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帰る場所02

 


「行ってきます」

「いってらっしゃい。……気をつけて」

「うん」


 買い物に行く時、友人と食事に行く時、仕事に行く時……。どんな時でも別れる前には必ず「行ってきます」と、帰ってくるための誓いの挨拶をカザムは忘れない。その裏には、もしかするとこれで二度と会えなくなるかもしれないという誓いとは矛盾した不安もあるのだが、どちらにしても彼女に「いってらっしゃい」と言われてから出かけることが今の習慣だった。



「戸締り忘れないで。もし何かあったら、すぐノッカー団長やイシュレ公爵夫人に」

「はい。わたしのことは心配しないでください。ちゃんとやりますから」


(そういう、ひとりで何とかしようとするところが不安なんだけど……)



 王宮狩護団六番隊カザム・ハイトに戻って、二週間。遠征で魔獣討伐へと向かうことが決まったカザムは今日から数日、家を空ける。


 魔獣の王が誕生する予兆は強く、凶暴化した魔獣が各地で暴れているのがこの世界の現状。各国の狩人たちは終わりなき戦いを強いられている。それでも救いなことは、生存欲求と承認欲求を満たす狩猟という生業が、この状態で狩人たちを絶望させるのではなく戦闘意欲を駆り立てることだ。

 カザム・ハイトも気がついたときには狩人として生きてきた青年であり、一度狩りから退いたことは一層狩りへの執着を強めている。

 魔獣の社会で淘汰された魔獣の王は、今にでも君臨したっておかしくない。そうなると、それまで魔獣同士で争っていた獣たちは、配下として人間に牙を剥く。

 五度聖女が召喚された記録をもつこの世界でも、魔獣王の誕生は止められない。戦えば戦うほど魔獣たちは“間引き”され、より強い個体が生まれてしまうからだ。しかし、それでも誕生までに少しでも魔獣の量を減らさねば、聖女が召喚されても苦しい戦闘が長引くことになる。狩人たちは生き残るために、狩り続けるしかなかった。



「カザムさんも、肩に薬を塗り忘れないようにしてあげてくださいね」

「ん。わかった。……無理はしない。仲間もいるからな」

「はい」

「……じゃあ」



 機能性が重視された狩護団の戦闘服の上にマントを羽織ったカザムはウルティアに頷いて、扉を押し開けた。外に出れば壁のように並ぶ家屋の隙間から眩しい日差しが差し込んでいて、彼は目を細める。


(できるだけ早く終わらせて帰って来よう)


 昔には全く思わなかった決意を胸に、彼は星の街を抜けて集合場所へと向かった。









 鎮守の森を導く小径の入り口には、すでに他の仲間たちが集まっていた。今回の遠征は南南東にある渓谷で近年増殖しているシカ型魔獣の一掃だ。

 カザムは六番隊を率いる隊長ダリオの元へ行き挨拶すると、戦友のアレンを見つける。


「はよ」


 声をかけると、相変わらず無口なアレンはこくりと頷いた。


「修理屋にはちゃんと言って来たか?」


 ウルティアの元にいる間もアレンとは定期的に会っているので、彼女の話も知っている。任務が終わっても一緒に住んでいるなんて、好意は丸わかりのはずだ。長年の友に本当に好きな女性の話をするのは正直照れ臭いので詳しく語ってはいないのだが、根掘り葉掘り切り込んでこないアレンには助かっている。


「心配させるからな」


 カザムは頷いた。


「そうか。……遠征は久しぶりだろ。何かあれば遠慮するなよ」

「最初からそのつもり」


 隻腕を克服して現場復帰したが、どうしても片手だけでは難しいこともあることをカザムは理解していた。見栄を張ろうとそれを隠して任務に支障をきたすことのほうが彼にとっては恥。

 隻腕に出来ないことを強いるような仲間もいないので、出来ないことは出来ないと言うようにしている。


「あ、カザム先輩! おはようございます!」

「おはよう。相変わらず荷物がパンパンだな、チダ」


 人懐っこい後輩に挨拶されて、彼も返事をした。パンパンに膨らませた鞄を背負ったチダ・ノルトがアレンにも挨拶して、ふたりに交わると他の隊員も寄ってくる。

 カザムは魔獣王の候補であったドラゴンを倒した〈竜殺し〉の戦士だ。羨望の対象となるのも不思議なことではない。加えて隻腕になっても、ギルドからやり直して現場に戻って来たという彼の努力は、誰もが認めざるを得なかった。六番隊員以外からよく耳にした陰口も、今では羨みの言葉に聞こえる。



