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15/20

15.空き教室を”秘密基地”と呼ぶ君の感性を、俺は綺麗だなって思った。


「4F特別教室って、どこ? ウチの高校って3階までじゃね?」

「え、怪談的な事? そんなところで運動部の会議するのかなぁ?」

「ってか、会議やるの明後日かぁ。急だね。なんかあったんかな」


 隣の席の周りは、今日も盛り上がっている。ただ、何も目的なく盛り上がっているいつもと違い、今日は有馬が持っている紙を何人かで読んでいる様だった。

 俺は今日も聞こえないふりをして、手元の本に視線を落とす。


 すると、一際高い声が響いた。


「え、アタシ特別教室の場所知ってるよ。ボラ部で時々使うから。ってか、ボラ部以外なら補習常習生しか使わんよ、あの教室。だから、みんな知らなくてトーゼン」

「そうなの? 私、この会議に出席しないといけなくて、教室の場所教えてくれないかな」

「いいけど、説明しにくいんだよなぁ。実習棟の奥の階段わかる?」

「う、ん?」

「普段いかないからわかんないよね~」


 4F特別教室。我が三波高校は3階建ての建物だが、一か所だけ4階が存在する。そこは以前視聴覚室として使われていたのだが、学校の改修を機に空き教室となった教室らしい。特別教室の他には教員の仮眠室が存在するのだが、そこが使用されているのを俺は見たことが無い。もっぱら不良学生のサボり場だ。

 確かに、俺もボランティア部で使用しなければ知らなかった場所だが、怪談レベルの話になっているのかよ、あの部屋。ってか、ボラ部ってなんだよ。どんな略し方だよ。


 俺と同じくボランティア部の樫山が、どうにか4F特別教室の場所を説明しようと試行錯誤している。が、なかなか伝わらない。


「ってかさ、そんな変な場所なら、今日の放課後にリンコが連れてってあげたら?」

「あー全然いいけど、今日は用事あんだよね。終礼終わったらダッシュレベルの」

「だ、大丈夫! 私、自分で探してみるから!」

「そう? いや、それなら大塚に連れてってもらいなよ」


 は?

 突然出てきた自分の名前に、思わず隣に振り返ってしまう。

 ギャルたちと有馬が大きな瞳をこちらに向けていた。


「大塚もボラ部だから、特別教室の場所分かるでしょ?」

「わかる、ケド……」


 何で俺なんだ。うちのクラスのボランティア部は確かに俺と樫山だけだが、隣のクラスにボランティア部の女子はいる。俺である必要はない。

 俺が断ろうと首をひねると、こちらを上目遣いで伺っている有馬奈緒と視線がかち合った。


 吸い込まれそうな黒い瞳に朱色の唇。


「じゃ、じゃあ放課後に」

「! よ、よろしくね。大塚君」


 自然と快諾の言葉が、口から零れ落ちていた。



×   ×   ×



 放課後になった。

 話の通り、樫山は終礼が終わるのと同時に教室から出ていった。あまりの速さに担任が苦言を投げかけたが、既に樫山はいない。

 帰ろうとする生徒、部活に向かう生徒、何もないが駄弁る生徒。

 俺と有馬は、ここから4F特別教室へ向かわなくてはならない。帰りの準備だけをし、有馬へ声をかける。


「……行こうか。特別教室」

「よろしくお願いいたします!」


 2年棟から実習棟にある4F特別教室までの道を静かに歩いていく。

 2年棟から実習棟に行くためには、間にある中央棟を横切らなくてはならない。中央棟には職員室や昇降口があるため人通りがクソ多い。生徒たちの間を縫いながら、俺と有馬は縦に並んで進んでいく。数歩遅れて俺についてくる有馬を横目で確認しながら、俺は内心ため息をついた。


 距離感がわからない。それはこの案内のための物理的な距離もそうだし、有馬との人としての距離感もそうだ。

 4階への階段は長いが、いつもよりも長く感じた。


「こんなところに教室あったんだぁ」

「樫山が言ってたみたいに、ボランティア部と補習でしか使われないから、有馬さんみたいに一回も来ない生徒もいるかもな」

「もったいないね」


 有馬は目をキラキラさせながら、初めてやって来た4階の風景を見渡している。そんなに面白い物とも思えないが、楽しそうだ。


「本来は職員室から鍵を借りないといけないけど……」

「あ! そっか。……本来?」


 俺は背伸びをし、「4F特別教室」というプレートの裏に手を伸ばした。そしてそこから銀色の物体――鍵を取り出した。俺はシャランと音を立てたそれの埃を掃う。


「ここにスペアキーがある」

「え!」

「部活の先輩の中に不届き者がいたらしくて、スペアキーを作ったんだよ。ボランティア部の活動でここ使う時はもっぱらこの鍵を使ってる。……でもまぁ、運動部の会議で使うなら大人しく職員室から鍵借りるのが一番だけど」

