帰る場所04
クリッサンサマムから南南東に。
一日かけて〈藍川渓谷〉までたどり着いた六番隊から編成された討伐メンバーは、狩った魔獣で腹を満たし就寝に入ろうとしていた。魔獣避けがほどこされたテントに、ひとりまたひとり消えていく。
今晩最初の見張り役になったカザムはテントには入らずに、パチパチと焚き火が燃えるのを横目に上着を脱いだ。黒のタンクトップ姿になった彼の左肩は炎に照らされ、綺麗に傷が塞がっているのがわかる。
カザムの行動に気がついたものたちは改めてその姿を見て、彼があの死闘を生き抜いたことを痛感させられた。
「痛むのか?」
誰も何も言えずにいたところを、同じく見張りになったアレンが尋ねる。
「いや? 肌が乾かないように薬を塗るだけ」
カザムが嫌がる様子もなく淡々と答えたので、仲間たちも力を抜いた。何も聞かずに顔色を伺っているのも気まずいだけだ。最初の一言を仲の良いアレンが切り出してくれたのは助かった。
「もう全然痛まないのか? 幻肢痛ってのがあるって聞いたんだが」
近くにいた先輩狩人ーーホムラ・グランチェスタがアレンに続く。彼も竜退治に駆り出されたうちの一人で、カザムのことを気にかけていた。自ら傷のことも調べ、復帰は難しいかと落胆していたところで隻腕の〈竜殺し〉が戻ってきたのだから、驚いたものだ。こうして一緒に仕事ができることは奇跡にも近いだろう。
「前まではありましたけど、最近は平気ですね。……まあ、ごくたまに朝痛みますけど、任務中は問題ないはずです。最悪痛むときには、特別な痛み止めももらってあるし」
カザムは苦笑混じりに明るく答えると、タオルで断端を拭ったあと、ウルティアがチューブに詰め替えてくれた塗り薬を出してそれを塗り付けた。彼女との約束なので、余裕があるうちは出来る限りのことはするつもりだ。疲弊して帰って、ウルティアの悲しむ顔は見たくない。
薬を塗り込みながら、カザムはちらりと周囲を一瞥し、皆がなんとなくこちらに注目しているのを確認してから言葉を紡ぐ。
「……もう大丈夫ですよ。ここからは、また同じ土俵です。腕のせいで戦法は変わるかもしれないけど、遠慮はなしでお願いします」
今日の移動中、なるべく率先して狩りをした。
また自分は戦えるようになったことを、仲間に知ってもらいたかったからだ。口では文句を言ったものの、昼食後チダに引っ張られてそこそこまとまった数の魔獣を倒せたのは良かった。
話を聞いていた仲間たちは手を止める。テントの中で耳を済ませていたものたちも、感極まって黙り込んでしまう。
それもそうだ。あれだけの大怪我をしたら普通、狩り場には戻ってこない。寮を出てから好きな女性もできたらしいのに、〈竜殺し〉という称号とともに報酬ももらっただろうに、いつ死んでもおかしくない現場へと。カザムは戻ってきたのだ。
同じ釜の飯を食べ、厳しい場面を共に切り抜けてきた仲間が。
「よく戻った」
徐に立ち上がり、胡座をかいていたカザムの頭にずしっと手を乗せたのは、隊長のダリオだった。
「よく戻って来た。カザム」
ダリオは言葉を繰り返し、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。あたりも暗く、頭を押さえつけられたカザムの表情は見えないが、手を離された後もしばらく彼は顔を上げなかった。
ズズズッと涙を堪える音が聞こえ、隊員たちはハッとそちらを振り返る。それが聞こえたのはカザムからではなく、その近くに張られたテントの中。
「馬鹿野郎。なんでお前が泣いてんだよ」
「だって、さぁ。もう戻ってこないかと」
「だからって、めそめそ泣いてんじゃねぇ」
いつも隅で大人しくしているナダル・コントというカザムより三つ年上の狩人からだった。
一緒のテントにいた彼と同期のジン・グレーテが、慌ててナダルを宥めるのは丸聞こえだ。
「無理だぁ。カザムは僕の可愛い後輩なんだぞ? 泣くほど喜ぶに決まってんだろぉ」
「自分の方が弱いくせに何言ってんだよ。気持ち悪りぃ。ったく。さっさと寝ろよ。……そんでさっさと見張り代わってやれ」
「っ! ジン〜。君ってやつはぁ」
「お前、マジでうるせぇ。聞こえてるって。空気読めよホント」
ナダルは最後にジンから、ガシリと顎を掴まれて静まった。一連の話を聞いていた仲間たちからは、フッと笑い声が漏れる。
「仕方ない奴らだなぁ」
自分のテントに手をかけたダリオは面倒くさそうに呟くが、その目は嬉しそうに笑っていた。
「良かったな」
小さなざわめきの中、アレンに声をかけられたカザム。俯いていた顔を上げれば、いつもの男前な面持ちだ。
「ああ」
そう言って、ニッと笑ってみせる彼は一番いい笑顔である。