(……ウルのおかげだよな)



 仲間たちと気兼ねなく他愛もない話をしながら。こうしてここに戻って来られたのはウルティアのおかげだと、カザムは切実にそう思う。


「お前ら。そろそろ行くぞ」


 時間になって、ダリオの合図に喋っていた隊員たちは切り替えた。

 カザムはウルティアに認めてもらえるように、少しでも武勲を上げて帰らねばと旅路につく。


「カザム先輩」

「何?」


 飛ぶように地を走りながら、隣にいたチダに呼ばれてカザムはちらりと一瞥した。


「先輩ってもう退寮しちゃったんですよね? 今はどこに住んでるんですか?」

「東地区」

「へぇ〜。なんか意外ですね。あそこは閑静な住宅街って感じで、狩りに行くのにもちょっと距離ありますよね? 今度遊びに行ってもいいですか?」

「え。無理」


 思わず即答した彼に、チダは目を丸くする。


「そんな。いいじゃないですか! 寮の時は飲みに誘ってくれたのに!」


 チダとはギルドにいた時から顔見知りの仲で、ふたりで飲むことも多かった。だが、家に来られるのは困る。なぜなら、そこにはウルティアがいるからだ。万が一にも、彼女に惚れて惚れられることがあってはならない。


「そいつ、今は一緒に住んでる奴がいるから無理だぞ」


 そこでチダとは反対側にいたアレンからスッと横槍が降ってくる。カザムはぎょっとそちらを見るが、その美形な顔は「事実だろ」と当然のように書かれていた。


「えっ。男ですか女ですか?!」


 わかりやすく美味しそうな餌に食いついたチダに、カザムはどうしたものかと考えたが、わざわざ嘘をつく必要はない。


「……女だから、来るなよ」


 苦し紛れにそう答えるが、カザムの希望とは反対にチダは目を輝かせる。


「マジか?! 行きます! もう水臭いな、先輩。そういうことは早く言ってくださいよ。いつもお世話になってますって、挨拶しに行かないと」

「ホント、来なくていいから」


 嫌そうにチダの言葉を遮るが、他の隊員も面白そうにカザムの様子を伺っているのが分かって、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「なんだ。カザム。ここに戻って来たのも、その子のためってか?」

「美人? それとも可愛い系? 今度見に行こうぜ」

「カザムは仕事人間だからまだだと思ってたんだけどな。器の広い娘さんにでも拾ってもらえたか!」


 仲間にニタニタ笑われて、カザムははぁと溜息を吐く。狩りと酒と女の話には異様に食いつきがいいことは分かっていたが、実際自分の身となると居心地悪いものだ。



「彼女は恩人なんです。迷惑かけたら、マジで怒りますよ」



 バレてしまった以上ここは釘を刺しておかねばと声を低くしたのだが、狩人たちはキョトンとして顔を見合わせ、そして次第に口角を上げていく。


「ガチのやつじゃん!」

「カザムにも純情な春が来たぞ〜」

「やっぱりなぁ〜。俺は最近帰りが早いから怪しいと思ってたんだ」

「あんまりいじってやるなよ。恩人って言ってるあたり多分まだ付き合ってねぇんだから、可哀想だぞ。ハハッ」


 主に年上の狩人たちが盛り上がってしまい、カザムはグッと口をつぐんだ。また何か言っても、揚げ足を取られることは目に見えている。


「女の人と一緒に住んでるとか羨ましいです。俺も彼女欲しいなー。同居ってどうなんですか、先輩? もしかして毎日……」


 見るからに調子に乗っているチダを、カザムはギロリと睨む。オオカミの目に射止められ、チダは「ヒィッ」とわざとらしく悲鳴を上げた。


「ばっかだなぁ。チダ。カザムが本命相手にホイホイ手を出せるタイプだと思うか?」

「思わないっす」


 清々しいほどの即答だ。しかし、それは図星だったのでカザムは言い返すことは出来ず、代わりにチダの頭を小突いた。


 それからしばらく走り続け、太陽が天辺にのぼる頃、彼らは休憩に入る。小さな滝の側で、各自持参した昼食を広げた。

 カザムもアレンと近くに座り、紙袋からずっしり具の詰まったサンドウィッチを手に取る。

 言わずもがな、ウルティアが朝早くから作ってくれたものである。カザムは大きく口を開けて、それを一口。彼女は料理上手で、何を食べても美味しい。今日のサンドウィッチは野菜がたっぷり入っているが、甘だれに絡められた肉も挟まっていてボリュームは十分だ。