「ふえ~」


 俺は建付けの悪い扉を開け、特別教室の中に入った。有馬も後ろをついてくる。

 特別教室は元視聴覚室というだけあって、空き教室の割には広い作りになっている。後方は開けた場所になっていて、前方に30ほどの机が規則正しく並べてられている。俺たちが教室で使っている机は数年前に買い直されたもので、ここにある机はそれまで使用されていた机だ。だから、結構汚いし歪んでいる。


 俺と有馬はその中の比較的綺麗な机と椅子に腰かけた。


「秘密基地みたいだね」

「あはは、まぁ、確かにな。実際に不真面目な先輩たちはここでサボっているらしいぞ」

「よく先生に見つからないね」

「ホントにな」


 “秘密基地”ってことで、そんなに目をキラキラさせていたのか。

 今の俺たちは秘密基地に侵入していると言っても過言ではないかもしれない。そう考えると、確かにワクワクするものがある。


 といっても、何もすることはない。


 風が窓を揺らす。窓の外の景色は、当たり前だが3階にある教室より高くて見慣れない。空が近い。すぐ横を鳥たちが飛んでいる。


 そっと横に座る有馬奈緒の表情を盗み見る。

 有馬もまた、普段見慣れない景色をじっと眺めていた。その瞳は黒い色のはずなのに、空の青が映っている。だが、その青は瞬きによってかき消された。

 有馬の横顔は美しい曲線で構成されている。

 まるでアニメの中の美少女のような造形だ。


 ずっと見つめていたことが何となく後ろめたくなって、俺は再び窓の外に視線を向ける。


「ここまで連れてきてくれてありがとう」

「ん? あぁ、うん」


 俺がボーっとしていると、隣から有馬が声をかけてきた。

 そう言えば、有馬は普通にこれから部活だろう。まだ終礼から10分ぐらいしか経ってないので遅刻にもならないだろうが、早く有馬を返さなくては。

 案内はもう終わりだ。というか、そもそもこの部屋に入室する必要はなかった。俺は席から立ち上がり、有馬に「帰ろう」と促す。

 有馬はどこか後ろ髪を引かれる様な表情をしたが、何も言わずに立ち上がった。特別教室の鍵をかけ、元の位置に戻す。不正侵入?の証拠隠滅しながら、なんとなく沈黙が嫌になった俺は、有馬へどうでもいい質問を問いかけた。


「有馬さんが出る運動部の集まりって、何話すんだ?」

「え? あぁ、何話すんだろうね。プリントには、内容は何にもなくて『各部活2名ずつの出席』ってだけ書かれてたから。私と咲良が出るんだ」

「ふーん。有馬さんてテニス部の副部長だったの? 神田さんが部長ってことしか知らなかった」

「ううん。でも副部長の子が、最近学校来てなくって」

「……ああ、そういう」


 思わぬ内容に、俺は動揺する。有馬もケロリとした表情で何でもないように言ったから、いじめとかそういう不登校ではないのかもしれないが、不登校の副部長の代わりとは、何とも言えない感じだ。


「あ、でも、咲良が男女交際に関してかもって言ってた」

「男女交際? 何でまた……」

「帰り際にイチャイチャしてた生徒が、近隣の人に叱られたらしいよ」

「なんだそれ? だとしてもなんで運動部だけ? 文化部だってーー」

「確か、服装がジャージだったって話。うちの学校は、平日の登校下校は制服に着替える事が決まりでしょ? その兼ね合いもあって、みたいな?」

「……なるほどね」


 イチャイチャして学校にチクられるって、その“近隣の人”はよほど神経質らしい。いや、そのバカップルがよほど目に余ったのだろうか。イチャイチャを通り越して不純異性交遊だったのかもしれない。

 連帯責任も大変だ。それを求める学校だって、また違った大変さがあるだろう。自分が入ったのがボランティア部という適当な部活でよかった。


「話、ややこしくならないといいな」

「ふふっ、そうだね」


 俺が同情的な視線を有馬に向けると、彼女はくすぐったそうに笑った。



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