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落ちる02

 


 目の前で仲間が落ちていった。

 咄嗟に掴もうとして伸ばしたつもりだった左腕は、なかった。もう、なかったのだ。


 アレンが谷に落ちると、燃え損ねたダブルとカザムの前に現れたペリュトンは谷へと消えていった。

 その後すぐに六番隊の仲間が駆けつけ、何もできずにずるずると下に落ちていたカザムは、紐を吊るしたホムラに抱えられて助け出される。



「離してくれ! アレンが! あいつが!!」



 地上に戻った彼の表情を見たものは、皆全てを悟って歯を食いしばった。カザムは狩りになると熱くなるタイプではあるが、理性を失って感情に任せるような態度はとらないと、彼らは知っている。

 そしてカザムとアレンは、同期ということもあり昔からよく組まされていたペアだ。ふたりが特別な仲であることもわかっている。


「ここから落ちて何ができる?」


 取り乱したカザムにホムラは言った。

 引っ張り上げられ地面に膝をついたままのカザムには、その言葉に喉の奥から何かがこみ上げてくる。


「…………くそ。くそッ、ッ!!」


 自分の無力さに、怒りしかなかった。

 必要のない左袖をギリギリと右手で握りしめて、ちぎらんとばかりに引っ張る。


「ホムラ、ジン、ドニ、ライル。今すぐ都に向かえ」


 そんなカザムを横目に、ダリオは命令を下した。四人は頷くと、すぐに都へ発った。

 時間は止まってはくれない。またいつ再びペリュトンが襲ってくるかは分からないのだ。


「速やかに後処理をし、終わり次第俺たちも都へ戻る。いいな!」


 仲間を一人失った。しかし、彼らは止まれない。また犠牲が出る前に、ひとりでも多く生き残るためにはやるしかない。


「立て。カザム」


 ダリオはカザムの前に立つと言い放つ。


「また失いたいか?」


 手が震えるほど拳を握りしめた後、カザムはゆらりと立ち上がった。オオカミの瞳に、光はない。それ以上考えること放棄し、カザムはこなさなければならないことにシフトした。


 その切り替えの速さをとがめるものは、ここにはいない。

 これが命を賭して魔獣と隣り合う狩人たちの生きる現実だった。










 ***










「で、できた……」



 丸五日。一睡もせず、回復薬を飲み続けて作業を終えたウルティア。

 過労から目の下にはくっきりとクマができ、顔色も芳しくない。

 しかし、出来上がった義肢を見つめる彼女からは達成感のようなものを感じさせた。


 今できる全てをぶつけた左腕の義肢装具。

 クラウスに頼み込んで、カザムが倒したドラゴンの素材を使用して作ったそれは黒い光沢を放つ。

 固定するためのハーネスは、鎧のように胸部を覆えるように設計され、直接肌に触れても身動きが取りやすいように獣の外皮を応用した。

 肩との装着部分は、ウルティアが独自に開発した技術で神経を繋げることができ、装着者は思いのままに手を動かすことが可能だ。

 そして、安全装置も抜かりなく、何らかの影響で義肢のせいで本人の体に危害が及ぶような場合には義腕が外れるようになっている。万が一、それで義腕が魔獣に食われようものなら、仕込んでいた毒で殺せる手筈だ。


 考えに考え抜いて、カザムが生きて帰ってこられるような義肢装具を作った。

 無い物は自分で作るしかない。ネジなどの小さな部品から装甲、神経とリンクをする精霊石を使った素材も、全て彼女がたった四日で作り上げた。

 足りない材料を片っ端しから集めては、精霊石を使用した工具を使って丈夫な素材たちを加工した。軍手をしても手にはマメができて、いつの間にか潰れて血が出ていた。

 でも、この一瞬の時にでもカザムが危険な狩り場にいると思えば、そんな痛みはどうでも良くて……。



「今、なんじ?」



 重たい瞳を擦りながら、ウルティアは時計を見る。

 時刻は午後九時。

 クラウスに完成品を見せる約束をしているのだが、流石に今から訪ねるのは夜遅いか。

 彼女はぼうっと時計の秒針を見て、「いや」と心を決める。



「……行こう。カザムさんが帰ってきたらすぐに渡せるように」



 あまり悩みはしなかった。一応クラウスから、いつでも訪ねてくれば良いと許しはもらっている。

 善は急げーーいや、これが果たして「善」と呼ばれることなのかは分からない。だが、やれることをやらずに待つというのは、もう嫌なのだ。

 本当は今すぐにでも、現場に向かってカザムに義肢を付けてもらいたい。でも、それはできないと分かっている。


 ウルティアは丁寧に緩衝剤の敷いてある長方形のアタッシュケースに義肢装具をしまった。

 カチン、とバッグの金具を止めると、身嗜みを整えに店のカウンターを出る。



「ひどい顔。これじゃ、クラウスさんに心配される」



 この四日間、予約の客だけは施術をしていたが『修理屋』は急遽休みにしていた。やってくる常連客には体調を心配されたが、義肢ができるまで休むつもりもなく、今日まで自分のことなど放ったらかしにしていた。

