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落ちる01

 


 早く帰りたい。

 昔のカザムだったら思ったとしても、絶対に口から出すことはなかったであろう一言が溢れてから三日後。

 討伐対象であるシカ型魔獣の生息範囲は特定され、それに合わせて罠の設置も恙無く完了した。

 隊員たちはそれぞれの役割に合わせて位置につき、周囲の魔獣からの攻撃にも気を配りつつ、合図を待つ。

 木々がザワザワと揺れ、鳥たちがさえずる声を聞いた後。ピィーと、空高く笛が鳴り響いた。



(ーー《着火》)



 香の前でスタンバイしていたカザムは右手に持った、火をつける能力がある赤い精霊石に念じる。彼は予想通り、魔獣が嫌う香を焚いて獣をあぶり出す側になったので、手際よく装置に火をつけた。少し離れたところでは、ホムラ班の隊員たちも同じように着火している。


「終わったか?」

「ん」


 隣で作業を終えてきたアレンと合流し、カザムは軽く体をひねって腰の得物を引き抜いた。



「それじゃあ、やりますか」



 スッと柄が伸びて、剣は槍へと変わる。

 地味な下準備はこれで終わった。後は、思う存分狩るだけである。







 香の焚き初めが肝心だ。ここで、全てを集めようと狩ることを渋ってはいけない。見せしめにも近いが、刺激されて逃げ出し始めた魔獣たちに追い討ちをかけるようにして、狩りを始めるのだ。逃げ込みそうな場所にも、寄り付かないように薬を撒いておく。そうするとここには魔獣避けの香が効くくらいの能力の獣が生息しているので、案外簡単に獣は西へ西へと逃げてくれる。

 今回の任務ではシカ型がターゲットではあるが、勿論他の獣も釣れる。今は放って置いてもさほど脅威ではないほどの個体でも、魔獣王が現れれば全てが人間に牙を剥く。だから、釣れた分は、やれる限り狩り取る。


 一匹、一羽に次は一頭。走って追い込み、また一頭。


 ここ二日、ずっと準備をしていたので待たされた分、発散するように獣を狩るカザムとアレン。カザムは槍を自在に操り、アレンは剣で斬り払う。

 周囲の獣たちの姿は潮が引くように消えていき、狙った通り西側に用意した堀にはまった。


「いいねぇ。大猟だ!」


 待ち構えていたダリオ班は、目をギラギラ輝かせながら堀から抜け出そうとする獣を落とす。

 活発な獣たちは、山の恩恵を受けたとみた。ここには上位種ーー言い換えると山の主は確認されていないので、ストレスも少なく奔放に走り回って成長したのだろう。いい肉をしていそうだ。


「〈収納瓶〉に入るだけしか持って帰れないのが残念な限りだな」


 ダリオはそう言いながら剣を振るう。

 魔獣王がいつ襲ってくるか分からないご時世なので、持ち帰った獣は基本的には保存食になるが、持てない分はこのまま堀に集めて焼いてしまう。勿体ないが仕方がない。

 気をつけないと、精霊石を取り込んだ準一級以上に分類される魔獣にアンデット化されることがある。


「隊長。そろそろ合流時間です!」

「ああ! お前ら、ラストスパートだ。ここに来る分は一匹も取り逃すなよッ!」


 ダリオの声かけに、隊員たちは気を入れ直して逃げ惑う獣を狩った。

 東側から走って来たホムラも、ひとりまたひとりと加わり、骸の山が出来ていく。香には獣を錯乱させる作用もあるので、中には暴れる個体もいるが寧ろ隙だらけだ。次々に斬り伏せられていく。

 数の利は明らかに獣側にあったが、そこは狩人たちの領域で。


「カザム」

「ああ。見えて来たな」


 カザムペアも合流地点に差し掛かり、逃げようと戻ってくる獣を倒しながら前に進んだ。

 事態が収束するころには、あたりは血の匂いが充満しており、この分には獣を食らわんとする獣も寄ってこないだろう。


「とりあえず、一段落したな! 誰かいない奴、負傷した奴はいるか!」


 隊員たちはまずペアの生存を確認し、それから周囲を見ていないペアがないかみる。何も異常はなく、狩りの目的は果たされた。


「よし。それじゃあ、とっとと後処理して野営地に戻るぞ。ちゃんと夜食う分の肉はさばいとけよ」


「応」と返事をし、一行は片付けを始める。

 カザムも放置してきた装置と骸の回収に向かった。途中途中で、食糧にする分を〈収納瓶〉にしまい、また堀に戻ろうとしたときだ。



 ピー、ピー、ピー、ピー、ピッ。


 高い笛の音が五回。最後は途中で音が切れた。



「アレン!」

「北の方からだ!」



 笛を一定の感覚で吹き続けるのは、助けを求めるときの信号だ。そして、任務が終わりに近づいた今、笛は何か緊急の時でしか鳴らさない。だからふたりは笛が聞こえるや否や、音のする方へと駆け出していた。

