネロ! どこに行ってたの? 聞いてほしいことがいっぱいあるのに」
背の高いネロにしがみ付くように取り付くと、ミオは小さな子どもが母にその日の出来事を話すように、これまでのことを話して聞かせた。
「わ、分かった分かった。そんなに必死に言わなくてもちゃんと聞いてるだろ」
「だって、だって。肝心な時に居ないんだもん」
どういう訳か、涙があふれて止まらない。ミオはそんな自分の心に困惑していた。幼女のように泣きじゃくるその小さな頭をぽんぽんと叩きながら、じっくりと話に付き合った。そしてミオが落ち着いたのを見て取ると、不在の間に訪ねていたとある森の話を始めた。
「ミオは、家族から魔法の事を口外するなと言われているだろ? どうしてか知っているか?」
まだかすかにしゃくりあげているミオが首を傾けると、ふっと小さく息を吐いて続ける。
「前に魔法学校の生徒が暴走したことがあっただろ? あいつらは、魔道具の使い方を習っているにすぎないんだ。実際に魔道具を作っているのは、本当に魔法が使える魔法使いだ。だけど、一時期、魔法使いは忌み嫌われて迫害されていたんだ。それで、ぐっと数を減らしてしまった魔法使いを保護し、能力を後世に残すために立ち上げられたのが、魔女協会だ。昨日までは、そこに行ってたんだ」
初めて聞く言葉に、ぽかんとするミオを、ニヤニヤしながら見ていたネロだったが、意を決したように問いかけた。
「ミオ、おまえは親元を離れて、何の修行をしている?」
「え? それは…人として成長するためって、お母さんからは言われているんだけど」
「はあ、まったく! ジュリ先生は何も伝えていないんだな」
呆れた様にため息をつく姿に、目を見開いて問う。
「え? ジュリ先生って、お母さんのこと知ってるの?」
「ああ。ジュリ先生は俺が魔法使い見習いの時に指導してくれたんだ。今の俺みたいにな」
「…。私、ネロから何か教えてもらったかな」
「おい!」
さっきまで泣きじゃくっていたくせに、ケラケラと楽し気に笑う姿に、ネロの肩の力が抜けて行った。
「魔女協会は凍土の森にあるから、往復を考えると3日かかる。アンリさんに休みをもらえそうなら、行ってみるか?」
「うん!」
すっかり元気を取り戻したミオが、3日間の休みをもらえたのは、それから一月が過ぎた頃だった。スーツケースに着替えを詰め込んで待ち合わせの場所に来たミオは、荷物のないネロに驚いた。
「なんだ。空間魔法はまだ出来ないのか?」
「え? くうかん…、それなあに?」
ネロは早速空間魔法を伝授する。魔力は十分に持ち合わせているミオだが、やり方を知らない事が多いのだ。
「ほら、こうやって空間をゆがませて、そこに荷物を入れておくんだ。やってみろ」
「えっと…、こうかな。あ、出来た!」
「おまえ、ホントに何も知らないんだな…あっ!」
そう言ったまま、固まってしまったネロは、問い詰めるような瞳に苦笑いで返した。
「すっかり忘れてたよ。これ、おまえに最初に渡そうと思ってたのに」
手には魔法事典が乗っている。先日の話から考えて、ミオに最初に会った時にこれを渡すはずだったようだ。抗議したいミオをさらっとかわして乗合馬車の停留所に向かう。ミオは慌ててそれに続いた。
「ねえ、どうして馬車に乗るの?」
「まあ、体力温存だな。向こうでは何かと気を張るから、覚悟しておけよ」
街はずれの宿で一泊して、再び馬車に乗る。しばらく話していると、馬車はどんどん深い森へと進んでいった。乗り合わせた客がひとり、二人と減って、馬車の中はミオたちを含めて三人になった。最後に残っていた客の老婆が声をかけて来た。
「あんたたち、兄弟かい? 仲がいいんだねぇ」
「ああ、こいつは俺の弟子なんです」
「はぁ?」
思わず抗議の声を上げたミオだったが、老婆は楽し気に笑っている。そして、カバンから焼き菓子を取り出して、二人に振舞ってくれた。
「わぁ、おばあさん、ありがとうございます」
受け取った手の中でまだふんわりと暖かいそれはマドレーヌだった。バターの香りが食欲をそそって、ミオは思わずかじりついた。
「あ、おい!」
「え?」
ネロが止める間もなく、マドレーヌにかじりついたミオは、あっという間にカエルに姿を変えていた。
つづく
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