 タオルを目元に当てクマを少しでもひかせると、冷蔵庫を漁って栄養価が高そうなものを口に放り込む。


(明日は家のことをやろう。洗濯、溜まっちゃってるし、掃除もできてないや……。あ、あと買い出しもしとかないと)


 生活を疎かにしすぎて、カザムを迎えられる状況ではない。こんなことでは幻滅されてしまうかもしれないと、ウルティアはごくんと食べたものを飲み込んだ。

 朝と昼の分まで置きっぱなしになっていた食器を洗い、彼女は一度気分をすっきりさせるためにシャワーを浴びるとツナギではなく、久しぶりに外出用の私服を着た。

 といってもまあ、街の娘たちが着ているような華やかな服ではない。首元が詰まった“チャイナ風”の襟に、サラリと流れるような無地のワンピースはとてもシンプルだ。

 ただ、クラウス・ノッカーというこの国の狩護団で団長を務める武族の屋敷に行くには、手持ちではこれが一番無難な服だった。


 一階に降りるとスリッパではなくショートブーツを履いてキッチンに回り、服用しすぎて眠気に効き目が薄れてきた初級回復薬を飲む。

 眠気による頭痛が治まったのを確認すると、ケースを手に取り外に出た。


 夏も終わりに近づいた夜は少し肌寒い。

 ウルティアは本職こそ人を支えるための『修理屋』であるが、ライセンスを持つ狩人だ。夜になって人気が少ないのを良いことに、屋根の上を走って城の近くにあるクラウスの屋敷を目指す。


(上着、着てくればよかった……)


 長袖のワンピースだったが、走って風を切ると余計に寒く感じるが、今から家に戻るのも手間だ。彼女は一直線に目的地へと向かった。


 団長という武族の中で高位にいるクラウスの屋敷は、際立って広い、ということもない。

 武族とは、個人の業績に合わせて褒章が与えられるものであり、その位が世襲されることはないため、一世だけで終わるかもしれない栄華を見せびらかすことは避けられる。家によっては、逆に武族としての誇りを受け継ぐために、厳格な屋敷を建てることもあるが、兎も角ここではクラウスはその類ではなかった。

 彼の場合、得た財産は不動産投資に当てているそうで、ウルティアの住んでいる家もそういうことなのである。

 だが、まあ。そうは言っても、偉い人の住む家だ。一般人が住む家屋に比べれば立派なことには違いない。


(まだ明かりが見えるけど。寝ちゃってるかな……)


 ウルティアは門の前に立つと、息を整え少し乱れた髪を撫で付けた。そうして軽く身嗜みを整えると、迷惑を承知で呼び鈴を鳴らす。

 しばらくして、この時間にもかかわらずキッチリと執事服に身を包んだ若い男性が現れた。


「……ユーゴ様? こんな時間にどうなさいましたか?」

「夜分にすみません。ソルジュさん。クラウスさんにお会いしたくて……。その、突然のことですし……。義肢が完成したとだけでもお伝え願いませんか?」


 執事のソルジュはウルティアをじっと見つめると、「こちらへ」と中に彼女を通す。


「急にすみません」

「いいえ。旦那様からユーゴ様がいらっしゃったら、いつでも通せと仰せつかっておりますので」


 それは助かるが、迷惑になりっぱなしで彼には頭が上がらない。ウルティアは恐縮しながら玄関まで案内された。少しお待ちを、と言われてひとり扉の前に待機していると、次に扉から現れたのはソルジュではなくクラウスだった。


「ウルティア。よく来たね。ここに来るまでは何もなかったか?」

「は、はい。こんな夜分に突然訪ねてしまい、すみません……」


 初めて見たガウン姿のクラウスに少しドキリとさながら、ウルティアは頭を下げる。


「気にすることはない。どうせ今この屋敷には私しかいないんだ。遠慮もいらないよ」


 クラウスに迎えられ、ウルティアは客室に通された。

 彼には妻がいたが、二十年ほど前に事故で亡くしている。一人息子のドルファスはすでに家を出ており、今はひとりで住んでいるのだ。

 正確に言えばソルジュもいるので、二人暮らしだが。ソルジュは執事とは言え、幼い時にクラウスに拾われ、ドルファスとは兄弟のように育った青年だ。クラウスからすれば家族も同然だろう。