パチパチと焚き火の音が聞こえる静かな夜。
カザムは上着を着直すと、雲ひとつない満天の星空の元、自分をこの部隊に戻してくれた彼女を想う。
(今回の任務から帰ったら、ちゃんとウルに礼を言おう)
君が支えてくれたから、腐らずここに戻って来れたと、ちゃんと礼を言いたい。
自分にも、待っててくれる人がいたことを彼女のおかげで知ることができた。
二十三年、ひとりで生きてきたと思ってきたが、どうやら少しは自分も仲間に必要とされる存在になれていたらしい。
◆
指定時間より早めにナダルと見張りを交代してもらったカザムは、朝の訪れを感じとりテントの中で目を覚ます。
起き上がると、隣ではまだアレンがこちらに背を向けて寝ていた。ふああとひとつ欠伸を噛み殺しながら寝具を片付けていると、無言でアレンも起床する。
「はよ」
「……ん」
二人揃って準備を終えると、テントから出た。天気は快晴。眩しい日差しが彼らを迎える。絶好の狩日和だ。
一行は〈収納瓶〉に大きな荷物をしまい終えて、狩りの最終確認に入る。ダリオの周りに二十名ほどの隊員たちが集まった。
「事前に言った通りだが、今日は罠を張るぞ。何日かかるかはお前ら次第だが、準備が整い次第、二班に分かれて〈追い込み猟〉をする。手順はいつも通りで、俺の班とホムラの班で挟む。お前ら、くれぐれも下準備で刺激を与えることは控えろよ」
ダリオの念押しに、皆頷く。今回の任務は増殖した魔獣の処理なので、後処理を考えると一匹ずつ狩るのは面倒だ。大きな落とし穴に誘い込み、燃やしてそのまま埋めてしまうのが駆除でよく使う手なのである。
上手く追い込むには隊員たちの連携が不可欠で、コツがいる。また穴を掘る場所もかなり重要になってくるので、下準備にはそれなりの時間が必要だ。
「じゃあ、今日はポイントを決めるから。途中で獣と遭遇した場合、やり過ぎるなよ」
他の種でも、獣を狩れば警戒される。
今回は西から東に流れる〈藍川〉を境に北の部分でしか狩りをしないが、それでも流石にこの広い渓谷で四方に散らばられると集めるのには手間がかかるため、刺激は控えるべきだ。
隊員たちは地図を見ながら各自、持ち場を確認する。下準備は地味な作業だが、これが上手く機能しないといざ狩りを始めたときに滞ってしまう。
(入団したての頃は、このやり方を理解するのに時間がかかったな……)
カザムは自分が担当する範囲を見ながら、ふと過去を思い出していた。
ギルドにいた時は、依頼を遂行しさえすればどんな方法をとっても自由だった。時には大きな依頼だと他の狩人と協力することもあったが、基本的には役割を割り振られ個人技に任される。仲良しこよしをする場ではなく、その場限りの付き合いなので、連携を重視されることはない。
また、面倒で大掛かりな下準備もやらされることは稀だ。
現れた魔獣は全て人間の敵なのだから、片っ端から狩れば良いのにと何度思ったことか。
統率を乱して隊からはぶかれるのは面倒だったので言うことは聞いていたが、心の中ではそんなことばかり考えていた。
(あの頃は考えなしだった)
今思い返せば分かることだが、自分が狩ることにしか頭がなかった。しかし、効率よく、より多くの魔獣を狩るには、広い視野を持って頭を使った策も必要だ。
我ながら愚かな脳味噌をしていたなと省みながら、カザムはどう狩りをしたものかと地形を確認しながら思考を巡らした。
「集合は十七時。笛と狼煙は持ってるな?」
ダリオの問いかけに、隊員たちはそれぞれペアと向き合い、首にかかった笛と胸ポケットに付いている狼煙を見せ合う。
皆同じデザインの、小指ほど小さくて細い笛には名前が刻まれている。これは狩護団の身分証であり、合図をするためにも必須のアイテムだ。狩り場に出る前には必ずチェックをする。
カザムも今回ペアになったアレンとそれを見比べると、服の下に笛をしまう。
「よし。では解散」
六番隊の狩人は、渓谷に放たれた。
「オレたちは東か。当たりだといいな」
勾配も厳しく道無き道を走りながら、カザムはアレンに尋ねる。
「どうだろうな。西側には水辺が多い。こっちには少ない気がする」
「……そうでもなさそうだぞ?」
カザムは走りながら視界に入った樹木を指差す。
「はげてるな」
木の皮が剥がれている。あれは、どう見ても獣が食事をした跡だ。
このスピードで走りながらそれを見つけられるカザムの動体視力は相当いい。どうやら獣を見つける感覚は鈍っていないようだ。
「ま、増殖って言うからには、ある程度は当たるんだろ。風向きからして、オレたちが“あぶり出し”になりそうだな」
カザムは前を見据えたまま、そう答えた。
今回、カザムとアレンはホムラの班に属し、渓谷の東側を担当することになっている。逆にダリオ班は西側から攻める。