 頬を膨らませながら、口の端についたタレを拭うとアレンと視線が合う。


「まだ仲良くやってるみたいだな」


 目が笑っているのに気がついて、カザムはやられたと思った。この男、無口でポーカーフェイスのくせして腹黒い。先ほど同居を仄かしたのは、わざとだったのだ。すかした顔でおちょくってくるのは、ものすごく分かりづらい。


「お前のそういうところ、嫌いじゃねーよ……」


 カザムは嫌味を言いながら肩を竦める。アレンはそれを特に気にする素振りもなく、箸を進めた。


「ああっ。それ、もしかして彼女さんの手作りですか!」

「……」


 満面の笑みで寄ってくるチダを見て、当分の間はいじられるなと覚悟するカザム。

 しかし、そんな彼にも思わぬ助け舟が出る。


「程々にしとけよ。そいつの好きな奴は、ノッカー団長に可愛がられてるみたいだからな」

「えっ」


 ダリオからの一言で、立ち上がったチダの動きが固まった。


「カザムは団長の命令で、番犬やってたんだ。彼女に馬鹿なことはするなよ」

「……狩護団のエースが番犬扱い……」


 チダはごくりと唾を飲み込む。が、


「ーーでも! 先輩に何かいう分には問題ないっすね!」


 切り替えはとてつもなく早かった。

 カザムに構いに行ったチダを見て、ダリオはため息をつく。無言でつまらない旅路は嫌だが、騒がしいのも考えものである。

 和やかな隊員たちの昼休憩は、予定より早く終わりになる。


「はぁ。なんで俺の隊はいっつもこうなのかね」


 人の声や食べ物の匂いに釣られてやって来たのだろう。三級くらいの低級魔獣が彼らを囲んでいた。


「お前らがうるさくしてたせいだぞ。面倒くさい」

「隊長! ここは責任を持ってカザム先輩と俺がやります!」

「何でもいいから、さっさと出発するぞ」

「ハイ! 先輩、狩りましょう!」

「……お前なぁ」


 巻き込まれたカザムはチダに促され、仕方なく腰の槍を抜く。やる気満々のチダも両手に少し剃りのある短剣を握った。

 仲間たちも普段なら我も我もと腰を浮かせるところなのだが、中にはカザムが復帰してから一緒に任務をするのはこれが初めてな隊員もいる。彼らは手を出さず、カザムに注目した。今後の戦闘にも影響が出るので、お手並み拝見というわけだ。



 その結果。


「……何というか。想像以上だわ」

「だな……」


 カザムが努力家だと分かっている六番隊のメンバーでも、隻腕で槍を操ってみせる青年には流石に舌を巻いた。


「あいつ、あの槍の使い方前より上達してるよな」

「ああ。隻腕なのに槍と剣の二刀流とか、反則だろ……」


 カザムの槍は、特殊な精霊石で長さを変えることができる。今までは持ち歩く時には柄を短くし、使用する時にだけ伸ばしていた。しかし、今では戦闘中にも適切なフォルムに変えることで、槍の特性を最大限に活かしている。


「なあ、アレン。あいつって右利きだったか?」

「いえ。左利きですよ」


 実はダリオもカザムの復帰後狩りを見るのはこれが初めてだった。アレンに利き手の確認をして、彼は愕然とする。

 もうこの体では狩りに出られない。そんな自分は生きていても意味がない。と酷く落ち込んでいたカザムが、ここまで挽回してくるとは驚き以外の何者でもない。ギルドの活動報告には目を通していたが、こうして目の前にするのは話が違かった。


「カザム先輩。俺の取り分も残しといてくださいよ!」

「悪い。遅かったから先に狩っといた」


 それに加えて、精神的な荒っぽさもみられなくなり、より研ぎ澄まされた無駄のない狩りをしている。呼吸も服も、乱されていなかった。

 それが、ウルティアを心配させないために服の傷は残さないように戦っていたら、自然と怪我をせずに戦えるようになったということは本人も気がついていない。


 一体この数ヶ月で彼に何があったのか、ダリオは目を見張るばかりであった。







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