 ウルティアがソファーに座ると、準備の早いソルジュが温かい飲み物と焼き菓子を出してくれる。



「……無理をしたみたいだな」



 ソルジュが引くと、前に座ったクラウスにそう言われてウルティアは困ったように眉をひそめた。どうやら疲れを誤魔化しきれなかったようだ。

 否定はしない。最低でも一週間一杯は必要な作業を寝ずに五日で終わらせたのだ。それも、最低限の仕事をこなしながら。

 ここまで集中して作業をしたことがなかったので、自分でもこれだけ早く仕上げることができたのには驚いたくらいだ。


「じっとしていられなくて」


 ウルティアは苦笑しながら、床に置いたアタッシュケースを持ち上げる。

 気を遣ったソルジュがそれを受け取り、机の空いたスペースに載せてくれた。


「わたくしがお開けしても?」

「はい。お願いします」


 金具を外して、ソルジュがケースをゆっくり開く。


「ドラゴンの素材を譲ってくださり、本当にありがとうございました。加工はすごく苦労しましたが、その分軽くて丈夫な義肢ができました」


 深々頭を下げて礼を述べるウルティアを側に感じながら、クラウスは姿を現した義腕に目を奪われた。



「これが……」



 ドラゴンの鱗を使った義腕。〈竜殺し〉のカザムが付けるに相応しい装備だった。

 素人目に見ても、高い技術がなければここまで完成したものを作ることは出来ないだろうことは理解できる。

 だが、この腕が思いのままに動かせるなど、夢のような話に思えてならなかった。

 クラウスからは言葉がうまく出てこない。ケースを開いたソルジュも、驚いた目でそれを見るのがわかる。



「父の義腕を作った時。わたしは、また父が狩りに行ける強い腕を作ろうと思ったんです」



 頭を上げたウルティアは、部屋に漂う沈黙を破った。

 彼女の語り出しにクラウスとソルジュは、我に返ってウルティアを見る。母親ゆずりの彼女の緑の瞳はテーブルに置かれたカップに向いていた。



「そこから、間違いだったんでしょうね……」



 物哀しい余韻が、クラウスの胸に響く。

 オシュハル・ユーゴ。彼女の父親は、クラウスにとって唯一親友と呼べる男だった。

 そして、今では団長という地位を得たクラウスが、一度も勝つことができなかった狩人でもある。

 護身術や生活に関するある程度の知識を学ぶ「学校」に通っていた頃。無鉄砲なことばかりして、幼い時は苦手なタイプだと思っていたのに、何故だかオシュハルのことがいつも気になって。向こうもそれに気がついたのか、よく絡まれるようになったのが腐れ縁の始まりだったと思う。

 目を離した隙に、横断ルートを突っ切ってアルサールに行ったと思えば、好きな女が出来たと言って足繁く危険なルートを通い。何を機にしたのかは知らないが、いつからかアルサールに住むようになったオシュハル。

 会えなくなってから、頼もしい友だっと気がつき、それぞれが国に顔を出すと必ず会って話をした。

 クラウスが妻を亡くした時には、仕事を無視してクリッサンサマムに戻って自分のもとまで来てくれる、かけがえのない友だった。


 しばらく経って彼の訃報に崩れ落ちて、それから三年。

 オシュハルの娘だという子が、会いに来たことには驚いたものだ。

 彼女は自分のせいで父は死んだと言ってごめんなさいと繰り返したのを見て、放っては置けなかった。友の残した宝を守ることは、使命にも思えた。


 ウルティアは誰かに似て心の優しい子だ。

 人の体について学び、その知識を惜しみなく利用して何とか助けられないかと努力した子だ。

 そして、その優しさに自分の首を締められて、彼女は必死にもがいている。

 ウルティアのためならば、何かをしてあげたいと思わずにはいられないほど、正直に言えば哀れで可哀想な娘だった。



「倒せなくてもいいから。少しでも生きて帰ってこられる確率を上げる義肢装具を、わたしは作るべきだった」



 一体、この義腕を作るのに、どれだけの葛藤があったのだろう。

 同じキズを負うことになる恐怖を乗り越え、再び誰かのために彼女は工具を手に取った。

 ちゃんと過去と向き合って。また間違っているかもしれないが、今出せる自分なりの答えを見つけて。

 なんて不器用で、愚直なまでに誠実な娘なんだろう。

 クラウスは席から立つとウルティアの前にしゃがみ、彼女の手を取った。



「よく、頑張ったな」



 きっと、オシュハルならこう言うだろう。

 たとえ結果が何を導こうと、彼女の努力は認められるべきものだ。誰がなんと言おうと、ウルティアは常に自分のベストを尽くして頑張っていた。


 クラウスの言葉に、ウルティアの唇が震える。




「ーーあ、ありがとう、」




 チリリリリンッ



 彼女の言葉を遮ったのは、夜には相応しくない固定電話が鳴らすベルの音。

 この世界全体には「電波の妨害」というものが常に働いているらしく、有線の電話しか使用することができない。値段も高く、一般家庭には電話が普及していない。

 ウルティアは慣れない音にびくりと肩を震わせた。

 ソルジュが慌てて電話を取りに行くと、シンと屋敷は鎮まりかえる。



(な、なんだろう。……嫌な予感がする)



 心臓がどくどく脈を打つのが、異様によく聞こえる。クラウスも同じことを感じ取っているのか、険しい顔つきに変わって立ち上がった。


「旦那様。狩護団本部から緊急のお電話です」

「わかった」


 ソルジュが知らせに来て、クラウスは完全に思考を切り替える。


「ウルティア。今日はここに泊まっていい。ゆっくりしていきなさい」

「は、はい……」


 ウルティアは彼のまとう雰囲気に、思わず首肯する。




 連絡を受けたクラウスから、カザムもいる討伐部隊が〈藍川渓谷〉でペリュトンの攻撃を受け、ひとり安否不明者が出ていると聞かされたのは、その後の出来事だった。






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