西のほうにターゲットが集中しているなら、東に分散した魔獣をそちらへ押し出すほうが良い。こちらの班が魔獣が嫌う香を焚き、ポイントまで追い込むことになりそうだと、彼は予測する。
「……渓谷はやり辛い。全て木をなぎ倒したくなる」
アレンは木を避けながら愚痴を溢す。
「そう言うなって。殲滅とは言われてないんだ。取り逃すのはどうしようもない」
カザムは苦笑した。
「森を焼いて魔獣を払った南東の大国は、そのせいで国土が砂の地になって滅びたらしいぞ」
「エオラトス砂漠のことか」
「そ。南の大国に召喚された二代目は、わざわざ危険な外に出て“植林”をさせたくらい砂漠化は深刻な問題だったらしい。何百年たった今も砂漠なんだから、恐ろしいよな」
アレンは小首を傾げる。
「やけに詳しいな?」
「ウルが聖女に関する本を沢山持ってて、狩りに出られない間はそれを読み込んだ。結構、知らない知識があって驚く」
「……カザム。それ『聖書』じゃないのか?」
「え?」
友の真剣な声色に、カザムは目を丸くしたあと、何を言われているのか言葉の裏を理解してハッとした。
「聖女が残したものは、全て教会が管理しているはずだ。『聖書』を読むだけなら教会の書庫に行けば誰でも読めるはずだが、持ち出しができるのは教皇か、聖女本人から許しを得たものだけだ……」
ふたりの間に、沈黙が走る。
もし、もしもだ。ウルティアが聖女の残した知識が詰まった書ーー『聖書』を教会から盗んで来たとすれば、それは大罪にあたる。
アレンの険しい目つきに、彼がそう言いたいことを理解したカザムは頭を横に振った。
「ウルは、西国で『聖女の代行』と呼ばれた人だ。現教皇も最後の聖女、五代目が召喚されたアルサールに据わっている。許しを得ていてもおかしくない」
彼女は王妃の治療にも当たっている。国王から教皇に進言があっても不思議ではないだろう。
「……ノッカー団長が気にかけるっていうのも、頷けるやつだな……」
まさかそんな人物がカザムと一緒に住んでいるとは思わなかったアレンは、重々しく呟いた。
カザムもそのことに気がつかないで、『聖書』を読んでいたことに、何とも言葉が出てこない。
(ウルは自分のことを話してくれないからな)
彼がウルティアの過去について知ることができたのは、そのクラウス・ノッカーから話を聞くことができたからだ。
カザムも、一緒に住むことを許してくれるくらいには気を許してもらえたのだと思っている。それなら、もう少し自分を頼ってくれてもいいと思ってしまうのだが……。
「……なあ。付き合ってもない奴が頼って欲しいって思うの、重いか……?」
しばらくの沈黙を破り、カザムはアレンに尋ねた。こんなことを吐けるのはアレンくらいだ。
「別に。心配するのに、そういうことは関係ないだろう」
それよりも、とアレンは続ける。
「頼り方を知らないんじゃないか? ……誰かも、すぐひとりで何とかしようとするしな」
ちらりとわざとらしい視線がぶつかって、カザムは自分のことを言われているのだと気がついた。
「オレはそんなことないだろ。現に、この任務でも左腕をお前に補ってもらってる」
「それは当たり前のことだ。お前こそ自分で出来ることは、できるだけ自分でやろうとしているだろう?」
そうと言われて、カザムは閉口する。
確かにアレンの言う通りかもしれない。例え、隻腕でも少し工夫すれば片手でできることを、人に頼ろうとは思わなかった。
ウルティアもそれと同じで、人に自分の不手際を補わせることは避けているのかもしれない。
だが彼女のことは、こう精神的な話であり、それとこれとでは話が別なのではないかと、カザムは反論しようとした。
すると、アレンはそれを制するように彼に言う。
「カザム。お前、彼女に何で腕を食われたか、自分の口からきちんと説明したか?」
……息を飲んだ。
カザムが目を見開き、小さく口を開けて愕然とするのを見てからアレンは彼から顔を逸らす。
(……そうだ。ウルにどうして隻腕になったのか、話してない……)
アレンの指摘は図星だった。護衛任務の時に、どうせ自分の腕のことは書かれているのだろうと踏んで、まともに説明しようとすらしなかった。
それなのに、自分のことばかり棚に上げて彼女に頼って欲しいと思っていたことが情けない。
「あぁー。そっか……。全然気が付かなかった、くそ……」
もっと早くに気がついていれば、彼女との距離は変わっていたのだろうか?
考えても答えがでる訳ではないが、不意を突かれたカザムは嘆いた。
「……早く帰りてぇ……」
ウルティアの元を離れてから、彼女に言いたいことが増えるばかりだ。
本音がだだ漏れのカザムを、アレンは無言で垣間見るのであった。