 だんだんと傾斜がキツくなる山道を走りあがり、渓谷のV字のてっぺんに近づく。


「聞こえるか!!」


 カザムは声を上げた。


「ナダルがやられた! ペリュトンが出たぞ! 気を付けろ!!」


 ジンの声が返って来て、ふたりはそちらへ走り出す。その間、アレンは笛を口につけモーラス信号のように音を区切って状況を端的に伝える。カザムは緊急用の狼煙に火をつけ、空に向かって放り投げた。火薬に火が回ってそれは空中で赤い煙を放つ。


「ペリュトンだと? オブザーバーからはそんな報告は受けていないぞ!」


 シカの体に鳥の翼を持つ魔獣ペリュトン。

 二級以上に分類される個体だ。この地域の生態系では、トップクラスの上位種である。

 魔獣王の候補になる可能性が少しでもある個体は、オブザーバー(観測官)たちによって報告されるのだが、〈藍川渓谷〉ではその情報はなかったはずだ。

 アレンが厳しい目つきに変わり、カザムは走るスピードを上げた。


(いた!)


 戦闘中のジンを見つける。

 かなり大きな体躯をしたペリュトンが一体。

 その頭に生えた大きな角は、太い木の枝で出来ており、背中に生えた翼は鋼のように煌めいているのが分かり、駆けつけたカザムたちには嫌な予感が起こった。



「避けろ!!」



 ジンの叫び声と共に、ペリュトンの翼をから刃物のように尖った鋼の羽が飛んでくる。

 瞬時にカザムとアレンは武器でそれを弾き、攻撃を防いだ。

 これは明らかに、通常のペリュトンが持つ能力を超えている。精霊石を取り込んだ個体だった。


「ナダルが連れて行かれる! 攻撃を止めるな! こいつ一級だッ」


 援護で少しの余裕ができたジンは、自身に刺さった羽を抜きながらそう言う。

 ペリュトンの後ろには、気を失っていると思われるナダルが倒れていた。彼の体にはツタが絡みつき、捕縛されている。


「ダブルか!」


 アレンが刮目した。鋼の翼だけではなく、植物のツタを操るとは。二つの能力を持つ個体は「ダブル」と呼ばれ、希少性が跳ね上がる。

 カザムはペリュトンからの攻撃を避けながら、真っ先にナダルの救助に向かった。ツタを切り落とし、アレンがナダルを受け止めると、ふたりはすぐにペリュトンから距離を取る。


 ナダルは助けたが、到底気を抜くことはできない。

 魔獣の足元に視線を移すと、その影は人間の男の姿をしており、色が薄くなっている。ペリュトンは人を食うことで人間の形をした影を手に入れる。その影がもうすぐ消えてしまうため、人の影を取り戻そうと襲って来たのだ。


「クソ。うぜぇんだよ!」


 体から血を流しながら、ジンはペリュトンが操るツタを剣で切り落とす。

 ペリュトンは威嚇するように、ウォオンと咆哮をあげた。羽は逆立ち、樹木の角が大きくなる。


 メキメキと何かが割れるような音がし、それから周囲の地面がぼこりと浮き上がった。



「一級がいるなんて聞いてねぇんだよ!!」



 ジンが愚痴を吐き出すのと同時に、地中から木の根が彼らに飛び出してくる。

 彼らが飛び上がれば、


「クッ」

「アレン!」


 シカの脚力に、空をも駆ける大きな翼を持ったペリュトンが空中で羽を飛ばしてくる。ナダルを担いだことで反応が遅れたアレンに羽が刺さった。


(応援は……ッ。耐えるしかない)


 そこは堀から一番距離があった。これ以上の応援はすぐに到着しない。

 ペリュトンは影があるうちは人を食わないが、食糧を確保すると自分たちの縄張りに引きずり込む。油断はできない。最悪、即死よりタチの悪い恐怖を味わうことになるだろう。


「ナダル! さっさと目ぇ覚ましやがれ! いつまで寝てやがる!」


 ジンの叫び声が聞こえたのか、気を失っていたナダルがびくりと跳ねて目を覚ます。


「ッ! な、僕はっ。 アレン!?」


 混乱はしたが、アレンから降りたナダルは状況を飲み込んだ。


「ごめん! 僕のせいで」

「そんなことはいい。動けるか?」


 アレンはぶっきらぼうにナダルに尋ねながら、太腿に刺さった羽を抜いた。ナダルはその隣で中級回復薬を取り出し、自分とアレンに使う。


「さっさと構えろ! 来るぞ!」


 再び先が尖った木の根が矛先を向け、四人はそれを回避する。

 すると、狩人を取り逃した根は方向を一変に揃え、標準をひとりに定めた。




「カザム!!」




 ナダルの叫ぶ声が聞こえるのと同時に、根とツタと鋼の羽が飛んでくる。

 カザムは結界石を使用してその場は凌いだが、彼を狙った集中攻撃は続く。



(ーー舐めやがって)



 ギロリと、オオカミの瞳は鋭利にペリュトンを貫いた。

 何故自分が狙われるかなど、考えるまでもない。今、この中で一番不利な体をしているのは、紛れもなく隻腕の自分。野生の本能的に、弱そうな者から狙われたわけだ。

 腕を補うために体術を学び直したカザムは、器用に追撃を避けながら傷を負うこともなく槍を回す。


「〈竜殺し〉……」


 ズタズタにペリュトンの攻めを無効化するカザムの表情を見て、ナダルは若干頬を引きつらせた。

 手首の返し、体重移動、攻撃の予測、間合いの取り方、精霊石を使用するタイミング……。

 カザムを評価すべき点を挙げればキリがない。



 だが。

 特級のドラゴンを倒したのは、今の彼ではない。

 戦闘スタイルを修正し、ギルドでS級クエストを完遂できる優秀な狩人だったとしても、現在のカザムは利腕があったときにはどうしても及ばない。使える腕の本数の差は、単純に戦闘力に影響してしまうのは認めざるを得なかった。





(キリがないッ)


 植物を操るペリュトンと距離を縮めようとするカザムだが、近づこうとするほど攻撃量が増えて前に進めない。結界石で狙われる着地への攻撃をいなしながら戦うという、一瞬も気が抜けない戦況。地面は完全に相手の領域だ。


「酒はある! 隙を作れ、俺が投げ込む!」


 ジンが〈収納瓶〉から取り出した酒瓶を手に持っているのが反対側にチラリと見える。相手が襲うのを諦める様子はなく、こちらも引くことはできない。

 とどのつまり、倒すしかない。ペリュトン本体に酒をかけて着火する。

 相変わらず、奴の目標はカザムに向いたままだ。仲間が死角をつけるように、彼は誘導しようと動きを変えた。前に進むのをやめ、ペリュトンがこちらに進んで来るように逃げるフリをして後ろに下がる。


(そうだ。来い)


 ペリュトンは彼に釣られて前に集中した。

 その一瞬の意識の変化に、風の精霊石が付与された剣を振るうアレンが斬撃を飛ばす。


「ジン!」

「わかってらぁ!!」


 アレンに呼ばれたジンはすかさず酒瓶をペリュトンにぶつけ、火の精霊石が付いた弓矢を構えたナダルが間髪入れずに矢を放った。



 アオオオオーーン



 燃え広がる炎に、ペリュトンが吠える。


「いけるかな?!」

「分かんねぇ。カザム! 戻って来い!!」


 炎に包まれているが、相手はダブル。鋼の翼をもつ個体だ。これで倒れるかはまだ分からない。今のうちに陣形を組み直そうと、ジンはカザムを呼んだが、


「!?」


 視線を移して彼は目を見開く。

 先にそのことに気がついたアレンが、すぐ後ろに谷の底が控えたカザムの元へ走り込むのがゆっくりに見えた。



「カザム!!」



 アレンの焦った声と共に、カザムはハッと後ろを振り返る。



「ッ?!」



 そこには、先ほどまで相手をしていたペリュトンよりもひと回り大きく、同じように樹木の角をもった個体が空を飛び、カザムを黒い瞳に映していた。


 ペリュトン。オスのシカの背中に、鳥の翼をもつ魔獣。その影は人の形をしており、なくなると人を食らってまた影を得るという。

 ーーそして、この魔獣は群れで人間を襲うとされている。


 誘い出されたのは、自分たちのほうだったのかもしれないと気がついたのはその時で。

 即座に結界石を張ったが、球状の結界ごと現れたペリュトンのツノから伸びる枝に体を持っていかれる。



(やばッーー)



 地面から足が離れた。


「カザム!」


 宙に浮いたカザムの捕縛を断ち切り、手を伸ばしたアレン。彼はカザムの右手首をしっかり握ると自分の方に引き寄せる。間一髪で谷の底には落ちずに済んだが、よく見れば先ほどのペリュトンの咆哮に応えるかのように仲間が空を飛んでこちらに向かっていた。

 構え直したカザムとアレンだったが、相手は個々の特殊能力抜きに、危険度の高い魔獣だ。

 何度も何度も、狩人たちを谷の底へ連れて行こうとするペリュトンたちの攻撃は襲いかかり。

 そして、



「アレン、カザムッ。そこを離れろ!!」



 ふたりが息を飲んだ時にはもう遅い。

 地面から木の根を操る能力を持つペリュトンの仕業だろう。崖ギリギリで戦うことになっていたカザムとアレンの足場が、唐突に崩された。


「くそッ」


 カザムは伸ばした槍を突き立て落下を止める。

 視界に入ったアレンが振り出されるのを感じ取り、咄嗟に手を伸ばそうとして、彼から一気に血の気が引いた。頭の中が真っ白になる。




 出したと思ったはずの、左腕がない。




 アレンの体は今、手を伸ばせば、掴めるはずのそこにあるのに。

 強い風に吹かれて袖が揺れる。


 掴めない。届かない。間に合わない。



「お前は帰れよ」



 アレンの発した短い一言が、ぐるぐると渦巻く思考を停止させた。

 もう、友に届く手立てはない。






「アレンッ!!」






 カザムの叫びは、深い谷の底へと消えていった。








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― 新着の感想 ―
[一言] うわーこれは切ない。だから隻腕かー、先生天才。
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